5月28~29日の週末に伝統のニュルブルクリンク24時間レースの併催イベントに組み込まれていたTCR規定ツーリングカー最高峰、WTCR世界ツーリングカー・カップの第2戦は、2回の公式練習と予選セッションを経たレース直前に「開催キャンセル」の決断が下される異常事態に。その主要因は「コントロールタイヤの安全性への懸念によるもの」とされたが、改めて週末の推移を時系列で振り返る。
2022年開幕戦のフランス・ポー市街地でALL-INKL.COM・ミュニッヒ・モータースポーツが1-2フィニッシュを飾り、華々しいシーズンスタートを切ったホンダ陣営は、この“グリーンヘル”に挑む週末を前に唯一のコンペンセイション・ウエイト搭載が課され、最大値となる40kgのバラストを搭載した。
すると最初のフリープラクティスではエステバン・グエリエリ(FK8型ホンダ・シビック・タイプR TCR)がノルドシュライフェ突入後にアデナウの森でクラッシュ。これがこの週末最初の異変となった。
「最初の走行でパンクを喫していたから、2セット目では少し異なるセットアップと走らせ方を試していたんだ。でもアデナウでリヤが予測不能な動きをして、そこで終わりになった」と語ったグエリエリ。
続くFP2では同じホンダのアッティラ・タッシ(エングストラー・ホンダ・タイプR・リキモリ・レーシング/FK8型ホンダ・シビック・タイプR TCR)が最速をマークしたものの、数多くのドライバーが「タイヤの異常振動」を訴える事態となり、FP1でトップタイムだった王者ヤン・エルラシェール(シアン・レーシング・リンク&コー/リンク&コー03 TCR)も「原因不明の事態に苦しんでいる」と明かしていた。
「まだフリープラクティスなのに、僕らはもうタイヤセットの限界に近づいている。最大の課題は、現時点でこれを解決する方法が見つからないことだ」とセッション終了後に語ったエルラシェール。
「結果だけ見ればFP1でトップ、FP2では3番手と速さはあったけど、最後はタイヤの問題で本当のフライングラップを中止しなくてはならなかった。今夜は予選に備え、遅くまで対策をする必要がありそうだね」
この現状を受け、レーススチュワードは明けた予選直前に「追加のタイヤテストセッションを設ける」ことを決め、チームは異なる期間中に製造されたバッチから新たなタイヤセットを使用することが認められた。また、残るセッションに向けても各2本づつのニュータイヤが追加供給されることが決まった。
それでもリンク&コー・シアン・レーシングの5台や、ミュニッヒとエングストラーのホンダ陣営4台はパンクや層間剥離の問題を解決することができず、メディ・ベナーニ(コムトゥユー・チーム・アウディスポーツ/アウディRS3 LMS 2)が自身WTCRキャリア初ポールを獲得した予選後には、当事者でもある“帝王”イヴァン・ミューラー(シアン・レーシング・リンク&コー/リンク&コー03 TCR)がレースに向けた懸念を表明した。
■FP1でパンク、FP2ではトレッド剥離に見舞われたミューラー「死にたくない」
「予選も本当にトリッキーだった。最初のアタックでタイヤが故障し、2度目の走行を決めたもののずっと振動に見舞われていた」とFP1でパンク、FP2ではトレッド剥離に見舞われていたミューラー。
「サンティ(僚友のサンティアゴ・ウルティア)やヤン(・エルラシェール)は、ポールポジションを狙うことができる速さがあったが、残念ながらリスクがあるためそれ以上のアタックは控える決断をした」
「明日のレースではまず生き残る必要がありそうだが、現時点で本当にレースを実施できるのか疑問だね。死にたくない、と言わなければならないだろう」
こうして木曜、金曜と続いたトラブルに対し、ワンメイクでコントロールタイヤを供給するグッドイヤーは声明を発表し、影響を受けたチームと協力して同様の事例を軽減する努力を進めるとともに、タイヤ損傷の報告を受けたのは「リンク&コーとホンダのみ」で、アウディ、クプラ、ヒョンデに問題は見られなかったとした。
<以下、グッドイヤー/ステートメント>
「ドイツ・ニュルブルクリンク、ノルドシュライフェでの2022年WTCR Race of Germanyの予選中に、ふたつのメーカー(リンク&コー/ホンダ)からタイヤ損傷の報告を受けました。そのほかの3マニュファクチャラー(アウディ/クプラ/ヒョンデ)からはそうした損傷の事例はレポートを受けていません」
「データを収集するため、テストセッションでは異なる生産バッチのセットを導入しました。結果、この2セットの間でパフォーマンスや耐久性に違いはありませんでした」
