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 スーパーGT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2022年シーズンの第2回は、aprが製作した『apr GR86 GT』が登場。4月16〜17日に岡山国際サーキットで開催されたスーパーGT第1戦で実戦デビューを果たした新車について、aprの金曽裕人代表にその素性を聞いた。

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 1月に千葉県の幕張メッセで開催された東京オートサロン2022でお披露目された『GR86 GT』。設計・製作を担ったaprのみならず、muta Racing INGING、SHADE RACINGでも使用されることとなり、2022年シーズンのスーパーGT GT300クラスには3台がエントリーすることとなった。

 TRD製5.4リッターV8自然吸気の2UR-Gエンジンに、ヒューランド製6速トランスアスクルを搭載するなど、同じくGT300規定のトヨタプリウスPHV、トヨタGRスープラと共通するドライブトレーンを持つGR86 GTだが、先述のお披露目の際にaprの金曽裕人代表は「今回コンセプトは、素材の良さをしっかり活かそうということ」と語っていた。金曽代表の語ったGR86の素材の良さとはどういった点を指すのだろうか。

「市販車のGR86の全体のバランスを見ると、具体的にはボンネットの長さ、キャビンの大きさ、リアハッチの形状、フェンダーの形状、あとフロントガラスの傾き・大きさなどが非常によく、カウル自体にもドラッグも持っていませんでした。デザイン部も空力パフォーマンスを邪魔しないかたちで加えられていると感じましたね。非常に考えられたクルマだと思います」と金曽代表。

 レーシングカーを作る上での素体・素材の良さもあり、GR86 GTの開発に当たっては、オリジナルデザインからフロントマスクの形状を変えるといった大掛かりな再設計も必要なかったという。

「ディティールからGR86だということが見てわかるように、すべてが残っています。市販車にオーバーフェンダーを付けても(風洞実験では)同じような数字が出るくらい。それくらい、“ハッピーなクルマ”ですね」

 もちろん、設計にあたり、フロントマスクをより平らな形状にする、戦闘機のノーズのように鋭利な角度を付けるといったことも試したというが、「そこまでしても得られるダウンフォース量は大きく変わりませんでした」と金曽代表。

「GR86のアイデンティティを残したままでも満足するダウンフォースレベルでした。ここからさらに、ごく微量のダウンフォースを増やすためにGR86らしいディテールを崩すくらいだったら、市販車のいいところは全部残そう、というのが今回のテーマでしたね」

apr GR86 GTのフロントカナード。デビューレースとなった岡山では2枚装着
apr GR86 GTのフロントカナード。デビューレースとなった岡山では2枚装着
2022スーパーGT第1戦岡山 apr GR86 GT(永井宏明/織戸学)
2022スーパーGT第1戦岡山 apr GR86 GT(永井宏明/織戸学)
2021年10月28日より発売開始となる新型GR86
2021年10月28日より発売開始となった新型GR86

■“レース業界として”プロのメカニックを育てたい

 2020年のGRスープラに続いて、2年ぶりのGT300規定車両として登場したGR86 GTだが、そもそもGR86でGT300規定の車両を作ろうと考えたきっかけを尋ねると、「トヨタからいいクルマが出たら、すぐ作りたくなりますよね(笑)」と答えた金曽代表だが、決してそれだけが理由だけではないとも口にする。

「やはり今のように、海外製のFIA-GT3車両が大多数の状況ですと、国内での(部品や材料などの)調達率も減り、国内産業のためにはならないと思いました。決してGT3が駄目だというわけではありませんが、日本に根強くあるレース文化、レース産業を活性化させたい、というのが理由です」

「つまり、日本にも若いレースメカニックの子がたくさんいるなかで、もっとクルマのメカニズムや、自分の手で何かを生み出すという経験を通じて、彼らを“レース業界として”プロのメカニックを育てたいという意図です。だから、一番の目的は人を育てることになりますね。人を育てるということは、産業を育てることにも繋がりますから」

 レース業界の活性化、そして人を育てることを目的とするGR86 GTの開発は2021年の4月頃より開始された。その開発に当たっても“人を育てる”という目的に沿ったaprならではのスタイルが取られていた。

