5月26日から開催される第50回ADAC・トタル24時間レース(ニュルブルクリンク24時間耐久レース)。開催を目前に控え、ドイツ・ニュルブルクリンクでは各チームやオフィシャル関係者が搬入作業や準備作業に勤しんでいる。そんななか、3年ぶりにSP3Tクラスに参戦する114号車SUBARU WRX STIを率いるスバルテクニカインターナショナル(STI)の辰巳英治総監督に、3年ぶりのニュルブルクリンク24時間耐久レース決勝に挑む直前の心境を聞いた。
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──新型コロナウイルスの蔓延から2年。久々のニュルブルクリンク24時間レースを迎えるにあたり、いまの心境はいかがでしょうか?
「とにかく、再びこの地に立てるということに嬉しさをかみしめています。依然、新型コロナ禍の影響もありましたが、それよりもウクライナとロシアの戦争がすごく心に重くのしかかりましたね。特にドイツとロシアとの政治や経済の関係性を考えると、「レースなんかをしている場合なのかな?」と何度も自問自答をしました。それだけに、正直に言えば緊張もしていますし、その一方で再びこのニュルでレースをできることにワクワクしています」
──ようやくドイツ国内でもマスクの着用義務やその他のコロナ禍による規制がほぼなくなりました。
「レギュレーションにも厳格に医療用マスクの着用することなどが練り込まれており、正直ここに来るまではずいぶんと気が張り詰めていましたが、ドイツでのコロナ規制がなくなったことでほっとしています。やはり思い切って来てみて良かったと思います。STIとしてはこのニュルという地は教育の場としても捉えています。ここでレースをするということに大きな意義を持つだけに、勝負の勝ち負けの関係なしに、やはりここへ来ることに意味があると感じます」
──コロナ禍の2年の空白期間はどのようなことをされていたのでしょうか?
「2020年はその年の仕様でクルマを作りました。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて参戦を中断せざるを得ませんでした。翌年にも2021年仕様のクルマを作りましたが、ここでも参戦は叶いませんでした。しかし、希望を捨てず、日本国内で富士やSUGOで走行試験を重ねていました」
「レースは出ていませんでしたが、この試験があったおかげでモチベーションを下げることなくこのレースウィークを迎えることができたと思います。しかし、2年間はさすがに長かったですね。結果のないテストを繰り返し、テストでの充実度はあったもののレースには出られず、メディアをとおしてファンのみなさんにもクルマや選手たちの活躍をお見せできなかったのは寂しかったですね」
──STIといえば、ディーラーメカニックの研修をニュル24時間レースで実施されていましたが、この2年間はレースに出られない代わりにテストや開発業務などにも関わったりもしたのでしょうか?
「彼らにも毎日ディーラーでこなす業務がありますので、さすがにそこまではできませんでした。ですから、彼らニュル研修メカニックたちにとっても、この2年間は待ち遠しくてしかたがなかったようですね。一方で、感染者は減少したとはいえ、いまもコロナ禍は継続しており、今回も改めて彼らの上司や本人たちに、ニュルへ来るかどうかの意志確認をしました。それでも、全8ディーラーから参加の希望の申し出があり、嬉しかったですね」
──ところで、辰巳総監督やチーム関係者のみなさんは予選レース前から1カ月間のニュルで生活をなさっているようですが、現地での生活はいかがですか?
「予選レースは日本のゴールデンウイーク中に開催されたため、労働基準法に基づきスタッフは代休を取得する必要がありました。若いスタッフはリラックスした休日を満喫していましたが、私は気持ち的に落ち着かず、どこにも行けなかったので、ずっとニュルブルク村のスバルガレージにいました。レースをする怖さもあり、楽しみでもあるので、このレースウイークを待つということ自体はまったく苦ではありませんでしたよ」
──辰巳総監督のSNSでは、たくさん日本食を持ち込まれているご様子をご投稿されていましたね。
「実はニュルに来てもう3週間を過ぎようとしていますが、外食をしたのは今日がはじめてで、パドックのインビス(スナックスタンド)でお昼を食べました。それ以外は毎日、朝食はホテルで取り、お昼と夕食は現地のスーパーマーケットで購入した野菜や果物と、日本から持参したお餅や電子レンジで簡単に調理できる白米や赤飯。そしてインスタント味噌汁などをスバルガレージのキッチンで作っていますよ」
──5月初旬に行われた予選レースではクラス優勝を果たすなど順調で、レースに期待が高まりますね。
「ドライバー的には満足をしていません。9.6秒台と納得できるタイムではなく、まだ速さが足りていないと思います。日本でテストをしていた際には井口卓人、山内英輝の両選手からのポジティブなフィードバックを貰っていたけれど、ここニュルはやはり、日本とは違いました。そして、グランプリコースでは順調で速くても、ノルドシュライフェ(北コース)ではまったくそうはいかない。予選レースでのドライバーのフィードバックを受けて、今回思い切って調整をし直して本番を迎えます。まだ、予選レース以降は走行ができていないので、まずは木曜日にフリープラクティスで走ってみなければ、どのように実際に変わっているかはわからないですね」
──2022年はシーズン開幕前にノルドシュライフェのアスファルトが全面的に改修されましたが、路面の違いは感じられましたか?
「ドライバーからは路面に関してのフィードバックはなかったので、あまり大きな差はないのかと感じています。ただ、ジャンプしたときの挙動が大きく違うようです。プロのレーシングドライバーがレーシングカーを操った際の要求の高さは別物で、プロの速さを持ってジャンプをするので、飛んだ後の着地の際の違和感に関してのフィードバックはそれぞれありました」
──久々に予選レースで走行し、WRXとライバル勢との違いは感じられましたか?
「クラスが違うので実質的なライバルではないのですが、WRXが参戦するSP3TクラスとFIA-GT4クラスのラップタイムはほぼ同じような感じです。ストレートではGT4が圧倒的に速くWRXは置いていかれます。しかし、コーナーはWRXが断然速いのでGT4マシンを抜き、またストレートであちらに抜かれるという繰り返しです。BMW M4 GT4やポルシェ718ケイマンGT4 RSクラブスポーツといった車両たちとどう絡み、どう抜いていくかというのも課題のひとつですね。同じクラスのSP3Tは今年7台が参戦し、例年よりも多くなりました」
──2年ぶりにノルドシュライフェのニュル名物のキャンプも復活、グランプリコースでもフルで観客導入が叶う第50回の記念大会となります。
「ドイツのスバルクラブのみなさんが先日ガレージへ見学に来られ、レースウイークにはキャンプをしながら応援してくださるそうです。ファンの方々に支えて頂いてのレースは心強いですね。日本から毎年たくさんのファンの方が参加してくださる応援ツアーは残念ながら今年も中止ですが、来年は是非復活して欲しいと願っています。コロナ禍以前は現地からの生中継を行っていましたが、それも中止となりました。いろいろなことが来年には再開できるようになった暁には、ファンのみなさんと一緒に繋がれるようにしたいと思います」
──それでは、2022年度大会の目標をお願いします。
「もちろんクラス優勝ですが、総合で何位に入れるかということに興味があります。いままでの最上位は総合18位ですので、それくらいでフィニッシュできるといいなと思っています。さらに上を目指したいという気持ちでいます」