もっと詳しく

 6月11日〜12日に決勝レースが行われるル・マン24時間に向け、トヨタGR010ハイブリッドのエンジンやモーター、バッテリーなどのハイブリッドシステムを送り出す『出荷式』をトヨタ自動車東富士研究所(静岡県裾野市)で見学。その後、ハイブリッドシステムの開発に携わる2名の技術者から話を伺う機会を得た。

 佐藤真之介氏(GRパワトレ開発部 主幹)は主にエンジンの開発を担当、立松和高氏(GRパワトレ開発部 主幹)はモーターやインバーター、電池などのいわゆる“電気もの”を担当する。

■排気量3.5リッターを選択した事情

 2020年までのLMP1規定に合わせて開発されたTOYOTA GAZOO Racing TS050ハイブリッドは、2.4リッターV6直噴ツインターボエンジンを搭載。これにフロントとリヤにモーターを組み合わせたハイパワー4輪回生(発電)&力行(アシスト)のハイブリッドシステムとしていた。

 エンジンの最高出力は367kW(500ps)以上、モーターの最高出力は前後合わせて367kW(500ps)以上と公表されていた。ただし、力行側の最高出力は規則により300kW(408ps)に規定されていた。2016年に実戦投入された時点での最低重量は875kgだった(2020年ル・マンはEoT=技術均衡調整により最低重量は895kgに規定)。

 一方、2021年に導入されたル・マン・ハイパーカー(LMH)規定に合わせて開発されたGR010ハイブリッドは、3.5リッターV6直噴ツインターボエンジンを搭載する。なぜ、3.5チッターの排気量になったのか。答えはレギュレーションの違いに隠れている。

 LMP1規定のときは500psを発生すればよかったが、2021年に導入されたハイパーカー規定の場合、エンジン単体で680psを発生する必要がある。最低重量は1030kgに引き上げられたため、155kgも重くなる。

 レギュレーションが確定しない混沌とした状況で、エンジン単体で以前より大きな出力を発生させ、重たい車両を走らせる必要があった。他車との性能差をバランスさせるためのBoP(性能調整)が導入されることが決まっており、出力や車両重量の増減が行われることも予想された。

 実際にそのとおりになり、2022年開幕戦セブリング戦時点での最高出力は506kW(688ps)、最低重量は1070kgに規定されている。こうした変動要因に対して柔軟に対応するための排気量が3.5リッターだったというわけだ。

ハイブリッドのデプロイメントスピードが190km/h以上と定められた2022年開幕戦セブリング。第2戦スパでも、この数値は変わらず
ハイブリッドのデプロイメントスピードが190km/h以上と定められた2022年開幕戦セブリング。第2戦スパでも、この数値は変わらず

「050のV6のときは燃料流量規制だったので、熱効率を改善すると、それがすべてパワーにつながりました」と、佐藤氏はLMP1時代とハイパーカー時代の開発の違いについて説明する。

「ところが今回(LMH規定)は燃費率も含めてBoPの対象なので、燃費が悪くても給油時間でアジャストされてしまう。逆に言えば、燃費を良くしても行き着くところは同じになる。エンジン屋からすると非常にやきもきした状態です」

 LMP1時代は燃料流量を規制することによって性能向上に一定の歯止めをかけていた。単位時間あたりに消費できる燃料の量には上限があるので、燃焼の効率を高めたり、損失を減らしたりすることで熱効率を高めれば、そのぶん出力は向上する道理だった。エンジン開発技術者にすれば、努力したぶんだけ報われる枠組みであり、だから、モチベーションは高まった。

 LMH規定は最高出力が500kW(680ps)に規定される。そのため、熱効率を高めて出力を向上させる開発は意味をなさない。向上させた熱効率を燃費向上に振ることもできるが、BoP(性能調整)によって給油時間で調整されてしまうため、熱効率の向上分がそのままパフォーマンスには跳ね返らない。それが、「やきもき」する理由だ。

エンジンベンチのコントロール室。多くのモニターが立ち並ぶ
トヨタ東富士研究所 エンジンベンチのコントロール室。多くのモニターが立ち並ぶ

■規定変更で“七難隠してくれていた”ブーストを失う

 しかし、することがなくなったわけではなく、開発の焦点が他に移ったにすぎない。LMP1時代は『熱効率』が開発の焦点だったが、ハイパーカー時代は『ドライバビリティ』に軸足が移っているという。

「ドライバーが扱いやすいエンジンって何だろう、という“原点”に戻って開発をしています。昨年はハイブリッドのデプロイメントスピードが120km/hでしたが、今年は190km/hになりました」

 2021年はドライタイヤ装着時に120km/h以上、ウエットタイヤ装着時は140km/h以上にならないと、モーターのアシストを行うことができない決まりだった。2022年はドライ/ウエットとも、190km/hにしきい値が変更された。

 LMP1時代はフロントとリヤ合わせて最大300kW(408ps)の出力を発生させることができたが、ハイパーカー規定ではモーターの搭載位置はフロントに限定され、モーターの最高出力は200kW(272ps)に規定されている。190km/h以上になってフロントモーターを駆動したときのみ、4WDになる仕組みだ。

「190km/hまでは普通のリヤ駆動ですので、いかにドライバーが意図したとおりにエンジンで駆動力を出せるか。具体的に言うと、モーターはものすごい周波数でコントロールできるのですが、エンジンは回転数に応じて爆発回数が決まるので、素の素性としてドライバビリティを上げていかないと、モーターのトラクションには叶わない。そこが、自分たちがとくに注力した点になります」

 モーターは1万分の1秒(0.0001秒)単位で制御することが可能だと、量産車の世界では言われている。つまり、1万Hzだ。一方、エンジンはそんなに緻密には制御できない。例えば6000rpmで回っているとき、クランクシャフトは1秒間に100回まわっている。クランクシャフト2回転につき6気筒が1回ずつ爆発するので、1秒間に300回、言い換えれば300Hzで、0.0033秒ごとに制御の手を打てることになる。モーターの制御精度とは桁違いだ。

 エンジンだけに頼るシーンでは、この0.0033秒ごとのチャンスを活かし、スムーズにトルクを発生させてドライバーの要求を満たさなければならない。

「ドライバーのペダル操作から、要求トルクを判断します。その要求に対していかに追従できるか。スロットルオンした瞬間のディレイとか、スロットルを操作した際のドライバーの要求と実トルクの乖離具合などを指標に、良し悪しを判断して開発を進めています」

「とくに自分たちが気を使ったのはターボラグです。050はハイブリッドブーストが七難隠してくれたおかげで、熱効率にシフトしたエンジン開発を行うことができました。今回はターボラグも(モーターではなく)エンジンでカバーしなければなりません。ターボの選定などを進めることで、ターボラグは050の半分以下に抑えています」
(後編へ続く)

トヨタGAZOO RacingでおもにGR010ハイブリッドのエンジン開発を担当する佐藤真之介氏(GRパワトレ開発部 主幹)
トヨタGAZOO RacingでおもにGR010ハイブリッドのエンジン開発を担当する佐藤真之介氏(GRパワトレ開発部 主幹)