前編では有事における食料安全保障を考える上で、先細りする日本農業の未来を切り開く選択肢として、企業参入について論じた。特例的に企業の農地所有が認めた兵庫県養父市の取り組みが成果をあげたにも関わらず、養父市以外に広げることには強い反対があることも述べた。
そして最近はもうひとつ、「企業参入を認めたら、外国資本が農地を買い占めてしまう」との反対理由も聞かれるようになった。先にいってしまうと、こちらは「外資規制は導入したらよい」というのが答えだ。
食料安全保障上の外資規制は導入すべき
まず議論を整理しておくと、「企業参入を認めるか」と「外資を規制するか」は別問題だ。例えば航空業界や放送業界は、企業参入はもちろん認められているが、外資は一定比率(航空は3分の1、放送は5分の1)までに制限されている。
農業分野は、主要先進国では日本と異なり企業参入が認められているが、外資規制は導入・強化の動きが広がっている。これは、世界の優良農地を中国企業などが買収する動きが目立ち、食料安全保障上の課題として認識が高まっているためだ。
オーストラリアでは中国企業による広大な農地取得が問題となり、2018年に外国人による農地取得に際して事前に国内市場への公示が義務付けられた。フランスでは従来からワイン農地の外国人取得規制などがあったが、これをかいくぐる事例が増え、マクロン大統領は規制強化の方針を示している。米国はもともと州によっては外国人の不動産取得規制があったが、2020年に対米外国投資委員会(CFIUS)の審査対象に不動産投資が追加され、その後も農地に係る更なる規制強化が議会で議論されている。
これに対し「日本は企業参入を認めていないから、外資が入ってこない」との説明がなされることがあるが(例えば2022年3月2日衆議院農水委員会での農水大臣答弁)、甘い。抜け道があり、出資比率50%未満で農業生産法人を作れば、実質的には外資の強い影響力のもとで農地取得できてしまうからだ。
農水省の調査によれば、2017〜20年の間に中国系やフランス系などの法人(出資比率45-49.9%)が計65.9haの農地を取得している。また、北海道平取町豊糠地区では中国と関係があるとされる農業生産法人が地区の農地の56%を取得し、耕作せずに放置しているといったケースが報じられている(参照:産経新聞)。
たしかに農地取得規制のために農業生産法人を介在させる手間がかかるので、件数は抑えられているかもしれないが、安全保障の観点では看過できない状況だ。各国で農地外資規制の導入が進む中で日本だけが放置していれば、手間を厭わず外資が日本に集中してくる可能性も否定はできない。
結論として、農地の外資規制は急ぐべきだ。筆者は「外資はすべて危ない」とは考えていないが、一定の審査を行い、食料安全保障を害する法人による農地取得は排除する(事後的に発覚した場合に買い戻すなども含む)制度は必要だ。農地は食料安全保障の基盤なのだから、国が守らなければならない。
「国際協定違反」は役人の常套句
「外国人の農地取得の規制はWTO違反になるのでできない」という慎重論もある。役所がそう説明して広まっているのだが、だいたい「国際協定違反になる」とか「憲法違反になる」というのは役人が面倒くさい仕事から逃げようとするときの常套句なので、話半分に聞いておけばよい。
そもそも国際協定も憲法も、天から命じられたルールではない。自分たちの意思で定めているルールだ。「自国の安全が脅かされても、国際協定や憲法を守らないといけない」なんていう馬鹿な話はない。
日本政府として安全保障上一定のルールが必要と判断するならば、WTO協定には安全保障例外の規定があるので、これに基づき農地の外資規制を導入したらよい。さらに、農地の外資規制は多くの国々で共有されている課題なのだから、国際ルール上も認められることを主要国間で合意し、要すれば新たなルール形成を目指したらよい。
ちなみに筆者はWTOの発足当初に当時の通産省で担当官を務めていたことがある。当時も今も、欧米諸国は自国のために必要あれば、協定違反を問われる可能性が多少あろうとも自国の論理で措置を講じる。それで他国から訴えられば、紛争解決パネル(裁判所に相当する)で争う。「協定違反」を過度におそれて国益を損ねているのは日本ぐらいだ。
制度設計を行ううえでは、2021年に成立した「重要土地等調査法」も参考になる。こちらは基地周辺などの土地を対象とした法律だが、「外資だからダメ」というのではなく、国内法人であっても安全保障を害する利用は制限する制度が設けられている。たしかに安全保障を害するのは外資とは限らないから、このほうが実効性は高い。内外の立法例を参考に、日本の農業を守る実効的な制度を構築しなければならない。