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【編集部より】サキシル創刊1周年特別企画、第2弾は、河野太郎衆院議員(前沖縄担当大臣)と、本サイト沖縄連載でおなじみの篠原章さん(批評ドットコム主宰)の対談です。 

沖縄返還から半世紀、政府は累計で十数兆円の振興予算を投入してきましたが、貧困率や中学生の学力などで全国ワーストが続くなど政策的な効果が出ていないケースも少なくありません。

そんな中、菅政権で沖縄担当大臣だった河野議員の独自の政策アプローチを、篠原さんが連載で紹介したところ反響を呼びました(記事はこちら)。次の50年、沖縄が真に豊かに自律的に発展するにはどうあるべきか。5月15日の本土復帰50年を前に、現場を知り尽くす2人の議論にご注目ください。(収録は3月中旬、司会は新田哲史編集長)

河野太郎前沖縄担当大臣と篠原章さん(※撮影時のみマスクを外しました:撮影=武藤裕也)

エビデンス提起した河野流 

――沖縄返還から50年を迎えます。サキシルでは篠原さんの沖縄連載でこれまでも構造的な問題を指摘してきましたが、昨年9月、河野さんが沖縄担当大臣を退任される直前、これまでと違う政策アプローチをしたことをご紹介したところ、反響がありました。

【篠原】沖縄政策で、河野さんほどエビデンス・ベースド・ポリシーメイキング(EBPM、証拠に基づく政策づくり)にこだわった大臣はいなかったと思います。画期的なアプローチを打ち出した問題意識はどのあたりからでしたか。

【河野】政治は結果責任。1人当たり県民所得がずっと最下位で、これだけ沖縄予算、振興予算を付けているにもかかわらず、47番という順番が変わってないことは反省しなければいけませんよね。とにかく「47をまず46にしよう」が、私の大臣時代の掛け声でした。

河野太郎(こうのたろう)1963年生、米ジョージタウン大学卒業後、富士ゼロックスなどで勤務。1996年衆院選に初当選(9期)。2015年に初入閣。以後、外相、防衛相などの要職を歴任。菅政権でワクチン相とともに沖縄担当相を務めた。著書に「日本を前に進める」(PHP新書)など。

そのためにはエモーションやイデオロギーではなく、エビデンスに基づいて、沖縄の経済をいかに発展させるか、沖縄が直面してる問題をいかに解決できるかという政策でやっていかないと駄目だと言ってきました。

【篠原】河野さんが「10代の妊娠が沖縄の貧困の原因」とズバリ指摘されたように、子どもや女性の貧困問題を指摘されただけでなく、男性にも責任があると当然のことを述べられたことは実に素晴らしい。

【河野】貧困の連鎖が続いている状況だといってもよいと思います。若くして子どもを作ったが、離婚してシングルマザーになってしまう。しかも養育費ももらえず、ひとり親世帯で所得が低い。それが進学率の低さにも繋がり、その結果、成長した子供の所得が低くなるという現実がありました。

「できちゃった婚」が多く、その後、離婚して、シングルマザーが子育てを懸命にやらなければならないなら、男性からも養育費をきっちり取る。夫婦の選択なら政府がとやかく言う話ではありませんが、自分の人生を自分で決めるためには、きちんとした性教育をやってあげなければということですね。

※画像はイメージです(Danil Al /iStock)

【篠原】米軍基地を「教育資源」として生かすというアプローチも感銘を受けました。歴代の大臣は基地に言及すること自体、恐る恐るやっていたのが、かなり前進したと思います。これまで10年の振興期間を5年で見直しするというのも大臣時代の河野さんの功績です。

【河野】基地には英語のネイティブスピーカーがたくさんいます。アメリカの軍人や軍属、その人たちの配偶者の中には、学校で教えていた経験のある人もそれなりにいるようです。実は外務大臣の時から、そうしたリソースを英語教育に使えばいいじゃないかと言ってきたのですが、「基地の固定化につながる」という反発が出てきます。いやいや、それは全然別の話ではないかと。