「また、分析の一環としてWTCRのデータを24時間レースに参戦するグッドイヤー装着チームと照合してみましたが、装着車32台(TCR規定車7台を含む)のうち1台に問題が発生していました。これらの車両は通常、WTCRレースの3倍の距離、スティントで最大9周を走行します」
「私たちはつねにWTCRのチームと協力し、2022年シーズンの技術的な推奨事項に従っていることを確認しています。引き続き、全チームにセットアップの推奨事項と縁石の使用方法についてアドバイスを実施します。また、継続的な改善という私たちの哲学をサポートするため、データ収集プロセスを維持していくつもりです」
※ ※ ※ ※ ※ ※
しかしゼングー・モータースポーツから参戦するロブ・ハフ(クプラ・レオン・コンペティションTCR)も、2度目のアタック中に高速でクラッシュを喫しており、予選後にはその要因が「タイヤの振動にあった」との事実も明かされた。
「それは厄介なクラッシュで、すべてはリヤタイヤからの振動によるものだった。ラップの始めから少し振動があり、それはどんどん悪化していた。これが最後のアタックだと理解していたし、もちろん、自分のなかにいる『レーシングドライバー』はプッシュし続けなければならない。以前のラップタイムを打ち負かす必要があるからね」と振り返った元世界王者のハフ。
「と同時に、僕の肩には賢い老人も座っていたんだろう。リヤで大きな振動が発生し、高速左コーナー(メッツゲスフェルト)でリヤが急激にスナップした。そのオーバーステアは捉まえたんだけど、さらに大きなスナップが発生してかなり大きなクラッシュを引き起こした。率直に言って、タイヤの問題が何であるかを誰も理解できないようだね」
■オープニングレースの1時間前にキャンセルが決定
そして決勝日午前にはホンダ・レーシングが前日の声明に対する回答を発表し、カスタマーチームは「グッドイヤーからのすべての推奨事項に従っていることを完全に確信している」と強調した。
<以下、ホンダ・レーシング/ステートメント>
「ホンダのふたつのカスタマーチーム、ALL-INKL.COM・ミュニッヒ・モータースポーツとリキモリ・チーム・エングストラーは、WTCR Race of Germanyの予選中にタイヤの損傷を報告し、そのパフォーマンスから危険な状況に直面しました」
「ホンダはWTCRに強い関心を持っており、その中心にあるのはチャンピオンシップの完全性を維持したいという願望であり、このような状況が発生したことを残念に思っています」
「この点に関して、ホンダは2022年のWTCR、とくにニュルブルクリンク・ノルドシュライフェでのレースに向け、グッドイヤーから与えられたすべての技術的推奨事項を順守しているというカスタマーレーシングチームの態度に、絶対的な信頼を寄せています」
※ ※ ※ ※ ※ ※
この後、FIAの関係者やグッドイヤー、そして参戦各チームと緊急ミーティングを持ったプロモーターのディスカバリー・スポーツ・イベントは、オーガナイザーとして声明を出し「2022年の第3ラウンドと第4ラウンドとして予定されている、ドイツでのレース1とレース2を、安全上の理由から開催しない」とアナウンス。この決定が確認されたのは、オープニングレースが始まるまで1時間を切ったところだった。
こうしてキャンセルを余儀なくされたタイヤの安全性の問題に関して、グッドイヤーは「包括的なテクニカル分析」を実施すると反応した。
<以下、グッドイヤー/ステートメント>
「安全性は私たちの最初の考慮事項であり、ニュルブルクリンクのような特定の要件を備えたサーキットで、走行するのに必要な自信をドライバーに与えることの重要性を理解しています」
「私たちは、今後のFIA WTCRレースイベントを考慮し、レースコンディションに基づいた製品の精度と品質、タイヤ使用法の完全で包括的なテクニカル分析を実施することを約束します」
「今週のさまざまなセッションで経験したタイヤの状態に続いて、報告された生産バッチの予備的なトレーサビリティ・レビューを実施しました。これまでの分析では、返品されたタイヤの検査とともに、仕様に関する製造上の問題は特定されていません」
「現在のFIA WTCRのレースフォーマットで、この仕様を今後も使用することを推奨する前に、チームと協力して報告された状態をさらに分析する必要があります。そのためすべてのタイヤを収集するつもりです」
※ ※ ※ ※ ※ ※
続くWTCR第3戦は6月11~12日にハンガロリンクでの1戦が予定されている。