ミニバンという言葉の生みの親である、旧クライスラー(とダッジ、プリマス)のボイジャー3兄弟が北米市場で認知され始めたのは1980年代前半の話。日本では1982年に登場したプレーリーがミニバンの始祖ともいえる。
その後日本でミニバンがカテゴリーとして認められるようになったのは、1990年に誕生した初代エスティマのチカラに違いない(3代目は2019年に生産終了)。
フラットなフロアと3ナンバーボディの余裕のある室内空間は、それまでの商用ワゴンをベースとしたワンボックスRVのイメージを打ち破った、エポックメイキングなモデルになった。
その後、1994年に登場した初代オデッセイや1996年にデビューしたしステップワゴンやタウンエースノア、2代目セレナ、さらにはシエンタやフリードなど隙間なくラインナップされ、日本のミニバンブームを形成していった。
現在、下からシエンタ/フリード、ノア&ヴォクシー/セレナ/ステップワゴン、アルファード&ヴェルファイア/エルグランドのラインナップとなっている。トヨタではエスティマやイプサム、アイシス、ウィッシュ。
日産ではプレサージュ、ラフェスタ、キューブキュービック。ホンダではエリシオン、ストリーム、オデッセイ。マツダではプレマシー、MPV、三菱ではグランディス、スバルではエクシーガ……と、激しい生存競争に負けて儚く消えていった。
こうして過去を振り返ってみると、日本のミニバンはガラパゴスといってもいいほど独自の進化を遂げてきたといっていい。その代表的な例がミニバンのシートアレンジではないだろうか。
アルファードの一人勝ちが続き、新型ノア&ヴォクシー、ステップワゴンが登場という今、ここで改めて、日本の得意技ともいうべき、ミニバンのシートアレンジについて、どんな工夫と進化があったのか、その歩みを辿っていこう。
文/岩尾信哉、写真/トヨタ、日産、ホンダ、マツダ
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■ジャンル別にさまざまなミニバンが存在し、競争が激化
現状でミニバンカテゴリーはマーケットでどういう位置付けになっているのか把握しておこう。販売台数が最も多いといわれる3月の乗用車販売台数(日本自動車販売協会連合会調べ)でのミニバンといえる車種を見てみると、アルファードが7位(9587台)、セレナが10位(8022台)。
ただし、11位のヴォクシー(7691)と12位のノア(5295)を合わせると2位に躍り出ることになる。3列シートではないがコンパクトミニバンといえなくもないルーミーが3位(1万6976台)、フリード(2列シート仕様がメインのはず)が5位(1万2649台)、
ほかではヤリス(1位)、カローラ系(2位)、ノート(4位)、フィット(8位)、アクア(9位)とコンパクトカーで占められている。このように、カテゴリーとしてのミニバンは過去ほどの活況ではないにしろ、しっかりとマーケットに根付いており、生き残っているモデルはさすがに実力者が揃っている。
日本のミニバンの草創期からの流れを見ていくと、前述のようにエスティマが「天才タマゴ」の異名を携えて登場した後、2000年のフルモデルチェンジでFWD化した後も、多彩なシートアレンジなどにより、長く人気を博した。
トヨタはラージサイズミニバンにおいて、より高級感を与えて商品力を高めた2002年登場のアルファード&ヴェルファイアなどによってマーケットの支持を獲得してきた。
いっぽう、ホンダはエポックメイキングなヒット作となったオデッセイとステップワゴンの2本柱でミニバン市場での地位を確立。
日産では「ゴーン体制」による車種整理の波をかいくぐってセレナとエルグランドが生き残り、セレナはシートアレンジの工夫や「e-POWER」による電動化戦略によってその座を維持している。
■回転対座シートが消えていったのは残念
