「“中須賀対策”としていろいろなアプローチをした」。渡辺一樹(YOSHIMURA SUZUKI RIDEWIN)がそうコメントしたのは、彼がレースを引っ張った4月23日の全日本ロードレース選手権第2戦鈴鹿2&4 JSB1000 レース1終了後の記者会見だった。
週末行われたドライ、ウエットの2レースともに渡辺は2位表彰台と頂点に一歩届かなかったが、JSB1000で抜きつ抜かれつの名勝負が繰り広げられ、サーキットが異様に盛り上がった。これはTeam HRCが撤退する前の2019年以来のように感じた。
渡辺がヨシムラに加入したのはスーパースポーツ世界選手権(WSS)帰りの2018年。そこから2年間は全日本ロードにフル参戦し、上位争いに加わるが、表彰台は前車の転倒により獲得した2019年第2戦鈴鹿2&4の一度きりだった。
2020年はヨシムラが全日本ロードにフルエントリーせず、鈴鹿8耐を中心にレース活動を行うことに。後にFIM世界耐久選手権(EWC)への参戦準備と判明するが、渡辺は開発ライダーの役目を担うことになり、全日本ロードはスポット参戦するに留まったが、3度の3位を獲得している。
翌2021年はヨシムラSERT Motulが立ち上がり、FIM世界耐久選手権(EWC)にフル参戦。前年王者であるSERTのマシンではなく、渡辺が開発したヨシムラのGSX-R1000Rで戦うことになったが、選ばれたライダー3人はグレッグ・ブラック、チャビエル・シメオン、シルバン・ギュントーリだった。
渡辺はテストも兼ねて全日本ロード第1戦もてぎに参戦し、ポールポジション、レース1で3位、レース2で2位を獲得。EWCは24時間レース限定で第4ライダーまで登録でき、フリー走行と予選のみ出走可能なため、渡辺はル・マンとボルドールに帯同したが、レーシングライダーとしては「複雑な心境」、「レースを目の前で見ながら何もできない状態で……」とレースに出場したいという思いが強くなっていた。
もちろん、両レースともに優勝したことで、開発ライダーとしては喜んでいたが、最前線で戦えるのにシートがなかった渡辺は、チームにレース出場を熱烈に要望。それにより、2022年のヨシムラはEWCの活動に加え、全日本ロードにフル参戦することに決定。加賀山就臣監督が率いるYOSHIMURA SUZUKI RIDEWINで渡辺はJSB1000クラスにフル参戦することとなった。
そして2022年開幕戦もてぎ、フロントロウを獲得すると、ドライのレース1で2位、ウエットのレース2で3位を獲得。それでも「タイヤ温存などを考える余裕はなかった。差が広がってしまった」、「じりじり離されてしまった。実際は見た目以上に差がある」とコメントし、中須賀克行(YAMAHA FACTORY RACING TEAM)との差は大きかったことをうかがわせた。
■大歓声が上がった超接戦の鈴鹿2&4
しかし、第2戦鈴鹿2&4の状況は違った。ドライのレース1、2周目の1コーナーで渡辺がトップに立つと、4周目に中須賀が背後に迫る。9周目にヘアピンで渡辺が大回りすると中須賀がトップに立ち、その後は中須賀がトップを譲らず優勝した。
実は9周目まで渡辺は「前に出てラップタイムをコントロールした」という。そして、9周目のヘアピンでは「“わざと”大回りして2番手に下がったりした(スズキレースレポートより)」と戦略だったことを明かした。
「レース2があるので、細かいところしゃべりたくないですが、本当にいろいろ試しました。『中須賀対策』として、いろいろなアプローチをしたのですが、動じないんだな……やっぱり……と思って走っていました」と渡辺。
この駆け引きに中須賀は「タイムの上げ下げは、リズムはとりにくかったですが、抜いたタイミングで持てるものを出し切る状態で(走りました)。気が抜けない状態でしたね」と語っていた。
翌日のレース2はウエットコンディション。渡辺はホールショットを奪うと、1周目終了時には2番手中須賀に0.9秒差をつける。2周目から接近戦を見せるが、渡辺がレースをコントロールする展開に持ち込んだ。
しかし、6周目にセーフティカー(SC)が導入され、両者のギャップがなくなった。10周目にレースはリスタート。11周目の1コーナーで中須賀がトップに浮上すると、渡辺は食らいつきクロスラインやブロックラインの攻防を見せた。しかし、0.113差で中須賀に開幕4連勝を許してしまった。
ところが、レース後に「やっとレースらしいレースができたというか、中須賀選手に抜かれた後に、もう一度トライできたのは大きなステップかなと思います」と渡辺は手ごたえを感じていた。
「雨だったらチャンスがあるかもしれないなという手ごたえがあり、一番のチャンスだと思っていました。ただ、SCが入ったことでリズムが崩れてしまいました」
中須賀は、「予想通り一樹選手が速かったので、正直ついていくのがやっとでした。SCに助けれたといいますか……SCがなければ負けていたかなというのが正直なところですけど」と切り出した。
「SCが入る前は一樹選手が速くて、引っ張られる形でリズムを作っていった状態でした。タイムをやっと出せていたという状況だったんですけど。あの周、離されかけていて、目一杯走っていたのに一樹選手が速くて、(後ろから)バイクの挙動を見ていてまとまっているなという雰囲気でしたし」
そんな状況でも中須賀は「一樹選手がタイヤを入念に温めていたので、(温める前に)リスクを負っていくしかないなと思いました。(前に出てからは)自分の速いところ、遅い所がわかっていたので、ブロックラインを通りながらタイムを落とさずに走るプランに変えて、それがうまくまとまったという印象です」と冷静に分析し、渡辺をパスした後は、ブロックラインを走っていた。
「久しぶりに接戦のいいバトルができたので、アドレナリンが全開に出ましたし、シケインは無理矢理入った状態だったので、お互いのレベルの高いレースを見せられたのはよかったです」
結果は2位だった渡辺だが、今まで以上の収穫を得たように思える。
レースウイーク終了時には、「マシンのバージョンアップは、世界耐久選手権(EWC)に向けてですが、EWCはスピードレースになりつつあるので、そこを身につけないといけません。ヨシムラもスズキも協力してバージョンアップをしているのが結果に繋がっていると思います」と鈴鹿2&4を振り返った。
「まだドライでは差はありますが、レース1では、バージョンアップしたものが仕上がっていないなかであのレースができたので、完成度を高めればチャンスは必ずあると思っています。レース2は結果的にSCが入り戦略で負けましたが、一生懸命考えながら走っていました」
会見で語っていた中須賀対策について聞くと、「また、中須賀さんを驚かせるような戦略をとれるように考えます。次のネタが出せなくなるので、あまり言わないでおきましょうか(笑)」とコメント。
しかし、「ペースの上下は(中須賀選手が)走りにくかったという言い方をしていたので、そこは正解だったのかなと思いますけど。(レース1では)前に出すタイミングを間違えたかな……というところくらいまでにしておいてください」と説明した。
マシンのパッケージに力があることは証明できたという渡辺。まだ秘策があることを匂わせる発言をしているため、中須賀の連勝ストップ、そしてYOSHIMURA SUZUKI RIDEWINの初優勝は近いかもしれない。