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 2022年はフランスに移住し、OG Motorsport BY SarazinからFIM世界耐久選手権(EWC)に“フル参戦”することになった渥美心選手。そんな渥美選手がEWC参戦のなかで感じた、日本のレースとの違いや耐久レースならではの出来事や裏側を語ります。

 今回は伝統の一戦となるル・マン24時間の雰囲気やレースに参戦した心情など、レースウイークの日々を渥美選手と同行している広報兼ヘルパーの目線でお伝えします!

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 ル・マン-ブガッティ・サーキットへはマシン運搬用のトラックと、ホスピタリティ用のトラック2台での移動です。今年からホスピタリティ用のトラックがかわり大きくなりました!

OG Motorsport BY Sarazinのトラック2台/2022EWC第1戦ル・マン24時間
OG Motorsport BY Sarazinのトラック2台/2022EWC第1戦ル・マン24時間

 チームの本拠地からル・マンまでは車で4時間ほどですが、早朝から搬入のためサーキット近くに前泊をしてからサーキット入りをします。

 翌朝、今まで見たことのない量の食材がトラックに運び込まれてきました!! 開幕戦はチーム30名+ゲスト50名が来場することもあり、計80名もの方がホスピタリティで食事をするための食材です。

 レースウイーク中、80名の食事をを作るのは通称『Girls power #66』という女性陣。本当に手際良く健康的な食事を作ってくださいます!

 キッチンを何度か覗かせてもらって気づいたのですが、例えば、フランスは冷凍食品が盛んなのにもかかわらずフライドポテトさえも一から80人分のジャガイモの皮を剥いて、揚げており感動しました。

 ライダーは、事前に希望の食事を伝え、別メニューで食事が提供されることもあります。そのおかげか普段の生活環境と違う中でも体調管理は完璧でした!

ホスピタリティ
ホスピタリティ

 サーキットに到着してからは、初めての設営をしました。ピットを設営するチームとピットから数分離れたパドック裏にホスピタリティを設営するチームに別れて半日以上作業をしていきます。特に、私たちが楽しみにしていたことはウイーク中にサーキットで寝泊まりをすることです。

 今回はチームの関係者の方からけん引のキャンパーを貸してくださることになったので、そこで生活することにしました。

 初めて1週間パドックで生活してみた感想は『とにかくうるさくて眠れない』ということです(笑) レース当日に近づくにつれ、観客たちの盛り上がりが加速し始め、ついに木曜日あたりにはパドックの裏あたりにダンスミュージックが響き渡る屋外バーがオープンし、一晩中エンジンをふかし続ける謎の恒例行事が行われ、深夜も寝付けないほどの環境でした。しかし睡眠不足は一番の大敵なので、耳栓をしたりしてどうにか深く眠りにつく努力をしました。

2022EWC第1戦ル・マン24時間:パドックの様子
2022EWC第1戦ル・マン24時間:パドックの様子

■走行1日目~2日目:心情や感触、トラブル

「事前テストから電気系統を変更したことと路面のコンディションが違ったことでバイクが安定せず自信を持って走れなかったので、解決するために様々なセッティングを試しました。午後には雨が降りレインコンディションでの走行経験も積めました」

「結果的に翌日からはドライで走り続けることができましたが、どのような環境下でも走り続けなければならないレースでは何があるか分からないため、レインを走れたことで精神的に余裕が持てました。ただ、バイクの感触が好ましくなかったこととベストタイムから約1秒遅いタイムしか記録できなかったことで不安が募る初日でした」

レインのル・マンを走る渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)
レインのル・マンを走る渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)

「2日目の午前には2時間のフリー走行があり、ここでセッティングの方向性を決める必要がありました。大きくセッティングを変更しましたが、すぐに元の方が良いと判断して早めにピットイン。元に戻した後にベスト付近までタイムアップできたのでホッとしました。夜間走行ではコースの照明が明るかったこともありすぐに順応できました」

「コースの後半セクションではエンジンをふかし続ける行事の煙が流れてきて、走りながら新鮮な空気が吸えないという初めての経験もしました」

レインのル・マンを走る渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)
レインのル・マンを走る渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)