時を経て競争が激化するとともに、ミニバンのシートアレンジも進化を遂げてきた。たとえば、2列目の快適性と利便性、3列目の収納性という3つのテーマを考えれば、2000~2010年代における日本車ならではの工夫と進化は目を見張るものだ。
とりわけミドルクラスの2列目シートのスペックは多種多彩さを極め、たとえば2列目に700mmを超えるロングスライドを与え、キャプテン2座あるいはベンチシート+1座を基本に6人あるいは7人乗りのバリエーションを拡大してきた。
ただし、限られた横幅の中で室内に余裕を生み出すには5ナンバーサイズでは足りないことは、新型ノア&ヴォクシーが3ナンバーボディを採用したことでもわかる。2列目シートの前後方向、すなわち座面長(と足元スペース)でも空間が限られてしまい、座り心地などに直接的に影響してしまうからだ。
簡潔にまとめれば、シートアレンジのポイントはおよそ以下のように集約できる。
1列目:助手席回転機能、センターコンソールの移動
2列目:(助手席側)スライド機構
2列目:キャプテンシート、回転対座機構
2列目:背面テーブル、オットマン
3列目:収納(後席&荷室の床下、左右方向跳ね上げ)
ただし、2列目シートにあまりに凝った機能をシートそのものに与えて構造が複雑になってしまうと重量増加を招いてしまい、燃費への影響が懸念されることになる。
2代目ライトエースや初代アルファード、2代目エルグランドなどに採用された2列目の回転対座機能などは後ろ向き着座時の安全性確保が難しくなるなど、次第に廃れていったことをみても、克服すべき技術的な課題が多くなりすぎてしまう。
であれば、ミニバンユーザーにとっては、オットマンなどのほうが快適性において上回るという結果となる。
日本のミニバンにおいて、シートアレンジの工夫が行き着くところまで達したといえるのは、2001年登場の2代目ステップワゴンではないだろうか。
1列目シート両席を回転させ、2列目シートバックを折りたたんでテーブルにすることで、レストランのような家族で食事が楽しめる空間となるレストランモード、2列目シートを、バタフライ式に座面と背もたれを逆転させてシートピローを付け替えることで、3列目シートとの対座を実現。
楽しく会話ができるリビングルームのような空間となる対座モード、1列目から3列目までのすべてのシートにフラット機構を設け、全シート長約3mのフルフラットを実現。
そして親子4人がゆったりと寝られるベッドルームになる3列フルフラットモード。最後は2列目シートをチップアップ収納し、3列目シートを左右跳ね上げ収納すれば、最大で荷室長1737mmのカーゴスペースを実現するカーゴモードという4つのシートアレンジが可能だった。
■これぞ日本ならではのアイデア!「マツダのカラクリシート」
これぞ、日本車メーカーの真骨頂といえるのがプレマシーやMPVに採用されたカラクリシートだ。
2005(~2010年)に登場した2代目プレマシーに採用された、「6+One」コンセプトを元に、3代目プレマシーに採用されたのが左右独立の2列目シートから簡易シートが現れるカラクリ7thシート。
これは助手席側の2列目シートの座面下からカラクリシート用の座面を取り出し、センターアームを背もたれとして使用するもの。
3代目プレマシーでは先代と比較して背もたれを下方向に50mm延長するとともに座面のクッションを15mmアップ、クッション前部を50mm厚くした。
普段はウォークスルーが可能なキャプテンシートの6人乗り、もう1名乗せたい時に、2列目が2人乗りのキャプテンシートから3人乗りのベンチシートになるという画期的なものだった。観光バスの非常用シートに発想は近いかもしれない。
マツダのミニバンが消滅してから、このカラクリシートのアイデアは他メーカーのミニバンには採用されていない。いいアイデアだと思うので、ぜひコンパクトミニバンに採用してほしいものだ。
