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 ジャーナリストの伊藤詩織氏がTBSの元ワシントン支局長の山口敬之氏に提起した訴訟の控訴審判決について検証する第4弾をお送りする。これまであまり話題になっていない伊藤氏の友人の証言を扱う。明らかな虚偽の証言が伊藤氏の一部勝訴の重要な証拠となっており、判決の正当性を大きく損ねるものとなっている。

■提出された友人Sの陳述書

取材を受ける伊藤詩織氏(中央・背)

 本訴で伊藤氏の供述に信用性があり、一部勝訴とした原審の判断を維持した控訴審判決の判断枠組みは、以下の3点に集約される。

(1)伊藤氏と山口氏は、性的行為を行うような親密な間柄にはなかった

(2)伊藤氏が意識を取り戻したとする2015年4月4日午前5時以降、ほぼ一貫して性的被害を受けたことを具体的に供述している

(3)伊藤氏が虚偽の申告を行うべき動機は証拠上認められず、山口氏を恨んでいたなどの事情もうかがわれない

(東京高裁判決令和4年1月25日、以下、本件判決 p56 9行~18行から抜粋)

 このうち(2)については、判決文中の「ほぼ一貫」と「ほぼ」がついているのは、必ずしも一貫していないと認定されたことに他ならない。その1つが性交があった4月4日におけるイーク表参道でのカルテに記された記述(コンドームが破れた、午前2時ー3時に性交)。この点、東京高裁は伊藤氏の午前5時頃に性交があったとする陳述と相反するが、それは伊藤氏が混乱していたことによるもので、大枠において一貫しているという判断をしている。

 しかし、伊藤氏は混乱などしておらず、むしろ冷静に「コンドームが破れた」と虚偽を述べ、診察のために正確な性交した時間を申告したと思われることは既に触れた。その上で、この重要部分を本人尋問で明確に虚偽を述べており、本人の供述の信用性は低いと指摘した(参照・逆転したカルテと伊藤詩織氏供述の信用性)。

 今回、問題とする伊藤氏の友人の証言は、本件判決が「ほぼ一貫して性的被害を受けたことを具体的に供述している」とする根拠の1つとされている。

 「被控訴人(筆者註・伊藤氏)が控訴人(同・山口氏)による性被害について告白したS(同・判決文中は実名)の陳述書(甲14)及びK(同・判決文中は実名)の陳述書(甲11)には、被控訴人から、被控訴人が供述するところとほぼ同じ内容の話を聞いた旨の記載があり…」(本件判決 p54 26行~ p55 3行)

 このように友人の陳述書は、伊藤氏の供述の信用性を担保する材料とされている。なお、S、Kというイニシャルは伊藤氏の著書Black Boxでの表記に従い設定した。

■甲14号証に決定的な虚偽

写真はイメージ

 ここで問題になるのはSの陳述書である。その内容は既に他サイトにアップされており、今でも見ることができる(La Pensee Sauvage-lisanha’s site・友人S陳述書)。

 これは平成29年7月21日の日付で、宛先は東京第六検察審査会となっている。2017年5月に伊藤氏が山口氏の不起訴処分について、検察審査会に不服申立てをした際に提出されたものを民事訴訟においても提出したものと思われる。

 その供述内容は概ね、伊藤氏の供述に沿ったものであると言っていいが、中に1箇所、致命的な間違いが存在する。

「警察からのアドバイスもあって、妊娠検査に同行しました。検査結果を待つ間、事件後に山口氏から送られてきたメールを見せてもらいました。罪を認識していながら逃げるような文言ばかりで、本当に腹が立ちました。加えて、山口氏はメールで、精子の活動が低調な病気だから妊娠することはない、などと言ってきていました。本当に気色が悪く鳥肌がたちました。」(前出・友人S陳述書

 赤い太字の部分は後で非常に重要な意味を持ってくるので、よく覚えておいていただきたい。

 伊藤氏が妊娠検査に行ったのは2015年5月7日のこと。これは原審で以下のように事実認定されている。

「原告(筆者註・伊藤詩織氏)は、5月7日、新百合ヶ丘総合病院を受診し、医師から、妊娠の可能性はほぼないとの説明を受けた。」(東京地裁判決令和元年12月18日)

 そして、山口氏がメールで「妊娠することはない」と言ってきたことは、Black Boxの中で以下のようにメールのやり取りが記載されている。

伊藤:妊娠の可能性がないと以前断言していましたが、なぜですか?(2015年5月8日22時57分)

山口:私はそういう病気なんです。(2015年5月8日23時5分)

伊藤:何の病気ですか?私の健康に関わることなので詳しく教えてください。(2015年5月8日23時9分)