「aprがGR86を作っていると噂が流れてから、たくさんのお話をいただきましたが、2022年シーズンに向けてaprが製造できるキャパシティは3台が限界でした。そのなかで早めに手を挙げてくれた人たち。かつ、僕らがやってることに賛同してくれる人たち、そしてお互いに包み隠さず一緒にできる人たち、と一緒にやっていこうと思いました」と、muta Racing INGING、SHADE RACINGでもGR86 GTが使用されることになった経緯を説明した金曽代表。

 設計、そして部材集めはaprが行うも、それ以降の各車の組み立てや細かな作り込みはaprだけではなく、カローラ三重、muta Racing INGING、SHADE RACINGからもチーフクラスのメカニックを筆頭にそれぞれ3人ほどが加わった。開発期間中はaprの工場のある厚木で長期間寝泊まりし、多い時には3チーム9人のメカが並んでそれぞれの車両を作り上げる姿も見れたという。

「GR86 GTを走らせる仲間として、aprが持ってるノウハウを各チームにも以心伝心していきたい。だから各チームからaprの工場に2〜3カ月ほど入り込んでもらって、一緒にGR86を作りました。だからmuta Racing INGINGやSHADE RACINGのメカニックも、GR86 GTをaprから“買ってきたクルマ”という感覚は一切ないと思います」

「これはaprの独特のやり方です。完成車を販売するのではなく、また模型キットのようにパッケージ化されたものでもなく、GR86 GTはいわばバラバラの部品から始まります。ただ、組み立て方とノウハウはあります。もっと言えば、最初の段階で全部の部品が揃っているわけではないので、工場で作る必要があるものは各チームと一緒に作っています。だから一番すごいときには3チームの計9人ほどのメカニックが、それぞれ組んず解れつの状態で、aprの工場で作業していました」

TRD製5.4リッター『2UR-G』エンジンはプリウスPHV、GRスープラと共通
TRD製5.4リッター『2UR-G』エンジンはプリウスPHV、GRスープラと共通
リヤにヒューランド製6速トランスアスクルと、こちらもプリウスPHV、GRスープラと共通の仕様だ
リヤにヒューランド製6速トランスアスクルと、こちらもプリウスPHV、GRスープラと共通の仕様だ

■FIA規定のロールケージと2650mmというホイールベース

 apr独自のスタイルで3チームがひとつの工場で、ともに製作・仕上げを行ったGR86 GT。これまでaprが設計・開発に携わったGT300規定のFR車両としてはプリウスPHV、GRスープラに続く3代目となる。先述の通り先代車両とはドライブトレーンが共通というなか、車両特性として大きな違いのひとつがホイールベースの長さだろう。プリウスが2750mm、GRスープラが2590mmのなか、GR86は2650mmと先代車両の中間の長さとなっている。

「GRスープラがもっともよく曲がるクルマですが、その分ピーキーです。いろいろなものを計算して、黄金比などを見ても、やはりGR86の2650mmあたりの数字がいいですね。(GRスープラの)2590mmまでいくと、どちらかといえば人を選ぶプロ仕様。(GR86の)2650mmも上級モデルですが、そこまで扱いが難しくない。(プリウスPHVの)2750mmまで行くと、スピンもしないけどそこまでかっ飛んだ速さはないという感じでしょうか。GR86は一番扱いやすく、かつ一番無理が効くところだと思います。一発でスピンみたいなピーキーさはありません」と、その扱いやすさもGR86の素材の良さのひとつだと金曽代表は語った。

2022スーパーGT第1戦岡山 apr GR86 GT(永井宏明/織戸学)
ホイールベースは2650mmと先代車両の中間。FR三兄弟のうち「GR86は一番扱いやすく、かつ一番無理が効く」という

 発表会の際にはSDGsの一環として、パーチカルフィンやリヤウイングの翼端板などで天然繊維素材(麻)が使われている点も注目の的となった。カーボン(CFRP)との重量や強度の違いについて尋ねると「変わらないですね」と金曽代表。

「重量は変わらないし、強度もほぼ変わらない。でもまだ少し値段が高いですね。これも実験を兼ねてです。やはり、なにか社会のためになることを試さないとね、という感じです。でも、そのうちこれらの素材を使用する必然性が出てくるのではないかとも思います。FIA-GT4などでも天然繊維素材採用に関する規定が定められたりもしていますので」

天然繊維素材(麻)が使われたパーチカルフィン。ラッピングによりその外観からは違いはわからない
天然繊維素材(麻)が使われたパーチカルフィン。ラッピングによりその外観からは違いはわからない
リヤウイングの翼端板は天然繊維素材(麻)の地をそのままに
リヤウイングの翼端板は天然繊維素材(麻)の地をそのままに

