2022年シーズンのF1は新規定によるマシンの導入で昨年までとは勢力図もレース展開も大きく変更。その世界最高峰のトップバトル、そして日本期待の角田裕毅の2年目の活躍を元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。今回はアメリカで初開催となった第5戦マイアミGPがテーマ。市街地の初コースで見えたドライバーの特徴の違い、そしてフェラーリの謎の失速、アルファタウリの致命的なウイークポイントという内容でお届けします。
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初開催となった2022年F1第5戦マイアミGPですが、イベントの雰囲気として非常にマイアミらしく、天気と同様にエネルギーに満ち溢れ、またアメリカ人の国民性も現れていまたしたね。今後の新しいF1の見せ方、未来のF1のカタチといいますか、プールがあったっりエンターテイメントとしての見せ方が変わってきているのだなというとことを改めて再認識させてくれたレースでした。
日本のF1ファンとは明らかに楽しみ方が違う感じがしましたが、今後モータースポーツが続いていくため、盛り上がりを取り戻すためには変化が必要だと思うので、面白い試みだと思いました。とにかく今までの既成概念にとらわれないということを、FIA側がひとつの芯として持ちながら、国ごとの特徴をうまく取り入れることで、その国がF1を開催する意味が出てくると思います。その部分は開催国のコマーシャルにもなるので、うまく融合していくと今後さらに面白くなっていきそうですね。
マイアミ・インターナショナル・オートドロームのコースの特徴としてはストレートが長いですが、市街地ということもあって高速コーナーはほとんどないレイアウトです。セクター1で中高速に近いようなコーナーが少しあるくらいで、セクター3に関しては超低速のコーナーでした。
路面のサーフェス(表面)はすごくスムーズな感じですが、セクター3には細かいアンジュレーション(凸凹)が見えました。本当は路面がスムーズで走りやすいはずなのですが、アンジュレーションの多さがドライビングを非常に難しくしていています。そのアンジュレーションが誘い水のような感じになり、ミスを犯してスピン、クラッシュしてしまうというシーンも結構見て取れました。サーキットの設計・監修した方の狙いというのが隅々に散りばめられていて、見ている側としては面白いサーキットでしたね。
また、市街地コースということもあってお客さんからの距離が近いので、F1の迫力を間近で感じることができたと思います。雰囲気的にはインディカーに近いものがありましたね。インディカーにストリートサーキットが多い理由というのはその部分にもあり、お客さんとマシン、ドライバーが近いということが、アメリカで成功するためのひとつのキーポイントになっていると思います。その要素がF1にも取り入れられてきたということは非常に興味深いです。
フェラーリとレッドブルのマシンとコースの相性ですが、僕は予選に関してはレッドブルとフェラーリは互角か、レッドブルのマシンはステアリングを長いあいだ切り込んでいくようなコーナーでなければ速いという印象がありました。レッドブルはストレートスピードが速いので、ストレートが長いとフェラーリとの差は縮まります。もともとこのふたつの印象が僕のなかにあったので、マイアミではこれまでのフェラーリが優勢から、レッドブルがその差を結構縮めるかなという予想はしていました。
予選ではフェラーリはシャルル・ルクレールがポールを獲得しましたが、Q3でマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が最後のアタックでミスをして3番手になったことで、レッドブルとフェラーリの力関係が分かりづらくなってしまいました。フェルスタッペンがミスを犯した理由は金曜日のフリー走行をハイドロリック系のトラブルであまり走ることができず、走行時間を失ったことも関係していると思いますが、それを除くとレッドブルはポールポジションが獲れるポテンシャルがあったと感じますし、コースがフェルスタッペンの走らせ方にも合っているように感じました。
決勝では、走行ラインが少なく他車に並びかけることができないため、フロントロウを独占したフェラーリがそのまま最後までレースをリードするかと思いましたが、タイヤへの厳しさが出てしまいましたね。フェラーリはそこまでマシンバランスに苦しんでいるという雰囲気は正直ありません。ですが、レースではタイヤをいじめてしまう要素があり、それは何なのかということが見ている側としては興味深いです。クルマにアンダーステアが出ていてタイヤを痛めつけているとは少し違う感じがしています。
