【編集部より】公開情報をもとに、近現代史の知られざる側面に光を当ててきた評論家、江崎道朗さんが語る経済安全保障のリアルとは?第2回は、これぞ「江崎イズム」というべき、インテリジェンス視点の提言。経済安保を推進する上でなぜインテリジェンス機能を強化する必要があるのでしょうか?
インテリジェンス機関はなぜ必要か
――インテリジェンス機関、というと多くの人が思い浮かべるのはイギリスのMI6やアメリカのCIA。映画の世界でしか見たことがないので、スパイや非合法活動といった非常に特別なことをやっているイメージです。
【江崎】あるいは出処不明、裏付けの取れない不確かな情報を「インテリジェンス」と称して流布する人も少なくありません。そのせいで、「インテリジェンス」というものがひどく誤解されている状況があります。CIAだって実際には、地道に公刊情報を収集・分析し、他の情報と照らし合わせて、生の情報である「インフォメーション」を、政策決定等に使える状態に加工された「インテリジェンス」にする作業をしている。それがインテリジェンス機関の基本的な任務なんです。
インテリジェンス機関については、これまでにも再三にわたって多くの人が「必要だ」と言ってきました。しかし、ではなぜそういう機関が必要になるのか、まで立ち返って考える必要があります。やみくもに情報を集めても意味がありません。
2013年に起きていた「大きな変化」
――日本が国家としてやっていくために情報収集や現状分析、それに基づく政策決定が必要なのだろうと漠然と思っていましたが。
【江崎】日本としての明確な国家安全保障戦略があってこそ、その戦略達成のために情報収集が必要になってくるのです。
実は日本として初めて国家安全保障戦略を策定したのは2013年、第二次安倍政権のときなのです。それまで日本としての国家安全保障戦略は存在しませんでした。「日本はどのような対外政策をとっていくのか」「国際社会でどの国と連携し、どの国を脅威とみなすか」という国家戦略がなければ、インテリジェンス機関を作っても何のために活動するのかわからないわけですから。
日本にはすでに公安調査庁、内閣調査室、外事警察、防衛省情報本部、外務省国際情報統括官組織など情報機関は存在しています。しかしこうした機関が収集してきた情報がバラバラに点在していたのです。それぞれのルートから官邸に上がってきますが、他の情報との精査や検証、分析、何よりもその情報を活用した政策立案ができず、十分に活用できない状況でした。
そこで安倍政権は2013年に国家安全保障局(NSC)を設置し、省庁をまたいだ情報の共有、集約、精査ができる仕組みを作った。また、特定秘密保護法を制定して、同盟国の情報を各情報機関に共有できる仕組みも整えた。これでようやく、「国家安全保障戦略」とインテリジェンスとを連動させることができるようになったのです。
――2013 年末に、かなり大きな変化があったんですね。
【江崎】そうです。これは安倍政権の強い意志がなければできなかったでしょうね。
省庁間、他国情報機関との情報共有が可能に
――特定秘密保護法は当時、「オスプレイの写真を撮影したら逮捕される可能性がある」など、あたかも一般人にも影響が出るような誤った批判がメディアで飛び交っていました。しかし政府関係者に聞くと、あの法律ができてから、海外の政府や情報機関から入って来る情報の質が格段に上がったといいます。官僚たちから情報が「漏れる」危険性が減ったからだ、と。
【江崎】より正確に言えば、それまでも防衛省とペンタゴン(米国防省)は情報を一部共有していたと言われています。しかしその情報は総理にしか伝えることができず、他省庁や他の大臣とシェアすることはできなかったのです。これでは情報に基づく政策立案ができません。しかし特定秘密保護法と国家安全保障局ができて、情報を共有し、精査し、政策立案に活かすことができるようになりました。
