もっと詳しく

 新規定元年でマシンの見た目が大きく変わった2022年シーズンのF1がついに始まり、昨年までとは勢力図もレース展開も大きく変更。日本期待の角田裕毅(アルファタウリ)の2年目の活躍とともに、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。今回は第3戦オーストラリアGP。フェラーリが圧勝したなかで、市街地ならではのマシンの挙動、特性の違いが明らかになりました。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 3年ぶりの開催となったアルバート・パーク・サーキットでの2022年F1第3戦オーストラリアGPですが、3年前と比べてサーキットのレイアウトが変更され、コースのサーフェス(表面)も新しくなりました。アルバート・パーク・サーキットはも僕が走っていたころでもかなり跳ねるイメージのサーキットでして、近年はバンピーさがさらに増していましたが、路面が新しくなったおかげで改善されていましたね。それと同時にコーナーのRも数箇所で緩いコーナーになる改修がされています。

 アルバート・パーク・サーキットはもともと、見た目よりもコーナーのRが急で、路面もバンピー、しかも路面のμもそれほど高くありません。乗っている側としては必要以上にマシンのスピードを落とさないとコーナリングができないサーキットで、ストレートがそれほど長くないこともあり、オーバーテイクに関しても難しく、コーナーの出口で詰め寄ってスリップストリームに入りたいけれど、なかなかできないサーキットでもありました。

 今回の改修は、そういったことを改善するために施されたものだと思います。金曜日から走行したドライバーたちのコメントを見ていると好評のようで「非常に走りやすくなった」という声が多かったですね。僕がレースを見た印象でも、コーナリングスピードが上がって前車に近づきやすくなったことを感じました。ドライバーにとっては走りやすくなり、楽しくなったのではないかなと思います。

 この週末はフリー走行から予選にかけて、縁石に乗り上げてコントロールを失うシーンが多く見られました。こちらに関しては今までも言ってきた2022年F1マシンの難しさということがあると思います。ターン4を抜けた後や、高速S字(ターン9~10)でスピンしているシーンも見られましたが、このコースの縁石が微妙に高めで乗りづらいというのが関係していると思います。もともとの縁石が乗りづらいものに加え、レギュレーションが変わった今年のマシンで車高が下がり、エアロ変化に対してシビアなイメージなので、その影響を受けてしまったのだと思います。

 2022年マシン+縁石の高さが誘い水のような感じで『2021年のマシンだったらクリアできていたから大丈夫だろう』と思って縁石に乗ったらコントロールを乱してしまった、というシーンが多かったように見えました。マックス・フェルスタッペン(レッドブル)も低速コーナーでスピンして「なぜスピンしたのか理由がわからない」という内容を無線でチームに伝えていましたが、今年のマシンのエアロ特性によるものではないかなとも思います。

【ダイジェスト動画】フェルスタッペンの奇妙なスピンやアクシデントなど、コントロールミスが目立ったフリー走行3回目

 これは僕が思っていることですが、今年のマシンは車高が低いことで空力のストール領域というものが存在し、その領域に入ったときにフロントやリヤのダウンフォースが急に抜けたりするなどで予測できない場面が起こったのだと思います。

 今年のマシンは限界域でコントロールできるスイートスポットが狭く、フェルスタッペンさえも、本来であれば限界を超えたところに存在するほんの少しのスペースを使用してマシンを走らせていたのが、今はそれがない状態です。限界を越えてしまうとストールしてしまい、全部がなくなって飛んでしまうのが2022年のF1マシンです。フェルスタッペンのコメントも今年のマシン特性を象徴していました。

 また、今回はフェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)の調子が良く、非常に乗れていました。クルマの改良や軽量化の恩恵もあるかと思いますが『それとこれとでは別の話だよ』というくらいの速さでした。マシンの軽量化はもちろんポジティブな方向に働きますが、そのことがあそこまでの速さに直結しているかと言われると、そうではない気がします。今回はもともとのアロンソの走らせ方やドライビングスタイルが、新しくなったアルバートパークのサーキットにぴたっとハマった印象でした。

フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)2022年F1第3戦オーストラリアGP フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)
2022年F1第3戦オーストラリアGP フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)

 本当に往年のアロンソを見ているような走りとアグレッシブなステアリングの切り方でした。スピード領域も、少し年齢を重ねて反射神経が落ちてきているはずなのに、あのくらいのスピードならコントロールできるということも、同じように年齢を重ねている僕としてもイメージができるので(苦笑)、今のアロンソでもあのような走り方ができる速度領域、クルマの特性というのが本当に合ったのだと思います。ですが、それもアロンソだからこそできたことで、見ていて少し興奮しましたね。今後もアロンソがもともと持っている爆発的な力、卓越したマシンコントロールなどが合うコースがいくつか存在するはずです。

 また、オーストラリアはストリートサーキットでバンピーな路面ということもあり、各マシンのポーパシング/バウンシング(マシンが上下に跳ねる現象)が映像でも分かりやすかったですよね。ターン9前の高速区間は路面がバンピーなので、その部分を起点にスピードが上がったところでポーパシングが始まっていました。その揺れ方や振動量は見ていて分かりやすかったです。

 メルセデスはかなりポーパシングが激しく、それを対策するとマシンのダウンフォースが大きく減ってしまうのだと思います。ダウンフォース量を増やせば、完全にポーパシングを消すことはできないですが、ある程度の跳ねは収めることができると思います。ただ、今年のレギュレーションでは車高を上げれば上げるほどダウンフォースが減ってしまうので、その分をウイングで補わなければならず、そうなるとストレートスピードがどんどんと遅くなってしまう悪循環に陥ってしまいます。

 あの振動のなか、ドライバーは本当によく乗っているなと思います。ポーパシングして暴れているクルマを止めてコーナーに入らなければならず、ブレーキの踏力も必要で、ブレーキ時間も長くなることでコーナリングスピードが落ちてクルマを前に速く転がすことができません。メルセデスはその部分で、フェラーリとレッドブルとの差がついてしまっています。

 フェラーリもまったくポーパシングしていないわけではなく、動きもかなり大きいのですがその動きが緩やかなのが見えました。同じポーパシングと言っても揺れ方の波形が違うといいますか、ブレーキングに入っていくときの収まりに関しては、フェラーリはメルセデスとはまったく違う収まり方をしています。フェラーリはポーパシングが収まるのが早く、その後にブレーキを離したときのフロントのコーナーへの入り方が異常に良いクルマです。設計段階から今年のマシンに関しての何かを見つけているのでしょうね。

 サスペンションのジオメトリーに関しても、フェラーリは今年のクルマに合わせたものを見つけてきているのだと思います。今年はサスペンションもシンプルになり、やれることも少ないはずです。そういう意味でもマシンのエアロ部分と、重量配分やマシンバランスの部分でフロントが本当に綺麗に入っています。昨年までのメルセデスのような感じなので、見ていても乗りやすいだろうなと感じます。

 そして、そのマシン差が決勝レースでもそのまま出てしまいました。フェルスタッペンは予選ではなんとかクルマを乗りこなして一発タイムをひねり出しましたが、あの走りでは決勝でタイヤが持たないだろうなということは感じていました。タイヤの持ちはサーキットによりますが、前戦のサウジアラビアGPの舞台のジェッダ・ストリート・サーキットはコーナーのRが短く、ステアリングをパッと切って終わるタイプだったのでそこまで差が出ませんでしたが、今回のアルバート・パーク・サーキットはステアリングを切っている時間が長いので、その分、タイヤをいじめてしまう時間が長い。

●レースで如実に表れてしまったフェラーリとレッドブルのタイヤのライフ差

 今回のタイヤの持ちの差は完全にサーキットの特性によるもので、アルバート・パーク・サーキットはストレートも短く、レッドブルが持ち味としているストレートスピードを活かすこともできません。そのあたりの、フェラーリとレッドブルのもともとのマシン差というのが今回の決勝では如実に現れてしまいました。

