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 ドバイワールドカップデーが3月26日、UAEドバイで開催され日本調教馬が5勝(1着同着含む)した。2月にはサウジアラビアで4勝しており、中東で9勝。日本の競走馬は世界の大レースもそのローテーションに組み込まれる時代になってきた。日本馬の強さの原因と、これからの日本競馬の向かう方向を考えた。

■他国から恨まれないか?

サウジアラビアとUAEドバイでの日本馬の勝利

 UAEドバイのメイダン競馬場で開催されたドバイワールドカップデーに、日本調教馬は8クラに22頭が出走した。2RのG2ゴドルフィンマイル(ダート1600m)でバスラットレオンが逃げ切ったのを皮切りに、3RのG2ドバイゴールドC(芝3200m)をステイフーリッシュが優勝。その後も勝ち星を重ね、準メーンのG1ドバイシーマクラシック(芝2410m)ではシャフリヤールが好位から抜け出し、後続の追撃を抑えて昨年のG1東京優駿以来の勝ち星を記録した。

 8レースで5勝。他国から恨まれるのではないかと思われるほどの強さ。2月26日のサウジアラビアのリヤドのキングアブドゥルアジーズ競馬場で行われたサウジカップデーではメーンのG1サウジCにマルシュロレーヌとテーオーケインズの2頭が出走。アンダーカード5クラに10頭の合計12頭が挑んで4勝をマークした。2、3月の中東シリーズで14レースに延べ34頭が出走して9勝という、オイルマネーを大きな柄杓で掬い取ったような荒稼ぎである。

 勝ち馬の一覧を表にまとめたが、9頭が稼いだ1着賞金は1197万米ドル(約14億3600万円=1ドルを120円で計算)になる。同時期に開催されるG1フェブラリーSの1着賞金が1億4000万円なので10クラ分、G1高松宮記念の1着賞金1億7000万円であれば8・5クラ分に相当する。

 日本調教馬の強さはまぐれでも何でもなく、昨年12月の香港国際シリーズでも4クラで2勝をマーク、11月の米ブリーダーズCシリーズでも2頭が優勝している。

■シンボリルドルフの時代から隔世の感

JRA東京競馬場

 1980年代から90年代にかけて競馬の取材をした者にとっては隔世の感がある。1985年のダービー馬シリウスシンボリは欧州で14戦したが、勝ち星はなく仏G3フォワ賞(現G2)2着が最高。1986年のG1凱旋門賞では英国のダンシングブレーヴにひとまくりされて15頭立ての14着と惨敗を喫している。

 天皇賞馬ギャロップダイナは1986年にフランスのマイルG1・2クラに参戦して12着、10着と敗れ、無敗の三冠馬シンボリルドルフは欧州より格が落ちる米国の芝のレースに遠征し、G1サンルイレイS(現G3サンルイレイH)で故障もあり6着と敗れた。

 トップ中のトップが遠征して惨敗するのが当時の海外遠征であったが、40年近くの時を経て準トップの馬が日本より高い賞金を求めて遠征し、多額の賞金を持って帰る時代になった。特にサウジアラビアは金満状態で、G3の紅海ターフHネオムターフCでさえ1着賞金1億8000万円と、日本のフェブラリーSなどのG1よりも賞金が高い。

 クラブ馬主所有の馬であれば、会員に儲けさせるには格好の標的。ステイフーリッシュは社台レースホースの所有馬で、日本ではG1に行くと足りないが中東での2戦で2億5000万円を稼いだのだから、感極まって「Allah Akbar!」と叫んだ出資者がいたかもしれない。

■日本馬が強くなった理由

 こうした日本馬の海外の活躍の原因は、第一に馬資源の向上が挙げられる。種牡馬サンデーサイレンスの輸入が日本の競馬を変えたのはよく言われるが、社台グループなどが海外から良質の繁殖牝馬を積極的に導入したのも見逃せない。

