バイデン大統領の訪日初日となった23日、日本の国連安全保障理事会常任理事国入り支持や台湾海峡での軍事介入発言などが注目されたが、日本のメディア報道はバイデン大統領が発表したIPEFに対して厳しい論調のものが多い。曰く、IPEF(インド太平洋経済連携枠組み)には経済的なメリットが不透明であるため、その経済的価値がTPPに及ばないというものだ。
このような解説は日本主導のTPPという経済枠組みに米国に復帰してほしいという、日本側の願望が表に出たものと思う。しかし、IPEFはTPPよりも遥かに野心的な目的を持った枠組みであり、日本の決断次第では中長期的にはインド太平洋地域の未来を左右していくことになるかもしれない。
TPPと違う“政治的野心”含み
端的にまとめると、IPEFは経済枠組みと銘打たれているものの、それは従来までの経済連携協定とは質的に異なる「経済安全保障」の枠組みである。その内容は「デジタル貿易」「サプライチェーン」「インフラ投資」「税制・汚職対策」などであり、実は単純な経済連携協定ではなく、明確に「政治的価値観」が含まれた野心的な枠組みである。
言うまでもなく、その政治的価値観とは、米国が有する自由主義・民主主義の価値観のことだ。同価値観が共有できる国々との間でしかIPEFのような経済安全保障の枠組みは機能しないことは当然だ。
バイデン政権は政権発足以来、露骨に権威主義国に対する外交上の対抗措置を講じてきた。その対抗措置の対象は中国に他ならない。サイバー攻撃を防ぎ、重要物資・技術のサプライチェーンを切り離し、一帯一路に対抗し、民主的価値観を普及する試みは、個々バラバラに行われてきた。そして、それらがインド太平洋地域で統合されたものがIPEFということができるだろう。
IPEFは政治的価値観を念頭に置いた経済共同体を作り出す試みであり、単純な経済連携協定であるTPPやRCEPとは全く異なるものだ。IPEFには中国が加盟することは絶対にあり得ない。
中国と政治的価値観の競争に拡大
インド太平洋地域にはNATOのような集団安全保障枠組みはないが、米国との間で日米安保条約のような個別の軍事同盟、そしてクアッドのような緩やかな連携下での共同軍事演習は行われている。しかし、域内全域を政治的価値観で統合するようなEUのような枠組みは存在していない。
そのため、現在の様々な枠組みは、今後中国が更に経済成長を継続することによって、継続が難しくなるか、事実上の有名無実化するか、米国が中国にとって代わられる可能性がある。つまり、米国にとって時間は敵となり、中国にとって時間は味方となる。
ところが、政治的価値観を共有した経済安全保障の枠組みが立ち上げられていた場合、インド太平洋地域における政治的影響力の競争は、経済力競争だけでなく、政治的価値観の競争にまで拡大することができる。政治的価値観の競争は時間とともに米国に有利に働く可能性が高い。
そして、自由主義・民主主義の価値観をビルドインした経済安全保障の枠組みを立ち上げることで、将来に渡って揺るぎない政治的な影響圏を確立する第一歩がIPEFだと捉えることが妥当であろう。
バイデン政権はIPEFの立ち上げを東京で宣言した政治的意味について、我々はより深く理解することが必要だ。