インテリジェンスというのは、その情報の評価をする際に、ダブルチェック、トリプルチェックが必要になります。それは海外のインテリジェンス機関の情報と照らし合わせて、客観的に議論をするために重要なポイントです。お互いの情報を照らし合わせるためには、「日本に渡した情報が日本から他所へ漏れない」という仕組みや、相手からの信頼が必要です。
例えば今回のウクライナ情勢に関しても、アメリカの国防総省とNATO軍司令部とでは、物の見方も目的も違う。もちろん、自衛隊や外務省の見方も違います。それぞれの複数の情報を、外国の情報機関と連携しながら分析することが絶対的に必要です。なぜなら、ともすれば情報分析は自分に都合のいいウィッシング・シンキングになりがちだからです。
これは戦前の日本軍の状況を見れば明らかでしょう。日本軍は海軍も陸軍も、それなりの情報を持ってはいました。しかしイギリスという同盟国を失い、情報の精査ができなくなった。
――陸軍と海軍の間でさえ、情報共有を渋っていたという指摘があります。
【江崎】そうですね。冷戦終結後、日本でも町村信孝議員らの主導で90年代から対外インテリジェンス機関を持とうという議論はありましたが、その主導権を外務省が握るのか、警察が握るのかといった主導権争いがあり、前に進みませんでした。防衛省は「庁」だったので主導権争いにも入れなかった。
しかし同盟国とより高度に連携するためには、どうしても法的な枠組みが必要でした。そのために対外インテリジェンス機関を創設する前に、まず官邸に国家安全保障会議を創設し、特定秘密保護法や平和安保法制を作った。これができたからこそ、日本はアメリカだけでなく、オーストラリアやインド、イギリスなどとの軍事協力を強化し、経済安全保障の話も出てきた、というわけです。
2プラス2で話し合われた共同研究
――大きな国家戦略の流れの中に「経済安全保障」が存在するんですね。
【江崎】国家安全保障戦略のもとでの経済安全保障政策ですからね。例えば2022年1月に、日米安全保障協議会、いわゆる2プラス2の共同発表が行われています。そこにこんな一文があります。
〈閣僚は、人工知能、機械学習、至高性エネルギー及び量子計算を含む重要な新興分野において、イノベーションを加速し、同盟が技術的優位性を確保するための共同の投資を追求することにコミットした。
閣僚は、極超音速技術に対抗するための将来の協力に焦点を当てた共同分析を実施することで一致した。
閣僚はまた、共同研究、共同生産、及び共同維持並びに試験及び評価に関する協力に係る枠組みに関する交換公文を歓迎した。これに基づき日米は、新興技術に関する協力を前進及び加速化させていく。閣僚は調達の合理化及び防衛分野におけるサプライチェーンの強化に関する協力を強調した〉(仮訳)
こういう「防衛分野におけるサプライチェーンの強化」のためにも経済安全保障推進法が必要というわけです。
もちろん経済安全保障推進法案自体はまだ第一段階で、ここから人材育成も含めて、磨き上げていく必要はある。
何より忘れてはならないのは「アメリカの情報をも精査し、自分で判断する能力」の必要性です。日米協力は重要ですが、しかしアメリカと日本では立場が違います。「中国と付き合うな」で日本の産業をつぶしては意味がないのと同様、「アメリカに追従しろ」といって日本の産業がつぶれることも避けないといけない。
国益のための情報分析機関を!
――「自律性」が必要になる。
【江崎】だからこそ4月26日、自民党安全保障調査会は「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」と題する報告書で次のように自前のインテリジェンス体制の強化を主張しています。
〈政府全体として、防衛駐在官の更なる活用を含め人的情報(HUMINT)をはじめとする一次的情報の収集能力を強化することに加え、インテリジェンスの集約・共有・分析等をさらに統合的に実施する体制を構築するために、新たに「国家情報局」を設置するとともに、インテリジェンス・コミュニティの各組織において必要な人員・予算を確保することなども含め、検討する〉
日本は日本の国益を守るためにも自前の情報収集・分析機能を強化しなければならないのです。