 大きな話をすれば、1985年のプラザ合意で円高ドル安が進み、合意以前は1ドルが230円前後を推移していたものが一気に120円程度まで上昇したことで、こうした牡牝双方の良質のサラブレッドの導入が可能になった。

 また、JRAの管理競馬で売上が上昇、それに伴ってレース賞金がアップされ、高額のサラブレッド(競走馬、繁殖馬も含め)を取引できるマーケットの土台が醸成された面も指摘できる。

 海外遠征が盛んになり、厩舎関係者のノウハウが蓄積されたことや、外国人騎手に門戸を開いて騎手のレベルがアップしたこと、海外のビッグレースの馬券発売を実施するための法整備を行い、JRAに日本馬による海外遠征がもたらす果実を享受できるシステムにしたことも見逃せない。そうした様々な要因があって、今日の日本のサラブレッドの強さがある。

 あくまでも個人的な感覚であるが、シンボリルドルフも今の時代にあれば、G1を1つ勝てるかどうかというレベルと思う。シンザンになると、もうオープンに入れるかどうかというところではないか。昭和の競馬と令和の競馬はそれぐらいの差があるように感じる。

■資産を最大化する手段としての競馬

ドバイワールドCの舞台・メイダン競馬場(メイダンレーシングのTwitterから)

 今、競馬関係者で心配されているのが、日本競馬の空洞化である。3月23日発売の週刊競馬ブックでも、識者の声として中東の競馬に大量の出走馬が出ることで2月下旬に開催されるG1フェブラリーSが手薄になり、しかもドバイワールドCの前哨戦的な位置付けになってしまうと危惧する声が掲載されていた。

 JRAもその点には警戒心を持っており、2022年からはG1の賞金アップを図った。フェブラリーSは1億2000万円から1億4000万円に、高松宮記念は1億3000万円から1億7000万円に、ジャパンCと有馬記念はともに1億円アップの4億円に増額された。それはそれで一定の効果は見込めそうではあるが、G1サウジカップは1000万ドル(約12億円)、G1ドバイワールドCは696万ドル(約8億3500万円)である。

 競走馬の所有者にとって、競馬は自らの資産(競走馬)を最大化させるための手段。それは単純に賞金を稼ぐよりも、繁殖としての価値を高めるという点に力点が置かれる。日本の大レースよりも海外の大レースを勝った方が繁殖馬としての価値が高まると考えれば、海外を選ぶであろう。牡馬なら種牡馬の際の価値、牝馬なら産駒の価格ということを考えれば、出走レースを国内にとどめる理由はない。

 日本競馬の空洞化は、マーケットを海外に広げることの裏返しでもある。日本の競走馬の強さを目の当たりにした海外の関係者の中には、日本のサラブレッドを輸入して、強化を図ろうとする者も出てくる。アグネスタキオンやディープインパクトに対して、UAEドバイのシェイク・モハメド殿下が興味を示していたことは良く知られている。

 実際、日本の種牡馬の産駒が欧州の大レースを制している。たとえば昨年のスノーフォール(父ディープインパクト)は英オークスなどG1を3勝した。

■空洞化ではなく「棲み分け」

 日本の競馬の空洞化を心配するよりも、日本の競馬は日本の馬場に合った馬が出るもので、日本の競馬はいまひとつ合わない、海外でより力を発揮できる馬は海外へというのが基本的な棲み分けと考えるべき時代と思う。

 たとえばグローリーヴェイズ、ステイフーリッシュのような馬は、海外でその素質が花開いたと思えばいい。それらの馬が日本競馬産業全体の広告塔になり、日本の競走馬生産界を外に広げることに繋がる。

 世界のサラブレッド生産は質・量の双方で考えれば米英愛がビッグ3と言っていいが、そこに日本が加わってビッグ4になれるだけの素地は出来上がったように思う。

 日本の産業が総じてシュリンクしていく時代、成長を感じさせる分野としての競馬の可能性を感じさせてくれる日本馬の活躍であったと言えるのではないか。