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ロシアは原子力発電プラントの輸出を重要な国策としている。それを示す不気味で不思議な話を紹介したい。
(関係者に迷惑をかけたくないので話は少しぼかしている)

諜報機関が動く?原子力ビジネス最前線

cyano66/iStock

2011年に東電の福島原発事故が起きる前に、原子力発電の導入計画が各国にあった。日本でも、いくつかの企業グループができ、海外での売り込みに動いていた。ある国でそうしたグループに、アメリカ人と自称する人当たりの良い白人と現地人の男性コンビが接近してきた。2人は商社を現地で経営し、手伝いたいという。調査などの仕事を任せ、関係が深まった。すると現地の日本大使館からグループに連絡が来た。

あの2人はロシアSVR(対外情報庁、諜報機関)の関係者らしい。気をつけてほしい」。いつもはビジネスを支援する大使館幹部が口重く、これだけ述べて会合を終えた。情報の出所は言わなかった。

会合の後でコンビに急に連絡が取れなくなり、事務所を訪ねると引き払われていた。その後、売り込み先組織に行くと担当者に言われた。「あなたたちが、わが国市民のことを探り、人権侵害だと政府の人が懸念していた。変な動きをしない方がいい」。そのために真相追及をやめた。その国にロシア国営企業ロスアトムも、原子力発電プラントの売り込みをしていた。

結局、その国の政策転換で原子力発電所建設は立ち消えになり、日露とも売り込みに失敗した。「想定外の出来事で平和ボケだった。ロシアは怖い」。話を聞いた人は、感想を述べていた。ロシアは諜報機関を投入する(?)ほど、国が原子力輸出に力を入れている。

ロシアと中国は原子力で世界市場を席巻

※画像はイメージです。ロシア中部、ノヴォヴォロネジ原発(Vladimir Zapletin / iStock)

「原子力は終わった」と、日本で言われる。それは間違いだ。日独伊など限られた国を除き、多くの国が温室効果ガスを出さず、大量のエネルギーを作れる原子力発電の導入を検討している。そして中国の3つの企業グループと、ロスアトムが輸出に成功している。いずれも国の原子力機関が、独立採算の企業に移行した。

経産省資料によると、世界では原子炉50基が建設中で中国企業が14基、ロシア企業が14基を作っている(両国国内を含む)。建設準備中の68基のうち中国9基、ロシア29基を受注している。日本企業は建設中が国内2基(大間、東通)で東電事故の後で止まった。海外で受注が確定した案件は現在ない。

パキスタンで中国核工業集団公司(CNNC)が国産技術による原子炉「華龍一号」を今年3月に完成、運転を始めた。ロシアはベラルーシ、インドなど外交関係の深い国で原子炉を建設中だ。中露は中東、アフリカ諸国と原子力協力の覚書を次々と締結している。もともと両国は第三世界との関係が深く、それを原子力ビジネスに活かしている。

中国とロシアが原子力輸出で成功しているのは、ライバルの日本企業の動きが最近止まったこと、政治的関係を利用できることに加え、「おまけ」が多いためだ。両国は売り込み先国に軍事援助や融資などで資金を提供。ロシアは使用済み核燃料の再処理、原子力を運営する人員教育も行う。OECD、WTO(世界貿易機関)のルールでは、輸出補助金は原則つけられない。

しかし中露はOECD未加盟で、援助の別名目で資金を提供しWTOルールをすり抜けている。そうやって販売先の負担を減らしている。原子力発電プラントの建設費用は、中露製で推定一基4000億円前後と、西側製より割安なものの巨額だ。援助をつけても利益は出ると思われる。

プラントが量産されれば、技術が進化し、コスト削減ができる。そして電力を支配すれば産業全体に影響を与え、経済活動や個人の情報が取れる。中露は原子力による政治的な影響力の拡大も狙っているはずだ。

政策と社会が原子力産業を潰しかねない日本

一方で日本の状況はどうか。世界で原子力発電プラントを作れる企業、サプライチェーンの企業群が自国内にある国は少ない。日本は日立、東芝、三菱重工の3製造企業グループがある稀有な国で、この産業力・技術力は国の宝だ。

しかし、今は厳しい。「まだ日本の原子力産業には世界トップクラスの技術がある。3大メーカーだけでなく、その系列各企業の持つ製造能力、技術が素晴らしい。ただ新規建設の仕事がなく、その維持もそろそろ限界だ」。ある技術者は現状を分析する。これは関係者の共通認識だ。

日本の原子力産業が停滞した背景には、大きな問題が2つある。電力会社もメーカーも、厳格化した原子力規制への対応に追われ、原子力発電所の多くが長期停止中だ。そのために新しいことをできる余裕がない。しかも国は東電事故の後に電力・エネルギーの自由化を進め、規制料金を撤廃した。原子力発電プラントは初期投資が巨額だ。料金が自由化され、建設資金の調達のめどが立たなくなってしまった。

日立が建設から撤退したイギリス・ウィルファ原発(UK government agencies / Wikimedia)

日本の原子力政策はチグハグだ。最近になって政府も与党も原子力の必要性を訴え始めている。政治的に難しい問題のため、ここ数年原子力について沈黙していた。それから少し変化したものの、過剰規制と電力自由化という2つの重要問題に手をつけていないし、輸出支援も積極的ではない。岸田文雄首相は原子力を動かさないことによる電力不足やエネルギー価格の上昇が起きているのに、「安全の確認された原子炉を再稼動させる」と、これまでの政府の主張を繰り返すだけだ。いつもの岸田首相らしく無策だ。

東電事故を関係者は反省すべきで、社会的な不安や原子力批判が起きるのは当然だ。しかし、その後の原子力をめぐる政治空間の議論では、「原子力は悪」などの倫理面や感情面が語られ、産業育成、また経済安全保障をめぐる視点はすっぽりと抜け落ちている。日本は自国の原子力産業という「金の卵を産む鶏」を絞め殺しているような、異様な姿だ。

経済安全保障、中露封じ込めを原子力で考えるとき

それではどうすればよいのか。国内では、原子力産業の混乱を収拾しなければならない。私の指摘した過剰規制と電力自由化の2つの問題を見直してほしい。その上で、実現は困難と思うが、将来を見据えて日本国内での原子炉の新設やリプレイスに取り組むべきだろう。

海外への輸出では、民間企業の頑張りに期待すると同時に、政府が積極的な輸出支援を行うべきだ。ウクライナ戦争で、エネルギーを覇権追求の武器に使うロシア・中国への警戒が広がっている。特に東欧でその動きが顕著だ。日本の3大メーカーは米仏の企業と連携している。自由主義陣営の国や企業と連携しながら、原子力の販売を行えるし、今は成功の可能性が高まっている。

ロシアと中国が原子力発電を使い、両国と同調国の国力を増す世界の未来があるかもしれない。一方で、日本企業が原子力を平和目的で提供し、各国とWin-Winの関係を持ちながら、世界と日本を豊かにする未来があるかもしれない。残念ながらこのままだと、前に示した未来が実現してしまう。

日本でも原子力をめぐる議論が落ち着き始めている。原子力については「産業振興」「経済安全保障」「中露封じ込め」という視点を加え、官民一体で政策と行動プランを練り直す時に来ている。

前回の連載で述べた外交官の言葉を思い出してほしい。「中国が私の国に原子力プラントを売り込んでいる。対抗するために日本の技術を紹介したい」。「日本のエネルギー技術は、自由・民主主義陣営のもの」。世界の人々は、日本の原子力に期待している。