山口:精子の活動が著しく低調だという病気です。(2015年5月8日23時12分)

(以上、Black Box p120 1行~5行)

 もうお分かりであろう。5月7日に伊藤氏の妊娠の検査に付き合ったS氏は、その場で翌日5月8日深夜に受信したメールの内容を把握していたというのである。それも単なる日付の誤記とは思えない記述となっている。即ち、「加えて、山口氏はメールで、精子の活動が低調な病気だから妊娠することはない、などと言ってきていました。」と7日の段階で現在完了形の形で8日受信のメールの内容を語り、さらに見ることのできないはずのメールの内容を見て「本当に気色が悪く鳥肌がたちました。」と感想を述べているのである。

 まだ受信していないメールの内容を読んだ上で、その感想を語っているということは思い違いなどではなく、後から伊藤氏に都合がいいような陳述にするために自ら経験していない事実とその感想を盛り込んだものと評価するよりほかない。

■看護師が症状を「気色悪い」

伊藤詩織氏の著書「Black Box」

 友人S陳述書はもともと検察審査会宛に提出されたもの。山口氏を起訴し、刑事責任を負わせる目的で全くの虚偽の内容を書いて提出したことを思うと、大胆かつ悪質である。法廷で宣誓の上、証言した場合には偽証罪(刑法169条)に問われかねない。

 もう1点、Black BoxによればS氏は看護師でありながら、山口氏が告げた自らの疾病に関して「気色が悪く鳥肌がたちました」という感想を持つことも社会常識に照らせば信じ難い。医療関係者が患者の病状を「気色悪い」という感想を口にすることがあり得るのか、にわかには信じ難く、もし、本当にそのような感想を持つとしたら、通常の規範意識から外れた人物と言うしかない。

 このような事実を考慮すると、友人S陳述書=甲14号証は虚偽の事実が盛り込まれた、信用性の低い証拠と言える。この陳述書をもって「ほぼ一貫して、同意をしていないにもかかわらず、控訴人から性的被害を受けたことを具体的に供述している」(本件判決)とすることは、正常な判断とは言えないのは明らか。

 この友人S陳述書=甲14号証の虚偽証言については、ネット上でもかなり話題になっていた。実際にこれをアップしているサイトでも、「このメールは2015/5/8 23:12付け 友人Sが5/7に見ることはあり得ない。」と注意書きを付している(La Pensee Sauvage-lisanha’s site・友人S陳述書)。

■控訴審で一気に重要性増した陳述書

写真はイメージ

 全くの虚偽を含む陳述書が原審判決後にそれほど話題にならなかったのは、伊藤氏の一部勝訴において、それほど重視されなかったからと思われる。伊藤氏の供述の信用性に関する検討の中でも、性交をしている部分の記述に関する点を問題としており、メールの日付からあり得ない陳述である点は問題となっていない。

 もちろん、民事訴訟は裁判官が自由心証主義(民事訴訟法247条)で主張を真実と認めるかどうかを決するのであり、「判断の材料は『(口頭)弁論の全趣旨』と『証拠調べの結果』であること、判断の基準は『自由な心証』によるものである…」(基礎からわかる民事訴訟法 和田吉弘 商事法務 p293)とされるから、原審の裁判官も当然に参考にしたと思われる。

 原審判決を読む限り「仮に友人S陳述書=甲14号証の信用性がなくても、他の証拠から、伊藤氏の主張は真実と認められる」という考えに基づいて判決したことは、推測できる。

 ところが、控訴審の判断枠組みは上記(1)~(3)であり、その中の(2)の「ほぼ一貫して性的被害を受けたことを具体的に供述している」ことの1つを、友人S陳述書=甲14号証としている。「その翌日(筆者註・2015年4月7日)にはS(同・判決文中は実名)に対し、さらにその翌日(同8日)にはK(同・判決文中は実名)に対して、控訴人による性的被害を自白し」(本件判決 p59 12行~13行)と、ほぼ一貫して性的被害を受けたことを具体的に供述という根拠としているのである。

 伊藤氏の主張を真実と認定する根拠の1つとするのであれば、陳述書の信用性は検討されなければならない。この点で、控訴審が不意打ち防止の要請の点で問題はなかったのか、疑問は残る。

■払拭されない疑惑「結論ありき」

 イーク表参道のカルテ、そして友人S陳述書の虚偽内容と、伊藤詩織氏がほぼ一貫して具体的に供述しているとした証拠はいずれも脆弱なものと言って差し支えない。

 そのような脆弱な根拠をもって伊藤氏の一部勝訴を維持した事実は、「最初から結論ありき」で認定や判断をそこに合わせたのではないかという疑いを払拭しきれない。