アメリカのバイデン政権が、世界的な水の安全保障に向けた対策を検討している模様だ。米新興メディアのアクシオスが今週13日、国家安全保障会議(NSC)当局者の話として、ホワイトハウスで史上初となる行動計画の発表について協議を進めていると報じた。
日本でも「我田引水」という言葉があるように水を巡る争いは古今東西絶えないが、世界的にウィズコロナが進む中で、アメリカは、ロシアとウクライナの紛争の「次」を見据えた国家安全保障のテーマを模索する中で、水の安全保障がここにきてクローズアップされたという。
アクシオスは今回、水の安全保障が浮上した背景として、気候変動や国境紛争、サイバー脅威、非効率的な農業慣習が人類の水の供給を脅かしていると指摘。国家の安全保障や国際関係にも脅威となっていることから、バイデン政権が、世界の水の安全保障と国家安全保障とを結びつけた行動計画を初めて策定するべく準備を進めていると報じた。
ナイル川では3か国が紛糾
今回の計画の具体的な目標として、中東やアフリカを含めた各国での水をめぐる紛争を防ぐこととしている。アクシオスは各国の水紛争の詳細までは報じていないが、アフリカではナイル川の水源を巡り、それぞれ人口増加中のエジプト、スーダン、エチオピアの3か国が争いを展開している。
エチオピアは2011年にナイル上流に大型ダムと水力発電所を着工。ダムが完成した後の2年前から貯水を開始し、水力発電所は今年2月に開業したが、この間、下流側のエジプト、スーダンは水不足を懸念。特に貯水については2か国の同意がなかったために両国が猛反発した。しかしエチオピア側は水資源の活用は主権の問題だとして話し合いに応じていない。
さらに言えば、目下紛争中のウクライナも「水の安全保障」が現実的な問題として顕在化していた。
2014年にロシアが武力併合した南部のクリミアは淡水が少なく、かつてはウクライナ側から8割を超える淡水を供給されていたが、ロシアの実効支配により、ウクライナ本土が供給を停止。クリミアは慢性的な水不足に陥り、住民が困窮。今回の侵略戦争の前までロシア側を悩ませる材料となっていた。一方、クリミアとは逆にウクライナ東部のドンバスは、政府軍と分離独立の親露武力勢力が衝突。2017年には浄水場が砲撃されて水道供給がストップ。これ以後、衛生環境が悪化して夏場に胃腸炎が流行する事態にもなり、ユニセフが人道支援を行ってきた。
日本の現状はどこまで?
翻って日本の「水の安全保障」。危機管理が苦手な印象から手付かずと思われがちだが、実はそうでもない。2007年12月、自民党内に政策調査会の特命委員会として「水の安全保障研究会」が設置。翌年8月の北海道洞爺湖サミットに向けた政策提言を出すことを目指して、アジアの水資源管理や、食糧安全保障の観点からの課題検討、水関連産業の輸出展開について検討を開始。学者やNGOなどの有識者、関係省庁からのヒアリングを重ねた。
公明党や民主党でも相次いで政策課題を詰めたことから、全国の自治体の水道事業者などで作る社団法人、日本水道協会でも「水道の安全保障に関する検討会」を発足。2009年3月には報告書を公表している。
しかし、その内容は人口減少による料金収入の低迷や水道施設の老朽化などの経営的な課題が並び、水道事業体の広域化などを論じることが中心だ。水ビジネスの国際展開は検討課題として挙げてはいるが、「安全保障」を表題に掲げた割に、国内外の戦争有事における課題については全く言及がないという、今となっては画竜点睛を欠くことが否めない。
他方ここにきて、北海道では中国資本による水源地買収が指摘されたことなどから、土地利用規制法制定により、安全保障上特に重要な地域の取引を一定度規制するようになった。ただ新法でも外国人の土地買収を完全に制限するまでには至っていない。また、バイデン政権が課題の一つに意識している水道関連施設へのサイバー攻撃については、かつて我が国の政界で一時的に水の安全保障への関心が高まった2007〜09年ごろとは比較にならないほど高度になっている。
重要性が強まる経済安全保障の観点からも、水の安全保障について具体的な対策を進めることが求められるとみられ、バイデン政権の動向が日本政府に与える影響も注目される。