外から見た感じはマシンもしっかりと曲がっていますし、バランスにも苦しんでいる様子はない。でもなぜかタイヤのグリップが急激に落ちてきてしまう。サスペンションのジオメトリーなのか、2022年レギュレーションのマシンというのは一筋縄ではいかない一番大きな理由だと思いますが、ダウンフォースやグリップの出し方がこれまでのマシンと違った部分を使用して出しているので、それが何らかの影響を及ぼしているのかなという気もしています。
レースは前回のエミリア・ロマーニャGPとまったく同じでフェルスタッペンが逆転で勝利する展開になりました。フェラーリは特にミディアムでのタイヤ持ちが良くなく、タイヤのデグラデーション(性能低下)が今回のようなサーキットで非常に大きいということは、今後のレース展開やチャンピオン争いに関しても大きく左右してくることになるなと感じましたね。
ポールからスタートしたルクレールでしたが、右フロントタイヤが一番厳しそうでした。ドライバーの走らせ方がタイヤ持ちにも多少は影響するかと思いますが、ルクレールほどのレベルでは、わざわざタイヤを潰しにいくようは走りをすることはないと思います。ですので、ドライバーの範疇ではどうにもできないような理由があるのかなと僕は思っています。なぜフェラーリにそんなにタイヤに厳しい現象が起きるのか、本当に原因を知りたいです。
ただ、サーキット特性によってはフェラーリが有利になる場所も出てくると思うので、今のところはレッドブルとフェラーリはコース特性によって優劣がバランスしてくる感じはしています。あとはアップデートを投入することで苦手としている部分をどこまでカバーしていけるかというところの競争です。
もうひとつ、フェラーリに関して気になった部分としては、ルクレールとカルロス・サインツのドライビングスタイルの違いが今年は明確になってきていることです。今年のクルマはダウンフォースが抜けた低速コーナーでのバランスコントロールがすごく難しい。これは新しいレギュレーションのグラウンドエフェクトマシンになって、低速コーナーにブレーキングして入っていくバランスが急激に変化してしまうクルマになっていることが要因としてあります。その部分でクルマを安定させるためのドライビングとして、ルクレールとサインツは違ったテクニックを使っています。
ルクレールはブレーキングとスロットルを同時にオーバーラップ(重ねて)させて使っています。これは時として良い場合と悪い場合があります。オーバーラップさせて、クルマがナーバスになるというところでスロットルを入れてクルマを安定させています。駆動を掛けてクルマを安定させるというイメージです。これは燃費やブレーキにも良くないので、決して良いことばかりではありませんが、場合によっては使えるテクニックです。
対してサインツはブレーキとアクセルを別々に使うオーソドックスな走り方をしているので、ルクレールのテクニックが必要ないサーキットに行くとルクレールと同等か上回るパフォーマンスを見せてきます。そういったテクニックの違いが、『このコーナーはフェラーリが弱いな』と感じる場所でルクレールの走らせ方が活きてくるので、フェラーリの2台を見ているとその差が出ているなと感じます。
【動画】低速区間のセクター3で一気に逆転するルクレールとサインツの予選アタック比較
レッドブルに関しては、今回のようなミスが許されないサーキットでのフェルスタッペンの限界ギリギリでのマシンコントロールや見極めというのは、ルクレールよりも一枚上手なのかなと感じました。もちろんルクレールもうまいのですが、フェルスタッペンがさらにほんの少し上回っている印象です。
●驚異的なロングランを見せたラッセルと追い込まれるハミルトン。露呈したアルファタウリのウイークポイント
今回のマイアミは実際、レッドブルの弱点である回り込むコーナーが多いサーキットではありませんでした。どちらかというとストリートサーキットはステアリングを一発で切ってアクセルを踏んでいくコーナーがほとんどなので、サウジアラビアGPのジェッダ・ストリート・サーキット、エミリア・ロマーニャGPのイモラ・サーキットもそうでしたが、そういったサーキットではレッドブルが若干有利なのかなと思います。
