Sクラスとともに、メルセデス・ベンツは1972年にテクノロジーキャリアを発表した。W116は、今日のあらゆるメーカーやクラスの量産車に搭載されている10の重要な技術的マイルストーンをもたらしたのである。それくらい、W116初代Sクラスは画期的かつ革新的だったのだ。
その時、メルセデス・ベンツブランドの歴史に新たな1ページが刻まれた。1972年9月に販売店頭に並んだ新しいエグゼクティブサルーンは、初めて「Sクラス」と呼ばれたのである。モデルシリーズの略称が「W116」のこの車は、車体に豪華なクロームメッキを施しただけでなく、先進的な技術をパンフレットや広告などを通じて大成功を収めたのである。
メルセデス・ベンツが約束する「新しい次元」とは、全幅が5.5センチ、全長が6センチ拡大されたこととは、まったく異なることだった。では、その革新的な技術とはいったい何なのかを探ってみたい。
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初代「Sクラス」は、何よりも技術的なトリックが光っており、全体として世代交代を象徴していた。この「W116 Sクラス」には、10の大きな技術革新が含まれており、それらは極めて印象的なものだ。その多くは、何十年もの間、すべてのメルセデス・ベンツに欠かせない存在であり続け、中には競合他社に採用されたものもある。
ゴシックからバロックへ
デザインも新しくなった。前世代モデルの繊細さに代わって、権威的な誇示がなされ、「W108」の崇高なゴシックから、メルセデス・ベンツは装飾的な後期バロックへと直接的に跳躍したのだ。
しかし、横長のヘッドライトや車幅を強調した外観は、1971年に発表された「R107」シリーズの「SL」ですでに先取りされていたため、形式上の方向転換はせいぜい半驚き程度であった。
1966年からの「W116」の開発は、ガルウィング設計者のフリードリッヒ ガイガーが最後の総責任者であった。プロポーションのセンスと、「流行に左右されない距離感」のある時代精神を改めて示したのである。メルセデス・ベンツの代表モデルを、時代を超えたエレガンスで着飾ったのだった。
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はじめてのパソコンからのヘルプ
「W116」では、初めて開発にコンピューターが設計に協力したのだった。電子センサーがスタイリストの1:5モデルを縦、横、水平方向にスキャンし、その後、デジタルデータをパンチングで帯状にし、描画機に送り込む。
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技術的には、個々の施策の積み重ねが、飛躍的な進化をもたらした。しかしエンジンは、昔からの馴染みの8気筒か、新しい6気筒だった。
ベーシックな「280 S/SE」のV6と「350 SE」のV8。その性能は、ある業界誌によれば、「ロケットエンジンの中に分類されるようなものではない」という。そんな批判もあってか、シュトゥットガルトの新しいラグジュアリークラスでは、そのパワーユニットはその後まもなくラインナップから外された。また1975年には、286馬力のV8を搭載した「6.9」が登場する。
トリックにより0.4mの回転半径を実現
また、フロントサスペンションにあった。シトロエンのダック(2CV)と同様、ステアリングをいっぱいに切ると車輪が片側に傾くため、車格が大きくなっても回転半径は0.4m小さくなっていた。
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「W116」は、1968年に発表されたミッドレンジモデル「ストロークエイト」のリアアクスルを採用していた。スイングアクスル式の更新世からセミトレーリングアーム式の現代への移行をあまり目立たせたくないので、メルセデス・ベンツはこれを「ダイアゴナルスイングアクスル」と呼んでいたが、顧客たちはそんなことは気にも留めなかったに違いない。要は、ブレーキング時の後輪の座屈や、カーブでのリアの外側へのふらつきは過去の話となったのだ。
ラグジュアリークラスの再定義
インテリアは、プラスチックの使用量を増やしながらも、使いやすさを追求し、新しいレベルの快適性を実現した。暖房用ダクトと接続することで、ドアからも空気が流れ、乗員を心地よい暖かさで包み込んだ。
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50年前に「W116」が達成した偉業、それは1世代だけでなく、その後数十年にわたってラグジュアリークラスのベンチマークを再定義したことだった。クルマがより安全に、より快適に、より自信をもって運転できるようになったということは、掛け値なしに画期的なことだった。「Sクラス」という言葉が、自動車の高級モデルの代名詞となったのもうなずける。
初代メルセデスSクラスはこのような革新をもたらした
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「メルセデス・ベンツW116」は、メルセデス・ベンツが公式に「Sクラス」と称した最初のモデルシリーズである。「S」は「スペシャルクラス」の略称で、全長4.96メートル(ロングホイールベース仕様のSELは5.06メートル)の高級車にはこの呼び名がふさわしい。「Sクラス」には、メルセデス・ベンツが当時話題になった様々な技術的改良とイノベーションが搭載されており、そのいくつかは競合メーカーでさえ採用している。上掲写真は、昔のメルセデス・ベンツテストコースにあった、有名な90度バンクにて。
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1968年春に描かれたデザインスケッチには、高く設定されたリアエンドとウェッジシェイプを暗示する、控えめでスポーティなプロフィールが描かれている。
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それは、新しいセーフティステアリングホイールから始まる。発泡スチロールで覆われたリムと大きな衝撃板が特徴で、ごく初期の車ではホーンボタンが別になっていた。もちろんエアバックはまだ装備されていない。