 そして、GR86 GTがこれまでのGT300規定車両と大きく異なる点が、ロールケージがFIA(国際自動車連盟)の基準に対応していることだろう。2021年シーズンより、GT300規定はJAF-GTからGTA-GT300という枠組みへと変更となった。それに伴い、2021年以降のGT300規定車両は、FIA規定のロールケージとすることが定められ、GR86 GTがその新たな規則に則ったGT300規定車両第1号として誕生することになった。なお、FIA規定のロールケージを、JAF規定のパイプフレームとの合わせ込んだハイブリッド仕様で骨組みを形成している。

「FIA基準のロールケージ製作は本当に苦労しました。やはりFIAが定めた安全性、かつ理にかなったかたちにしているのは確かです。ですが、パイプは冷間曲げでなくてはならず。また、必要以上に重かったり、解析も難しかったですね」

FIA新基準のロールケージにより、“上半身”が10kg程度重くなるも、車重は先代車両同等レベルに抑えた
FIA新基準のロールケージにより、“上半身”が10kg程度重くなるも、車重は先代車両同等レベルに抑えた
apr GR86 GTのコックピット。ドライバーズシートはやや中央寄りに鎮座する
apr GR86 GTのコックピット。ドライバーズシートはやや中央寄りに鎮座する

 ロールケージの重量増は、人間の体で言えば“上半身”が重くなるということ。クルマのポテンシャルに大きな影響が出る部分だ。プリウスPHVやGRスープラと比べるとロールケージ単体で10kgほど増加しており、その上半身の重さをカバーするために、aprはこれまでの100分の1の精度を大きく上回る、“1000分の1の精度”での開発、そして各部の軽量化にこだわりをみせることになる。

「削れるところは削って、最終的には(プリウスPHVやGRスープラと)同じような重量(1100kg以上)で作ることができました。なので、相当苦労はしましたが、1世代先には行けたかなとは思います。日本のモータースポーツ界初の試みでもありましたしね」

 なお、ドライビングシートの位置はGRスープラよりもコックピット中央に寄せている。これは重心を中央に持って行きたいという意図だけではなく、ロールケージとの兼ね合いでもあったという。

「FIA基準のロールケージが狭かったのです。FIA指定のRで曲げると、ヘルメットがサイドバーに当たってしまう。なので、どんどん真ん中に寄せていかないとドライバーが座れませんでした」と金曽代表。なお、シート位置の変更はドライブシャフトの通るセンタートンネルの断面形状にも影響を及ぼし、スペース確保のために台形から三角形へと変更された。

「ドライバーのヘルメットとロールケージの位置関係もレギュレーションで決まっていたので、そうなると中央に寄せざるを得なかったという感じですね」

2022スーパーGT第1戦岡山 apr GR86 GTとシェイドレーシング GR86 GTのバトル
2022スーパーGT第1戦岡山 apr GR86 GTとシェイドレーシング GR86 GTのバトル

 4月17日に開催された第1戦岡山でGR86 GTはデビューレースを迎えた。決勝では3台とも完走を果たすも、最上位は30号車apr GR86 GTの12位と、ポイント獲得とはならなかった。

 5月3〜4日に控える第2戦富士に向けて金曽代表は「GRスープラが大活躍で、リストリクターが小さくなったので、あまり嬉しくないコースというのが正直なところですね」と語ったが、実戦を経たGR86 GTはそれに携わる人と等しく成長を遂げて富士に現れることになるに違いない。新基準のGT300車両第1号とも言えるGR86 GTの今後の進化、そして戦いぶりに注目したい。

軽く、強い特殊なアルミから削り出されたアップライト。これまでaprのプリウスPHVの部品なども手がけた山下製作所のロゴが見える
軽く、強い特殊なアルミから削り出されたアップライト。これまでaprのプリウスPHVの部品なども手がけた山下製作所のロゴが見える
フロントリヤともにブレーキシステムはブレンボ製
フロントリヤともにブレーキシステムはブレンボ製
apr GR86 GTのリヤウイングはスワンネック
apr GR86 GTのリヤウイングはスワンネック
apr GR86 GTのリヤデフューザー
apr GR86 GTのリヤデフューザー