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誤送金した4630万円の9割を「法的に確保」した阿武町。中山修身弁護士の活躍に注目が集まっているが、一連の経緯をどう見たら良いのか。検察OBでもある郷原信郎弁護士に聞いた。

郷原信郎弁護士(筆者撮影)

阿武町は、代理人弁護士が法的手段を駆使して誤送金の多くの確保に成功したことが話題になった。

国税徴収法を使って粛々と手続きを進め、回収の努力をされたことは評価したい。よくやったと思います。

一方、郷原弁護士は阿武町と警察の動きには問題があったと見ている。

突然勤務先に押しかけて銀行に行くように要請したり、氏名を公表したりしたことには、大きな疑問があります。警察は「電子計算機使用詐欺罪」で逮捕しましたが、逮捕する根拠としてかなり無理がある。仮に起訴して裁判をしても、無罪となる可能性が極めて高い。世論の後押しがあったとはいえ、犯罪は成立しておらず、逮捕する必要はまったくなかったと考えます。

阿武町の代理人である中山弁護士も警察が逮捕したことと資金回収の目処が立ったことは、「関係ない」と明言している。

氏名公表や逮捕といった意味のないことをせず、資金の回収に全力を注ぐべきだったのではないでしょうか。田口容疑者への過剰なバッシングは人権侵害といっても過言ではありません。

田口容疑者が「ハマった」ネットカジノ(※画像はイメージです。Bet_Noire /iStock)

刑法的にはかなり微妙な問題か

この問題を考える上では、「間違えて振り込まれたお金は、誰のものになるのか?」という大前提を考える必要があるという。

平成8年(1996年)の最高裁の民事判決では、誤振込による預金債権の成立を認めました。言い換えれば、間違って振り込まれたお金は、振り込まれた人のものになるということです。

間違って振り込まれたお金は不当利得であり、振り込んだ人から請求を受ければ返還する債務を負います。ただし、預金債権を有している以上、払い戻すこと、振り替えることは、法的に可能です。例えば、預金を払い戻して、現金で返す、というのであれば、何の問題もないはずです。

ただし、平成15年の最高裁の刑事判決では、誤振込と知りながら窓口で預金を引き出した場合は、1項詐欺罪(財物を騙し取る詐欺、「2項詐欺」は不正の利益を得る詐欺)が成立するとしています。

窓口で対応する銀行側が誤振込の事実を知らされた場合、「組み戻し」を行い問題を解決しようとするはずなので、誤振込を知らせずに預金を引き出した場合、銀行側を騙してお金を取ったことになる、という理屈で、詐欺罪の成立を何とか認めたものです。

しかし今回は銀行側は、阿武町との間で話をしていて誤振込のことを知っていたわけですから、そもそも「騙される」ということがあり得ません。

かなり強引な逮捕だったのかもしれない。

今回は窓口での払戻しではなく、決済代行業者の口座に振り替えて預金を移動させたものです。そこで、電子計算機使用詐欺罪で逮捕したということですが、この罪は本来、権利がないのに権利があるような情報を入力するなど、取引データの不正な書き換えやプログラムの改竄、ハッキングなどで成立する犯罪です。

「人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与える」ことが要件として必要であり、今回のケースに適用するのは、明らかに無理があります。刑事実務家でも刑法学者でも、私が聞いた限り、みな同意見です。田口容疑者の逮捕・勾留について、検察がどういう法解釈をしたのか、さっぱりわかりません。

田口容疑者は、法的に非常に複雑な案件を突然背負わされてしまったとも言える。自分の口座に間違えて大金が振り込まれたら、「自分のものにしたい」と悪い考えがよぎるのは、それほどおかしなことではないようにも思う。

お金のない24歳の若者が突然4000万円もの大金を手にしたら、正常な判断ができなくなるのも無理はないと思います。

刑事事件として立件できるのか、今後の推移を見守りたい。