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【編集部より】ロシアによるウクライナ侵略戦争は、エネルギー安全保障の面でも我が国に重い課題を突きつけています。開戦前、大手メディアで喧伝された「脱炭素」の潮流にも異変が…。エネルギー問題に詳しいジャーナリスト、石井孝明氏が3回に渡り論じます。

ロシア大統領府ツイッター、mtcurado /iStock

日本人の知らない「世界からの期待」

「日本のエネルギー技術は自由・民主主義陣営のもの。私たちを守るために使ってほしい。ロシアのガスから離れるのが、私たちの願いだ」。東欧の外交官に言われた。

「中国が私の国に原子力発電プラントやエネルギーシステムを売り込み、それによるインフラと経済の支配を狙っている。対抗するため、日本の技術を紹介したい」。アジア圏の外交官に言われた。

2人は経済と技術の情報収集が担当で、ウクライナ戦争前に聞いた。日本のエネルギーとインフラの技術、製造、運営能力は世界のトップレベルだ。日本が世界にこの分野で期待されていることを、多くの日本人は知らない。

この戦争によって、日本の産業界がエネルギー・インフラ分野で持つ技術は、より大きな意味を持ち、価値が高まった。使い方によってはロシアを追い詰め、侵略戦争を止める有効な手段になるかもしれない。

プーチンが暴いた脱炭素の欺瞞

プーチン・ロシア大統領が、なぜウクライナへの侵略戦争を始めたのか。ロシアが石油とガスの産出国であり、それらを政治上の武器に使え、経済面でも安定した収益を確保できることが、理由の一つであろう。

推計によると、2021年にロシアのガス・石油輸出の収益は1日10億ドルになり、推定で国家予算の6割をそこからの税収で得ているとされる。ロシアの財政は、1バレル=60ドルぐらいで収支均衡するようだ。現時点で石油価格は1バレル=約110ドルと急騰し、ロシアは大きな利益を得ている。

Itsanan Sampuntarat /iStock

そしてEUはロシア産のガス、石油を全面禁輸していない。EUの全体発電に占める天然ガス発電の割合は19.7%、そのうち4割がロシア産のガスだ(国際エネルギー機関調査、2019年)。EUはエネルギーでの脱ロシアを掲げたが、即座に実現できない。ロシアはその点でEU諸国の首根っこを押さえているのだ。

太陽光や風力による発電は天候次第で、バックアップのための電源が必要になり、その手段は主に火力だ。しかも再エネに投資が流れ、西側の資金による石炭、石油開発への投資が世界的に抑制された。

最近の世界のエネルギーの流れは「自然エネルギーによる脱炭素」で、気候変動危機を煽るイギリス、ドイツ、フランスの政府と企業、民間団体が主導した。それは建前に過ぎず、欺瞞に満ちていたことをプーチンが暴いてしまった。脱炭素政策が化石燃料の価格を上げ、ロシアのガスの存在感を増す奇妙な結果になった。そして今回の戦争の一因にもなった。

EU、アメリカの政策転換

EU諸国は今、エネルギー政策の見直しと脱ロシア化を進めている。原子力の再評価と、自然エネへのめり込んだことの反省だ。ここ数年、EUの各国政府や民間団体が繰り返した、石炭火力批判は急に静かになった。

アメリカでも変化の兆しがある。バイデン政権は「グリーンニューディール」を掲げ、自然エネルギーの支援策を相次いで導入。化石燃料を支援した共和党やトランプ前政権の政策をひっくり返し、今も継続中だ。戦争を契機に、共和党が反撃している。保守派のマルコ・ルビオ上院議員は「米国産の化石燃料を使わせないことがプーチンの増長を招いた」「最大のロシア制裁は愚かなグリーンニューディール政策をやめると、バイデン大統領が宣言することだ」という趣旨の発言を繰り返す。こうした主張は共和党が最近勢いを増す背景の一つにもなっている。