 コーナーでタイヤが滑っている時間が長いということと、このコースはコーナリング時間が長いのでクルマの向きが変わる前にアクセルを踏まなければ加速を良くできません。ですので、レッドブルは早くクルマの向きを変えるために早めにアクセルを踏み、強引にフロントタイヤとリヤタイヤをいじめつつ加速していくイメージです。

 対するフェラーリはブレーキをオフにしてスッと素早くフロントが入っていくので、向きが変わった状態でステアリングの舵角も少なくアクセルを踏み込むことができ、タイヤをまったくいじめずに済みます。レースになれば2台の違いが大きく出てくることは予測していましたし、今回のような中低速サーキットだと、今後も周回を重ねた時にはフェラーリとレッドブルである程度の差がついてしまいそうです。

 そして中段勢では、今回はアルファタウリが苦戦を強いられていました。そういった意味ではクルマの方向性がレッドブルと似ていると思うので、このサーキットに関しては少しタイヤが苦しかったのだと思いますし、一発タイムは決して遅いものではないですが、アルピーヌなどと比べるとどうしても遅れを取っていました。おそらく、もともとのマシンの設計段階で狙っている部分がアルバート・パーク・サーキットには合っていないということでしょう。

 角田裕毅(アルファタウリ)もスタートは良かったですが、その後はまったくペースを上げられませんでした。何かトラブルでもあるのかなとも思いましたが、コメントを聞くとトラブルというよりもクルマが決まっていなかったというものだったので、かなり苦しんでいました。

 開幕から3戦を終えて、勢力図としてはシャルル・ルクレール(フェラーリ)が一歩抜けた格好になりましたが、サーキットによっては今回のような勢力図が繰り返される可能性があります。ただ、レッドブルなどは次戦のエミリア・ロマーニャGPからアップデートを投入してくると思われます。2022年のように大きくレギュレーションが変化したシーズンは、他チームのクルマの特性や開発のアプローチを見て、序々にいい部分を真似してくるチームが出てきます。そして、強いチームほどすぐに対応をしてきます。

 マシン開発は情報戦争なので、ライバルをチェックするスパイのような担当がいるならば、そういった人たちが情報を取りに行き、ファクトリーでその部品を模したパーツを作り、風洞やシミュレーションを行って本戦に持ってくるようなことをしてくると思います。今年はそれが当たってしまえば、本当にいきなりマシンが速くなる可能性があるシーズンです。

 面白いのは、2022年は大きくレギュレーションが変わってマシンのスイートスポットが狭くなっている分、何かを見つけてそのスイートスポットに入った瞬間に大きな効果が得られることです。結構な差が存在したチームでも一気に差を縮めてくる可能性もあるので、まだまだ勢力図は分からないということも事実だと思います。

 遅れを取っているメルセデスが次のアップデートでどんなものを投入してくるかにも注目です。ここまでの3戦はスケジュールも厳しかったのでそこまでアップデートをしてきませんでしたが、次戦には最初の大きなアップデートを投入してくるはずです。そこで何ができるかが今後を占ううえで重要な一戦になりそうな気がします。

 オーストラリアGPではルイス・ハミルトン(メルセデス)もさすがに苛立ちを見せ始め、レース終盤にチームに「君たちのお陰で、僕は本当に厳しい状況に追い込まれたんだよ」という内容の無線からも、イライラがピークなのは伝わってきました。これはチームのせいなどは関係なく、チームメイトのジョージ・ラッセルが前を走っていることが原因でイライラを募らせているような気もするので、今後のメルセデス内チーム対決も激しさを増してくるような予感がします。

 チーム内バトルは、フェラーリもルクレール対カルロス・サインツの熱い戦いもあります。我々見ている側としてはやはり、人間対人間のバトルはかなり惹きつけられるものがありますよね。F1は過去にもアイルトン・セナ対アラン・プロストの“セナプロ対決”もありましたが、そういったところも人間模様も目が離せないポイントですね。

ルイス・ハミルトン(メルセデス)
2022年F1第3戦オーストラリアGP ルイス・ハミルトン(メルセデス)

 ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24