 今回のレースウイークで一番の困難で最も学びとなった出来事が『言語の壁』です。どうにかここまで乗り越えてきましたが、ついにこの問題に直面してしまいました。

 レースに向けてチーム全体が段々と真剣になってくると同時にフランス語での会話も増えてきたので全然理解が追いつかなくなってきたのです。

 イタリア人のRoby(ロベルト・ロルフォ選手)は、母国語のイタリア語のほか英語、フランス語、スペイン語など、とにかく言語が堪能でありフランス語での会話も余裕でこなすため、今シーズンは渥美本人のためだけにみんなが第二言語の英語で話さなければならないという状況になっていました。

 もちろんチームの大半のメンバーの母国語がフランス語なので、自然とフランス語が増えてしまうことは当然のことです。

渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間
渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間

 ディスカッション後にはもちろん英語で簡単に誰かが翻訳してくれるのですが、自分だけが会話の流れについて行けず孤独感を感じ、またどういった過程でセッティングの変更が行われたのかなど細かな情報が得られない中でバイクに乗ることに怖さすらも感じ、本人にとってはかなり精神的にも厳しいものでした。

 すぐに「英語で話して!」と伝えられたら一番よかったのですが、自分だけがわかっていないのにみんなに合わせてもらうとなれば自分のせいで迷惑になっている気がしてなかなか言い出しにくかったのだと思います。

OG Motorsport BY Sarazinのミーティング/2022EWC第1戦ル・マン24時間
OG Motorsport BY Sarazinのミーティング/2022EWC第1戦ル・マン24時間

 しかし、そんなにすぐにフランス語が堪能になるわけもあるまいしと割り切っている私、広報はすぐに英語が堪能な方に相談しにいきました。

 すると、すぐにその方がライダーやメカニックに伝えてくれて快く対応してくれました。その他のホスピのマダムやチームのみんなが悩みをすぐに理解し「ココロ!気にすることはない!」、「僕が言葉の分からない国で走ったら同じ様に感じると思う」と一斉に励ましてくれていました!

「自分自身、思っていることはすぐに伝えなければいけないんだなと感じ、改めようと思いました。またこの出来事から、チームのより良いチームワークを目指していこうという強い思いを感じ、すぐに安心しました」(渥美心)

渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間
渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間

■予選1回目、2回目

「予選1回目は30分前に着替えに行くとチームの人ほぼ全員に優しい言葉をかけられ、変に緊張していた心が緩みました。すぐに改善できるわけではない言語の壁で沈んだ心をすぐに予選モードに切り替えるのはとても難しかったですが、速いライダーを追いかけながらなんとかベストタイムを少しだけ更新しました」

「様々な苦しみや不安から解放されたような気持ちがしました。翌日の予選2回目は、1回目のフィーリングを踏まえてリヤタイヤにハードを選択しました。すぐ前を走っているライダーが転倒しているのが2回見えて精神的にブレーキをかけそうになりましたが赤旗に救われました」

「セッション中断中に心を切り替えてタイムアタックに挑みました。攻めながらも走りのリズムを変えたりハンドル周りのボタンを押してセッティング変更する余裕がありました。そして攻め続けた結果1分38秒941の自己ベストを記録できたのでかなり自信になりました」

2022EWC第1戦ル・マン24時間:ピットウォーク
2022EWC第1戦ル・マン24時間:ピットウォーク

 金曜日の夕方18:00から2時間の長いピットウォークが行われました!

 2019年の鈴鹿8耐以来となる久しぶりのピットウォークで、日本より一足先にですがこうして日常を取り戻せたことが本当に嬉しく思いました。

 このピットウォークでは、少しでもこの地で名前を覚えてもらいたいという気持ちで正装で挑みました!

 そして、選手カードと僕の名前が漢字で書かれたステッカーを300枚ほど配りました! 漢字のステッカーは大人気でたくさんの方が受け取りに来てくださいました。

2022EWC第1戦ル・マン24時間:ピットウォーク
2022EWC第1戦ル・マン24時間:ピットウォーク

■ついに永遠の憧れ、ル・マン24時間耐久レース

 いろいろな問題を乗り越えて、気持ちのいい天気に恵まれ清々しい気持ちでレース本番を迎えることができました!