それでは日本はどうか。菅義偉前政権は、首相主導で「2050年カーボンニュートラルの達成」「2030年までに温室効果ガスを46%(13年度比)削減」という脱炭素政策を昨年打ち出した。そして過激な規制を主張する小泉進次郎環境相、河野太郎内閣府担当相を重用した。

その意気込みは評価するが、実現可能性はあまりない「絵に描いた餅」であり、日本の国益にも合っていない。日本の産業界は、化石燃料と原子力を使うインフラ分野では強い。しかし自然エネルギーでは、中国や欧米の産業に遅れを取ってしまった。他国の強い分野を支援し、日本の強みを後押ししない、おかしな政策だったのだ。そして今の岸田政権では、岸田文雄首相らしく惰性で、前政権の政策を踏襲している。

したたかに利益追求をする好機

日本のエネルギー・環境政策はこのままでいいのだろうか。

西欧諸国と各国の産業界が、ウクライナ戦争をきっかけに、これまでの方針の誤り、現実に合わないことを渋々認めだした。日本は他国に先んじて、政治的に「脱・脱炭素」に政策を転換し、可能ならば岸田首相による宣言を出すことを希望したい。化石燃料の復活と利用技術の輸出促進、自然エネルギー優遇の見直し、原子力の再評価を行うのだ。

脱炭素を再び追求するようになっても、今の「自然エネルギーによる脱炭素」という方向は問題が多いので、変えた方が良い。もちろん気候変動への対策は必要だし、自然エネを否定するわけではない。しかし物事には優先順位があり、今はロシアの侵略を潰すことが先決だ。

具体的には、日本企業の提供する製品やサービスによって、効率よく化石燃料を使うことを、世界に向けて売り込んでほしい。ロシアとその協調者である中国は、今後、国際エネルギー市場から締め出される。ロシアのエネルギーを使わなくても良い方法として、日本のエネルギー技術が注目されやすい状況にある。日本の産業界は、原子力、石炭火力、省エネなどの得意技術を活用し、その状況を作り出せる。金融市場や商品市場は先行きの予想を織り込む。今すぐそれができなくても、日本が官民で動けば、変化への期待によってエネルギー価格は抑制される。ロシアのエネルギーによる収入を潰せば、ウクライナへの侵略は挫折する。

日本の原子力は中露への対抗策

愛媛県の伊方原発(paprikaworks /iStock0

この状況では、日本の原子力は再評価されるべきだろう。2011年の東京電力の福島第1原子力発電所事故の後で、原子力政策は混乱し、その社会的な位置付けが曖昧なまま放置されている。政治家も批判を恐れて触らない。事故の反省は当然だが、今は原子力の再評価、再活用が行われるべきだ。化石燃料を使わず、二酸化炭素を出さず、巨大なエネルギーを生み出せる人類の持つ手段は、原子力発電しか今のところ見当たらない。

そして原子力発電所を建設、運営できる企業を持つ国は少ない。日本には日立、東芝、三菱重工の3つの企業グループがある。ロシアと中国は、原子力発電プラントを、中東など外交関係が緊密である国に輸出しようとしている。採算性を無視し政府が巨額の支援をしているが、輸出先の国のエネルギーシステムを押さえる野望があるのかもしれない。英国で中国企業による原子力発電所の建設計画がジョンソン政権で頓挫したのは、その警戒によるものだ。日本の原子力は、中露の外交政策に対抗する手段になる。

ここで本稿の最初の2人の言葉に戻ろう。「日本のエネルギー技術は自由・民主主義陣営のもの」だ。それを自由と民主主義を守る国の人々に使ってもらうことによって、覇権を追求するプーチンのロシアや中国を追い詰める有効な手段になる。そこで利益も日本企業がしたたかに稼ぎだせる。これが私の言う「脱・脱炭素」だ。

残念ながら、岸田首相にエネルギー危機をチャンスに変え、理想を実現すると同時に、国益に役立てながら、したたかに稼ぐという発想はなさそうだ。それならば政府も、アンチビジネスの環境活動家も、反原発を唱える政治勢力も、日本企業が持てる力を発揮することを、せめて邪魔をしないでほしい。