さらにそういったサーキットでは、もともとステアリングの舵角が少なくてハンドルを切っている時間が短いフェルスタッペンの走らせ方が、タイヤにも優しい状態になります。反射神経が必要になるような、短い時間でマシンコントロールをしながら走らなければならない状況になればなるほど、フェルスタッペンの走らせ方が活きてきます。それに対してチームメイトであるセルジオ・ペレスのドライビングスタイルだと差がついてしまう印象があります。ベタッーとしっかりタイヤをグリップさせて走らせるペレスに対して、細い橋の上でパッと向きを変えていきながら走るフェルスタッペンとの差が出ます。
そして、今回のレースではジョージ・ラッセル(メルセデス)が驚異的なタイヤマネジメントを見せて存在感を見せました。最終的にチームメイトのルイス・ハミルトンが無線で『セーフティカーが味方をしなかった』と戦略についてネガティブなことを言っていましたが、あまりああいったことは言わない方がいいですよね。自分が焦っていることを逆に露呈してしまいます。ただ、それだけハミルトンが追い込まれているということが伝わってくる無線でした。
今回もメルセデスは予選が良くなく、決勝もどうなるのかなと正直思いましたが、ラッセルのタイヤマネジメントが抜群でしたね。レースの途中にピットに入るかどうかをチームとやり取りしていましたが、『タイヤは大丈夫そうだから引っ張ってバーチャルセーフティカーやセーフティカーを待つ』という結論になりました。使い古したハードタイヤでもタイムがあまり落ちていませんでしたし、それだけラッセルはタイヤをマネジメントできていたということです。
ピットを引っ張るというのはタイヤマネジメントができていたからこそ可能な作戦で、今回はレース終盤のセーフティカー導入時のピットインでかなり得をしました。その作戦を活かすことができたのは、まさにラッセルの走らせ方の真骨頂だったと思います。こういったレースをどんどんと見せられると、ハミルトンはさらに追い込まれてしまいます。ハミルトンもどこかで今年のマシンやタイヤの特徴を掴んでくると思いますが、今のところは若いイケイケのラッセルがハミルトンを追い込みつつあります。
そのセーフティカーが導入されるきっかけとなったピエール・ガスリー(アルファタウリ)とランド・ノリス(マクラーレン)の接触ですが、あのアクシデントに関しては、僕の立場から言うと何とも言えないレーシングアクシデントでしたね。ですが、避けようと思えばガスリーがもう少し避けてあげてということと、ノリスももう少し気をつけた方が良かったですね。ただ、レース終盤はコース外側のタイヤカスも凄かったので、ノリスとしてもその場所は走りたくないわけです。
ノリスとしては、できるだけレーシングラインに近いところを走ってガスリーを追い抜きたいですし、ガスリーとしては『普通に追い抜く幅はある』と正直そこまで考えていなかったと思うので、どちらも故意に何かをしたという感じではありません。ですが、起きなくても良かったアクシデントなので、ノリスとガスリーのどちらも可哀想でした。
【動画】F1第5戦マイアミGPアクシデント、クラッシュ、接触シーン TOP10オンボード映像
角田裕毅(アルファタウリ)は今回の予選ではQ3に進出しましたし、それまでガスリー上回るポジションにいて速さは見せていたのですが、Q3の最後はトラフィックにあって、そしてレースではペースが上がりませんでした。特にレース前半のガソリンが重いときにペースが上がらず、エミリア・ロマーニャGPでもそうだったのですが、レースペースに苦しんでいるように見えます。
そのあたりの原因は我々には分かりませんが、早く原因を究明して対策していかないといけません。やはり予選だけではダメなので、決勝でガスリーを常に上回っていくような成績を残していかないと来シーズンにはつながらないので、とにかく決勝でのガソリンが重いときのレースペース改善は急務です。
それ以外のレースの進め方は本当にミスもなく、落ち着いて進めている感じが伝わってくるので心配はしていません。ガソリンが重いときのペースが改善できれば、クルマがピタッと合うサーキットに来たらもう結果を残せない理由はありません。それくらい角田自身も充実してきていると思いますし乗れてもいるはずです。そのときが来るまで、どれだけミスなく辛抱強く待つことができるかが今後のポイントになるでしょうね。
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<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
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