4月24日に決勝レースが行われた2022年全日本スーパーフォーミュラ選手権第3戦鈴鹿。土曜までのドライから一転、ウエットコンディションとなったことで、日曜朝に設けられた30分間のフリープラクティス2は、決勝に向けたセットアップを調整する機会として重要な役割を果たすことになった。
B-Max Racing Teamの田坂泰啓エンジニアは、雨のなか4周の走行を終えて帰ってきた松下信治のフロントタイヤを見て、愕然としたという。
「たった4周しかしてないのに、もう(タイヤ表面が)ガッサガサになっていた」
現在のスーパーフォーミュラでは、ウエットタイヤでスタートしたレースにおけるタイヤ交換義務はない。だが、31周の決勝を無交換で走り切ることが不可能に思えるほど、タイヤは数周のうちに劣化していた。
「これはもう、タイヤをもたせたもん勝ちだな」
そう悟った田坂エンジニアと松下は、午後の決勝に向けてフロントタイヤをケアするセットアップに集中した。幸い、松下車の課題はフロントに集中しており、リヤのトラクションなどは問題がなかった。田坂エンジニアは「走り出しはもう、どオーバーでいい。次第にフロントがなくなってアンダーになっていくから」と、ひたすらフロントタイヤをケアすることを考えていた。
決勝スタートの48分前から行われる8分間のウォームアップ走行でも、その点を重点的にチェック。「それでもまだ足りなかったし、ノブ(松下)も『内圧いくつ超えたらグリップが落ちる』とインフォメーションをくれたので、グリッドでさらに対処を施した」と田坂エンジニア。
いざマシンを送り出してしまえば、すべてはドライバーである松下の手に委ねられた。
「スタートの1周だけ攻めて、あとは最後までを見越して、攻めずに淡々と」
そう考えていた松下は、目論みどおり1周目を終えて5番手まで浮上していた。そして“淡々と”走る間に、前からタイヤの厳しくなった坪井翔(P.MU/CERUMO・INGING)、山下健太(KONDO RACING)が脱落していき、9周目には3番手を走行。2番手までは5秒ほどのギャップがあった。
■タイヤをもたせることの“本質
一方この頃、ポールポジションからスタートした野尻智紀(TEAM MUGEN)は、水煙に遮られることのない先頭走者の利点も活かし、わずか数周で2番手の牧野任祐(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)に対して約10秒のマージンを築き上げ、独走体勢に入っていたように見えた。
野尻はレース後、この序盤を「あんなにペースを上げる必要はなかったのかもしれない」と振り返った。スタート後6〜7周で自身のフロントタイヤにグレイニングを視認したことで、「やばいな」と感じていたという。
また、序盤から2番手を走っていた牧野もタイヤのケアは念頭にあったものの、「ここで2位を守っても、今後にはなにもつながらない」とペースを上げる瞬間があったという。
「それに対して野尻さんもペースを上げてきたと思いますが、そのことで(ふたりして)松下さんを楽にさせちゃったのかなという部分はあります。ただ、それ以上に松下さんのペースが速すぎましたね」と牧野は振り返る。
一方、本山哲監督がレース後「珍しく自分を抑えた我慢の走りをしてくれた」と語ったように、松下は終始、極めて冷静にレースを運んでいた。
それは雨量の少なくなったレース後半、ホームストレートで、NGKスパークプラグ 西ストレートで、そしてデグナーからNISSINブレーキヘアピンまでのわずかな直線でもレーシングラインを外し、水の多いところを執拗に選びながら走り続ける姿にも現れていた。少しでもタイヤを冷やし、“延命”を図っていたのだ。
「レース前から、『なるべくタイヤをケアしてよ』と。ノブも目一杯やる(ホームストレートでウォール側に寄せる)もんだから、危なくてサインボードも出せない。『道開けて、道開けて!』という感じ(笑)。でもそれくらい、タイヤをケアしないとダメだった」(田坂エンジニア)
今回のレースではトップ3台のみが次元の違うレースラップを刻んでおり、野尻も牧野もタイヤをもたせることの重要性に意識的だった。だが、松下とB-Max陣営の“意識”は、より高いものだったと言える。その結果、松下だけがウエットコンディションの31周を戦い抜く力が残されており、残り5周で牧野を、そして残り2周で野尻をかわしての大逆転という形へとつながったのだった。
ちなみに野尻はグレイニングの件について、次のように語っている。
「おそらく内圧の影響はそれほどなくて、単純にセットアップとしてタイヤにどういう攻撃性を持っているか、の方が大きい。ただそこが明確には見えないので、どうしても内圧のせいにしたくなってしまうところがあるのだと思います。本質はそこ(内圧)ではないような気がします」
ここからも、松下車のウエットレース用セットアップが頭抜けていたことがうかがえる。
■「よく分からん」なか、回り道をしてつかんだ“兆し”
当の田坂エンジニアは、松下車のセットアップについて「今年になってずっと苦戦していた」と明かす。昨年最終戦でポールポジションを獲得した際のセットアップで鈴鹿を走り始めても手応えが得られず、ドライの予選では9番手に終わっていた。
「(リヤ)タイヤが変わったせいなのか、よく分からん。謎ですよ」
開幕ラウンドの富士では「これもダメ、あれもダメ、とずっといじくり回した」ことの反省から、鈴鹿ではなるべく控えめにセットアップを変更したというが、土曜日はそれがうまくいかなかった。
しかし最終的には、去年のポールを獲った際のセットアップに「ちょこっと味付けしたくらい」のセットで、「兆しが見えた」のだという。
「去年の鈴鹿のベースから、ちょっとだけ変えればいいという話だった。ものすごい“寄り道”をしてしまった」(田坂エンジニア)
ベテランの田坂氏がそう語るほど、現在のスーパーフォーミュラは繊細で難しい。しかし第3戦を終えた松下陣営は、その繊細なセットアップをものにしつつあるようだ。
松下はこれでランキング3位に浮上。次戦以降もコンスタントに上位勢を脅かす存在となれば、この先のタイトル争いがより見応えのあるものになりそうだ。