このカラクリシートは、ラージサイズミニバンのMPV(1988~2016年)にも採用された。2006年の3代目の2列目シートは2代目から続く「カラクリシート」を採用。アームレスト付きのキャプテンシートでありながら、横方向にスライドすることが可能。
アームレストを格納して横移動させることで隙間なく設置することで、2列目の3人乗車を可能としていた。可倒式の3列目シートも背もたれにストラップが付属され、これを引っ張るとロックが外れ、ワンタッチで背もたれが前方に倒れ込む仕組みとなっていた。
■最新ノア&ヴォクシーのシートアレンジ
ここからは現在のミニバンのシートアレンジを確認していこう。存在感が際立っているのが、2022年1月に発売された新型ノア&ヴォクシーだ。
2001年の発表当時は乗り降りしやすいスライドドアなどを備えてはいても、コンパクトキャブワゴンからスタートしたノア&ヴォクシーは、トヨタは手の届きやすい5ナンバーサイズのミニバンとして着実に改良を重ねてきた。
4代目となる新型では安全装備の充実のみならず、利便性の向上に意を払い、シートアレンジも工夫が凝らされた。7人乗り仕様車のセカンドシートには、キャプテンシートを採用。
クラス初となるオットマン機構とシートヒーターに加え、折りたたみ式大型サイドテーブルなどを装備。3列目をサイド跳ね上げ式としたうえで、シートをいったん横にスライドさせることなく移動できる「ストレート超ロングスライド」(7人乗り、スライド量745mm)を実現した。
8人乗り仕様車の2列目シートでも、3人掛けベンチシートタイプの6:4分割チップアップシートを採用。7人乗り仕様車同様に「超ロングスライド」(スライド量:705mm)を可能とした。
さらにパッケージオプションとして、手すり付きの専用2人掛けベンチシートタイプを設定。2列目助手席側に乗降スペースを確保することで、2列目シートにチャイルドシートを設置しても3列目シートへのアクセスを容易にしている。
■5月26日発売の新型ステップワゴンのシートアレンジは?
5月26日に発売となる新型ステップワゴンのシートアレンジにも多くの工夫が見られる。ホンダ史上最大の室内空間と謳われており、2列目シートを右側75mm、左側115mm中寄せスライドすることによって最大865mm後方にロングスライド可能。
スパーダ、スパーダプレミアムラインには2列目キャプテンシートにはオットマンを設定。3列目シートは、左右を分割して床下へすっぽり収納。跳ね上げ式のノア&ヴォクシーと最大の違いはここだ。
3列目シートを床下に収納し、2列目を中寄せして後方にロングスライドし、オットマンを使えばさらに快適な空間が広がる。また2列目前方に中寄せし、ロングスライドすれば運転席からも子供に手が届く。
■セレナのシートアレンジは?
日産のミニバンも進化を続けており、セレナもワンボックスワゴンであるバネットから離れた初代(バネットセレナとして1991年に登場)から息の長いモデルとして存在し続けてきた。
現行型(5代目のC27型)セレナの発売は2016年8月。2018年3月にe-POWERを追加して以降販売は好調で、2018年度(2018年4月~2019年3月)にはミニバンカテゴリーで国内販売第一位を獲得している。
このミニバンカテゴリーでは販売台数で常にトップを争っており、日産のエース的存在と言える。そんなセレナの期待の次期モデルは、2022年9月頃にデビュー予定だ。
現行セレナのシートアレンジを見ていこう。日産のセレナに対する力の入れ具合がよくわかる。「スマートマルチセンターシート」は、前席と2列目シートで移動可能として、2列目シートをキャプテン/ベンチを選択できた(現行モデルのe-POWER仕様はキャプテンシート)。
2列目シートは女性や子供でも軽くて動かしやすいよう、内部構造(素材)を見直して軽量化が図られ、横方向にスライドさせれば、最大690mmの超ロングスライドが可能としていた。
■一人勝ちのアルファードのシートアレンジは?