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ブーメラン型のサブフレームを持つ傾斜型ステアデザインは、トラックとキャンバーの安定性を高め、カーブやブレーキング時の安全性を向上させた。
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1971年に発表された「SL」と同様、表面構造は空力的なダートブレーキの役割を果たし、雪道などでも汚れることない形状のものとなった。メルセデス・ベンツは20年ほど前から様々なモデルシリーズに採用していた。クロームの光と、ドイツを表す「D」マークがいかにも時代を感じさせる。
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70%の視野を確保するために、現在では全世界の車両の99%がこの形式のワイパーを採用している。平行には動かないかわりに、大きなワイプ性能を誇った。
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フロントドアはエアダクトで暖房・換気システムに接続されている。ドア内部から暖気が染み出ることで、空気の流通や暖房効果をさらに高めることができた。丈夫そうなヒンジとボルトにも驚く。上の黒いピンは室内照明などのスイッチ。
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ウィッシュボーンのリンケージポイントは、ホイールの接点と一直線上にあった。タイヤのエアボリュームの大きさにも驚く(うらやましい)。
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ボッシュと共同開発したアンチロックブレーキシステム(ABS)は、ブレーキング時の操舵性を維持するシステムだ。1978年に「W116」で、初めてオプション装備として用意され発売された。最初の追加料金: 2,217マルク(約15万円)。現在では、これがないクルマは考えられない。
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1978年、アメリカで強化された車両消費規制に対応するため、メルセデス・ベンツは「OM617」圧縮着火エンジンを搭載し、115馬力の「300SD」という初のディーゼルエンジン搭載の高級サルーンの製造を開始した。「W116」の「300SD」はアメリカのみで発売された(W126のディーゼルエンジン搭載モデルである300SDは、日本でも発売されていた)。
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トップモデルの「450 SEL 6.9」は、シトロエン風のシャーシを採用していた。メリット: レベル補正、サスペンションの移動量が一定となる。6.9のみこのシステムを採用し、ダッシュボード上の四角いプルスイッチで動作する。
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先代の「W108」にあった危険な杖型ハンドブレーキの代わりに、ストロークエイト式のフットペダルを採用。この足踏み式ブレーキもさきがけであったといえよう。足元を照らすライトにもご注意いただきたい。
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コンピューターが割り出したパッセンジャーセルの寸法安定性は、実際に確認する必要があった: ジンデルフィンゲン安全センターで「280 SE」を使った側面衝突テスト。この当時のメルセデス・ベンツの真摯な安全に対する態度が分かろう。
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電子ビームを使って、長尺版の1:5モデルを3次元断面でスキャンした。当初は、写真にあるように、「SLC」のようなルーバーブラインド付きのリアウインドウが予定されていた。大型の無機質なマシンと、妙に派手なシャツを着たメルセデス・ベンツのエンジニアとの対比がおかしい。
【ABJのコメント】
メルセデス・ベンツの「Sクラス」といえば・・・。個人的にはこの「W116」か「W126」が代表格であると思う。「W126」は確かに一世を風靡した車ではあるが、「W116」から比べると、かなりコストダウンしていたり、新しい素材と設計で重厚さをカバーしていたりした、そんなモデルであった。同じようなことは「W123」と「W124」にも言え、メルセデス・ベンツの場合、一世代前のほうが確実にコストがかかっていて、すべての厚みが厚かった、そんな時代だったのである。
そんな「W116」は確かに先進的であったし、メルセデス・ベンツの歴史を変えた一台であったと思う。また当時の車と比較しても、その完成度や性能は抜きんでたものを持っていたし、圧倒的にほかの車との違いを輝かせていた、そんな自動車だった。今や「メルセデス・ベンツSクラス」といえども、「BMW 7シリーズ」や「アウディA8」、さらにはレクサスやキャディと比較してもそこまでの圧倒的な違いは見いだせないし、逆転されてしまっている部分もたまに見られる。今やそれぞれの自動車の完成度は拮抗しているし、「メルセデス・ベンツSクラス」だけが王者、そんな時代ではなくなった。今、21世紀の路上で「W116」に乗ったらどう感じるだろうか。実はそれほど古さを感じないし、いくつかの部分(ブレーキやライトシステムなどは時代遅れかもしれないが)には古さを感じるかもしれないが、決して危険なほどの古さや快適性の欠如などはないはずである。登場から半世紀になっても、まだ路上で通用する性能を持っていること、そんなことを考えると当時の「W116」は本当に先進的だったのだなぁ、とつくづく思う。
この当時のメルセデス・ベンツからしたら、今のラインナップに並んでいる車種の多くは、オール電化のプレハブ建売住宅みたいなものばかり、に見えてしまうのである。(KO)
Text: Martin G. Puthz
加筆: 大林晃平
Photo: Mercedes Benz AG