【編集部より】公開情報をもとに、近現代史の知られざる側面に光を当ててきた評論家、江崎道朗さんが語る経済安全保障のリアルとは?最終回は、このほど成立した経済安全保障法案を活かすために必要な2つの視点を提起します。
自律的な分析・判断が必須
――日本が経済安保推進法を真に「活かす」ために、注力すべきはどういった点でしょうか。
【江崎】重要なのは2点です。
一つは、主に経済産業省を中心とする省庁が、企業に対して「安全保障にかかわるんだぞ、だから俺たちの言うことを聞け」と言わんばかりに圧力をかけるだけになってはいけない、という点です。「天下り先を確保してくれれば技術漏洩は見逃してやる」などという嫌がらせや、恣意的な運用が行われないよう目を光らせなければなりません。そもそも日本経済を発展させるための法案ですから、民間企業がこの法律に振り回されて業績が悪化するようでは意味がありません。
――「お宅の扱っている商品を特定重要物資に指定してやるよ。そうすれば金融支援が受けられるよ。その代わりに……」などと、「経済安保」を口実にした利権構造が生まれるのは阻止しなければなりません。
【江崎】見返りを要求せずとも政府側が「企業は利益ばかり追求して、安全保障を考えていない。俺たちが指導してやるから、黙って従え」なんて馬鹿なことを言っていたら、意義ある法律も形骸化します。
もう一つは、日本独自の判断基準、判断できる能力を持つことです。例えばアメリカは取引上気をつけるべき中国企業をリストアップした「エンティティ・リスト」を公表しています。それは一つの参考にはなりますが、そのリストが正しいか、あるいは日本の立場として参考にすべきものかどうかを判断する能力が必要です。それがなければ、ただアメリカの言い分に追従するだけになりかねない。
それこそがまさにインテリジェンス機関の役割です。公安調査庁、内閣調査室、経産省、あるいは外務省、防衛省がどう情報を集め、精査し、企業と共有するか。企業には企業の立場があって、業績が悪化すれば株主訴訟になったり、役職を追われたりしますから、単に「アメリカがこう言っているから対応しろ」では済まない。
アメリカの戦略は日米貿易摩擦時と同じ
――アメリカはあくまでもアメリカの立場で規制するのであって、時には日本のライバル会社をつぶそうという意図を持つかもしれませんよね。
【江崎】当然、持っていると考えておくべきです。特に80年代の日米貿易摩擦、半導体交渉の経緯を知っている人は、どれだけアメリカが日本に無理なことを言ってきたか、忘れていません。しかも当時、日本企業は世界でも先端を行く半導体企業でしたが、日米交渉に際して「アメリカ様のご機嫌を損ねるな」とばかり、日本企業を後ろから撃ったのは経産省の一部官僚たちでした。「当時の半導体交渉は、日本をつぶして中国と台湾を育てただけで、大きな間違いだった」と心ある人は言っています。
――確かに、今回の「米中対立」の構図を見ていると、「昔は日本が中国の立場だったんだよな」と思わざるを得ません。
【江崎】経済力、技術力を高め、ひいては軍事力を高めることで、世界的な優位性を保つ、というアメリカの目的は当時も同じです。
ただし、アメリカは必ずしも一枚岩ではありません。実は「そうやってライバル潰しをやるから、アメリカはどこへ行っても反米勢力を育ててしまうんだ」と言う人もいます。
また、米軍幹部のなかは、メイドインUSA、つまり国産にこだわる傾向に懸念を抱いている方もいます。米軍にとって必要なのは、優秀な防衛装備品であって、国産であっても技術力や質が劣るものや、あまりにも高価であるのは他の予算を圧迫するので困るんです。
――命がかかっているんだから当然ですよね。
【江崎】もちろん、リスクヘッジは必要で、ある程度ポートフォリオしなければなりません。問題は、どの国も自国の国益第一で動いているということ。アメリカと日本の利益は重なるところはあっても、同じであるわけではありません。
思い込みや願望が判断を誤らせる
――いかにして国益を守りながら経済安全保障を実現していくかが重要ですね。
【江崎】はい。そのためにも思い込みや願望で語っていては判断を誤ります。まずは各国政府の公式見解、公刊情報をしっかり追って、分析する。そして判断はあくまで自国の利益につながるかを第一に考えたうえでなければなりません。何より、判断する能力、独自の情報収集・分析体制を持たなければならないということです。
そういう意味では、今回の経済安全保障推進法は、政治家、官僚、さらには経済界に対しても「安全保障の観点から考える」視点を与え、インテリジェンスの重要性を認識させたという点で大きな意義があると思います。(終わり)