クロスオーバーというと、いま巷で人気のSUVを思い浮かべるかもしれないが、WRC世界ラリー選手権では異なる種類のタイヤの“クロス履き”のことををさす。どういうことかというと、右フロントと左リヤに溝が多く刻まれたレインタイヤを、左フロントと右リヤに浅溝のドライ路面用ハードタイヤを装着するといった具合に、前後左右で異なるタイヤを履くのだ。
実際、先日開催されたWRC第3戦クロアチア・ラリーでは、トヨタのカッレ・ロバンペラ(トヨタGRヤリス・ラリー1)がそのクロスオーバーで最終ステージを走行し、ぶっちぎりのベストタイムで逆転優勝を飾った。
当然、レインタイヤとドライ用タイヤでは、グリップレベルも、タイヤのフィーリングも大きく異なる。それだけでなく、内圧の上がりかたや、タイヤが発動する温度も異なるため、ベストなバランスには絶対にならない。フルブレーキングではクルマが斜めになりやすく、コーナーでは左右でターンインのフィーリングが異なる。
前輪の左右どちらにレインタイヤを履いたのか、つねに意識しながら走っているドライバーもいるが、その時々で感覚的に修正しながら走るドライバーも少なくない。
ではなぜ、わざわざクロスオーバーで走るのかというと、理由はふたつある。ひとつは各タイヤの使える本数が限られていて、例えばレイン用タイヤが足りなくなるような場合だ。
そしてもうひとつは、路面コンディションが突然変わっても大失敗しないためだ。ラリーの場合、早朝サービスパークを出る時に選んだタイヤで、3~4本のステージを走らなくてはならない。しかし、各ステージの場所が離れていたり、天気が不安定だと、路面コンディションが急変する可能性がある。
もしドライ用ハードタイヤだけを選んでステージに向かった場合、土砂降りとなってもドライタイヤで走り続けなくてはならない。そして実際、クロアチア最終日のSS19では、予想外の大雨が突然降り、ドライ用ハードタイヤのみを選んでいた多くの選手は、まともに走ることができなかった。
しかし、優勝したロバンペラと、最後の最後までロバンペラと勝利を争ったヒョンデ(旧ヒュンダイ)のオット・タナクは、4本のドライ用タイヤに加え、2本のレインタイヤをスペアとして搭載していた。そして、大雨に見舞われたステージではドライ用タイヤとレインタイヤをクロス装着して、雨で滑りやすくなった路面を何とか走り切ったのだ。
ただし、そこではソフトタイヤとレインタイヤをクロス履きしたタナクのヒョンデi20 Nラリー1が圧倒的に速く、ハードタイヤとレインタイヤのロバンペラを一気に逆転。最終ステージを前に1.4秒差で首位に立った。最後のステージ(SS20)は乾いているところも多くロバンペラに逆転負けを喫したが、少なくとも舗装用ソフトとレインのクロスオーバーに関しては大成功だった。
ちなみに、雨用タイヤとドライ用タイヤのクロスオーバーだけでなく、左前後輪と右前後輪で異なるコンパウンドのタイヤを履くパターンもあり、チームや選手によってはテストでさまざまな装着パターンを試しデータをとっているという。ただし、前輪と後輪で異なるタイヤを履くようなケースは稀。挙動が大きく変わってしまい乗りにくくなるという。やはり、クロスオーバーこそが最良の妥協策のようだ。