2021年4月~2022年3月の2021年度新車販売台数では、コンパクトミニバン(8位、7万3661台)のフリードを抜いて堂々のミニバントップの7万9226台で7位にランクインし、名実ともにNO.1ミニバンとなったアルファード。
アルファードには7人乗り、8人乗りがある。7人乗りは安いほうからリラックスキャプテンシート→エグゼクティブパワーシート、そしてエグゼクティブラウンジシートが用意されている。
S、SタイプゴールドIII(特別仕様車、シート地はブランノーブII+合成皮革)が採用するリラックスキャプテンシートのセカンドシートは最大830mmのロングスライドが可能で、横スライドさせ、後端までロングスライド可能。ただし、オットマンはマニュアル式でアームレストも無段階回転式となる。
GF、S・C、S・Cパッケージが採用するエグゼクティブパワーシートのセカンドシートは500mmロングスライド可能(手動)。オットマンは電動式で、折りたたみサイドテーブルは木目調加飾で豪華。リラックスキャプテンシート同様、2-3列目のウォークスルー機構を備えている。
そして最も豪華なシートが、エグゼクティブラウンジ、エグゼクティブラウンジSが採用するエグゼクティブラウンジシートだ。ゆとりあるシートサイズに加え、上質な肌触りのプレミアムナッパレザーを採用し、140mm伸縮調整可能な電動オットマンを備えている。
アームレストも3D木目調&金属調素材をあしらった格納式サイドテーブルは素晴らしいのだが、大型アームレストを採用しているため、ウォークスルーは厳しい。
一方、エントリーモデルのX8人乗りとS8人乗りに装備されるシートはセカンドシートが6対4分割可倒チップアップシート、つまり3人乗りのベンチシートとなる。
豪華かつウォークスルー機構が欲しいとなると、価格もガソリン、2WD、7人乗りで468万1000円とコスパに優れた、最も人気のあるS・Cパッケージ一択になるだろう。
■コンパクトミニバンNO.1のフリードのシートアレンジは?
ホンダのコンパクトミニバンには、ヒット作であるフィットベースとしつつも、現状では旧世代のプラットフォームを利用して作り上げられたフリード&フリード+(プラス)がある。
6/7人乗りとフリード+の5/6人乗りを用意している。フィットで特徴的な2列目シートをフラットに前倒し収納可能なセンタータンクレイアウトを採用されていないのは、ハイブリッド用バッテリーを収納するための処置だ。
2列目はキャプテンシートと、ベンチシート(6対4分割タンブルシート)が用意されており、多彩なシートアレンジが可能だ。特に跳ね上げ式の3列目シートは便利。コンパクトなミニバンながら3列目を跳ね上げればベビーカーや自転車が積めるのだ。
ただ、その一方で通常のフル乗車状態のラゲッジスペースは狭いため、次期型では新型ステップワゴンのように床下収納方式になることを期待したい。
ちなみに現行型フリードの登場は2016年9月で、2019年10月にはマイチェンを実施。7年目となる来年夏にモデルチェンジが計画されている。
■トヨタのベストセラーコンパクトミニバン、シエンタの実力は?
シエンタも人気が衰えていない人気のコンパクトミニバンだ。
取り回しやすいコンパクトなボディに、ハイブリッド仕様でもバッテリーをセカンドシート足元の下、薄型燃料タンクをセカンドシート下に搭載することで低床フラットフロアを実現するなどの工夫が見られるが、シートアレンジで注目すべきは3列目シートの「ダイブイン機構」。
3列目シートを折り畳んで2列目シートの座面の下に収納可能。
2列目シートを前転(タンブル)させて、3列目シートの背もたれを倒した後、3列目シート後部に備わるひもを引きながら前方へと落としこめるため、3列目シートを「消滅」させることができ、2列シート仕様に変化させられるというものだ。
2015年7月に登場したシエンタだが、登場から3年目となる2018年9月にマイチェンを実施しており、このマイチェンからもすでに3年半が経過。
本来は2021年8月にモデルチェンジの計画だったが、コロナ禍、半導体不足などの影響により、トヨタ車全体のモデルチェンジ計画が押して、約1年先送りとなったという経緯がある。
最新の情報では、シエンタは今年8月、新型にフルモデルチェンジする予定。ぜひ新型では現行モデルにはない、ウォークスルーのできる2列目がキャプテンシートの6人乗り(現行フリードはこちらがメイン)を用意してほしいものだ。
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