 スタートを務めるのは、Robyです。経験豊富なベテランライダーですが、彼もスタートライダーをすることはとても緊張すると言っていました。

2022EWC第1戦ル・マン24時間
2022EWC第1戦ル・マン24時間

 それもそのはずで、3年ぶりの有観客だったこともあり、ものすごい大歓声の盛り上がりやあちこちで煙たい匂いがしたりとスタートライダーは集中力を保ちづらい環境でした。そんな中で一周目に大クラッシュが発生。セーフティカーが出され、レースはいきなり中立状態になりました。

 その後はライダー3人ともSSTクラスでもなかなかいいポジションを保ちながら、淡々と走行を続けました。その後3スティント目(22:18~23:14)までは冷静な走りを続けることができていましたが、4スティント目(01:10~02:06)ではなかなか夜間走行にアジャストすることが難しく、夜間はAlex(アレックス・プランカッサーニュ選手)のペースが非常によかったので次の走行は順番を入れ替え、1時間多く休息を取れることなりました。

 長めの休憩で心と身体をリフレッシュさせ明け方の走行では再び1分40秒台で周回することができました。その後、Robyの走行時にクラッチに問題が出たためクラッチを交換。総合18番手まで順位を落としました……

渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間
渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間

 6スティント目(08:41~09:35)、朝になり視界も良好。予選の時と同じ様なコンディションで非常に走りやすかったので夜間の遅れを取り戻すため攻めました。1分40秒台前半で周回し上手くいったと思えた周に決勝中のチームベストとなる1分39秒653を更新!! このスティントで自分の自信を取り戻すことができました。

 その後、Roby、Alexと交代していき周回を重ねていきましたが、10:48(レース開始から19時間48分)突然エンジンが壊れてしまいレッカー車でピットへ。事前に抱えていたクラッチとは別の場所の故障で、修復不可能だと判断したためリタイアすることとなりました。トラブルによる転倒やコース汚染はなく、誰も怪我しなかったことが不幸中の幸いでした。

 しかし、「お願いだから直って」と心の中で願っていましたが、チームがリタイアと決めた時はオーナーが静かにメンバーとハグをし始めたので、その時に「これで終わってしまったのか」と悟りました。ただ、これは誰が悪いわけでもなく24時間走るということはもちろんトラブルがつきもので、これが24時間耐久レースだよと伝えられました。

渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間
渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間

■次戦のスパ24時間に向けて:反省点、学び、意気込み

「初のル・マン24時間への挑戦はエンジントラブルによりリタイアとなりました。結果のみを見れば残念でしかありませんが、伝統あるレースを走れたことでさらに強い耐久ライダーになるための課題を多く発見できました」

「特に課題だと感じたのは夜間のオーバーテイクです。視界が暗く精神的なブレーキが掛かりやすいですが、思い切っていかないと抜けませんし躊躇しているとどんどん思い切っていけなくなります。次にル・マンに戻ってくる時にはそこを克服しておきたいので、今後も試行錯誤していきます」

「次戦は6月第1週のスパ・フランコルシャン24時間(ベルギー)です。2001年以来の国際的なバイクレースの開催ということで、ほぼ全チームがデータ無しの状態から始めるイコールコンディションでの戦いです。5月中旬に事前テストがあるのでチームと協力して超高速サーキットを攻略し、クラス優勝できるような武器を多く手に入れたいと思っています。今後とも応援よろしくお願いします!」

OG Motorsport BY Sarazin/2022EWC第1戦ル・マン24時間
OG Motorsport BY Sarazin/2022EWC第1戦ル・マン24時間

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 第1戦ル・マン24時間耐久コラムはいかがだったでしょうか。

 レースが始まる前は日本からの新参者『渥美心』という名前は他のチームにも観客にもあまり認知してもらえていませんでしたが、ウイーク中は何度かインタビューを受けたり、国際放送にも映る機会がいただけたおかげか、レース終了後はパドックを歩いていると声をかけてもらえたりすることがありました!

 次戦以降、しっかりと結果を残し日本人ライダーとして活躍できるように精進していきます。

渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間
渥美心(OG Motorsport BY Sarazin)/2022EWC第1戦ル・マン24時間