【篠原】河野さんが大臣時代の沖縄県の行政関係者、あるいは現地関係者のかたで賛同された方はいらっしゃいましたか。

【河野】基地をリソースにした英語教育は、沖縄県の教育委員会も「それはぜひやりたい」とかなり前向きな反応でしたが、結局立ち消えになったのは残念でした。あと、これは外務大臣の時に始めた事業ですが、TOFU(アメリカで沖縄の未来を考える)プロジェクト。沖縄の高校生・大学生をアメリカを連れて行って向こうから沖縄を見ようというものですが、自治体によって意気込みに差もありました。

データの裏にある問題を探せ

篠原章(しのはら・あきら)1956年山梨県生まれの東京育ち。大東文化大学教授・駒澤大学客員教授を経て現職。おもに社会経済(とくに沖縄問題)、音楽などポップカルチャーを題材に執筆活動を展開する。主著に『沖縄の不都合な真実』(大久保潤との共著・新潮新書)など。

【篠原】エビデンスとデータの話で最近興味深かったのが、国際女性デー(3月8日)に合わせて発表された、都道府県のジェンダーギャップ指数。沖縄は「経済」で1位なんですよ。女性の社長が多いことなどを要因に挙げていて、数字の上では、賃金などで最も男女の格差がないことになっています。

さすがに地元紙も「実感は湧くだろうか」と評していましたが、飲み歩いて遊んでいる男性も多い中、女性が働きづめになった結果もあるかなと(苦笑)ジェンダー格差がないように見えても、例えば飲食店や商店で、奥さんが社長、もしくは社長は確かに旦那さんでも、実質奥さんが切り盛りしているところも少なくありません。

先ほどの河野さんの貧困の問題とも共通しますが、沖縄社会を研究している社会学の先生たちの本を読むと、低所得層の親は子どもにあまり関心がないと指摘しています。よくいえば個人主義的ですが、悪くいうと教育の介在がない。データとしても出てるし、実態報告としても出てるので、そういうところに着目した貧困政策が求められていると思います。

那覇市の繁華街、国際通りの夜。遅くまで子連れがいることも…(Koenig /PhotoAC)

【河野】社会学的な分析は、国もなかなかできていませんね。そこは県や自治体と一緒になってやりながら、問題を深掘りし、対応策を打っていくことを、考えていかないといけません。

【篠原】1月に沖縄市で数百人の若者たちが警察署に押し寄せて投石する事件がありましたが、先輩、後輩の関係が強く、学校を卒業しても地域の外に出ずに一緒に土木工事の仕事をするような独特の濃い地縁が沖縄にはあります。社会政策にしても、本土と異なる特徴に合わせた政策ニーズが求められているように思いますが、いかがでしょうか。

【河野】沖縄県が問題をしっかりと分析して対応してもらわねばなりませんが、この間の振興計画を見ていくと政策の効果測定が曖昧です。具体的にエビデンスを取るというより、アンケートなどで何となく感覚を聞いているように見受けられます。

子供の学力テストの点数は、どう推移しているのか、地域ごとにどう違うのか。そこまでは見ていても、さらに家族構成ごとに学力の差があるのか、何が子どもの学びの足を引っ張っているのか、県や市町村、特に教育委員会が中心になって問題の所在を浮き彫りにして対応策を考えないとなりませんね。

国が一つ一つ問題を浮き彫りにするところまで、やっていけるかと言えば、そこは難しい。むしろ県や市町村をうまくバックアップしていくべきでしょう。

【篠原】沖縄県や市町村サイドも、自分たちに何が欠けていて、何が過剰なのか実はほとんど把握してないと思います。県は国から与えられた仕事、市町村は県から与えられた仕事、あるいは従来からやっている仕事をこなしていくだけで、点検作業は十分してきたとは言い難い。古いやり方へのこだわりもあるのでしょうが、これではなかなか前に進まないだろうと思います。

今度、沖縄の大型選挙では珍しく、自民党が総務省のキャリア官僚出身の男性を参院選沖縄選挙区で擁立するそうですが、彼のように地域のデータをきめ細かく分析しながら丁寧に政策を作っていける人材が知事や市長になっていくのも面白いかもしれません。