2022年5月11日、トヨタは2022年3月期の決算を発表した。売上高、営業利益、当期利益ともに大幅増益で、6年ぶりに過去最高の営業利益を更新している。
しかし、2022年度(2023年3月期)の決算見通しは20%の減益を見込んでおり、先ゆきの厳しさを予想させる。これはウクライナ問題、半導体不足、世界的なインフレ、そして急速に進む電動化など不安要素が数多くあり、慎重にならざるを得ない。
そして岸田政権は「成長と分配の好循環」を掲げ、人件費アップに舵を切っている。こうなってくるとクルマの値上げも必然に思えてくる。トヨタはいろいろな手段でコストアップを抑えてきたがそれもついに限界なのか、「トヨタがコンパクトカーを値上げする日」を考察する。
文/山田清志、写真/トヨタ、自工会
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■TNGA採用で開発期間短縮などコストを改善してきていたが……
トヨタ自動車の経営が曲がり角に来ている。これまで「原価改善」と呼ぶカイゼン活動で車両価格をできるだけ抑えながら利益を増やしてきたが、原材料費の高騰によってその収益モデルを見直す必要が出てきた。
トヨタの2021年度連結業績は、売上高が前年度比15.3%増の31兆3795億円、営業利益が同36.3%増の2兆9956億円、当期利益が同26.9%増の2兆8501億円と、6年ぶりに過去最高の営業利益を更新した。その大きな要因が為替変動の影響と原価改善で、各々6100億円、2800億円の増益となった。
「損益分岐台数がリーマンショック時を100とすると、60~70まで下がり、この13年間で体質改善は大きく進んだ」と最高財務責任者(CFO)の今健太副社長。例えば、車体設計や部品を共通化する開発手法「トヨタ・グローバル・アーキテクチャー(TNGA)」によって、開発期間の短縮などコストの面で大きな改善効果が生まれた。
また、部品会社との原価改善効果も大きかった。トヨタでは、昔から担当者が仕入れ先の現場に入って原価改善の提案を行い、その成果を部品の値下げという形で反映してきた歴史がある。部品会社は、値下げ要求の厳しさがあったものの、発注量が多いので我慢をしてきたのだ。
■コロナ禍と半導体不足で部品の需給関係が一変
ところが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、サプライチェーンが混乱するなど様相が一変。部品メーカーのなかからは「原価低減の要求や原材料、輸送費の高騰だけでも苦しいのに、最近のトヨタは急に稼働を停止するため、余計な人件費や在庫の負担も強いられる」といった文句も出ている。
そのうえ、値上げの要求を飲まないなら、その分供給量を減らすという部品メーカーも現われた。日本製鉄がそうだが、トヨタはそれに対してしぶしぶ鋼材の大幅な値上げを飲んだ。さらに日本製鉄の橋本英二社長は「出荷前には価格が決まらないと経営の見通しが立たない。交渉期間の短縮化と出荷前の交渉妥結について理解を求めたい」と話しているという。
それは化学メーカーも同じで、「供給不足が続き、自動車向けで値上げが受け入れられないなら、ほかの産業に製品を回したい」という声も上がっている。また、需給の逼迫状況が続く半導体では、安い自動車向けを作るより単価の高いエンタテイメント向けのものを作ったほうがいいというスタンスだ。
■2022年度は営業利益が19.9%減、当期利益が20.7%減と厳しい見通し
そのため、トヨタではグループで連携し、半導体を中心に在庫を厚めに持つようにしているという。トヨタは必要なときに必要な分だけ納入してもらう「ジャストインタイム」方式を導入して効率性を追求してきたが、それを変更せざるを得なくなった。在庫が何日で消化できたかを示す指標の「在庫回転日数」は、47日と2016年3月期比で約7割も延びた。
その結果、2022年度の原材料高騰の影響が1兆4500億円の減益要因となり、今副社長も「過去に例がないレベルだ。2021年度の6400億円も過去で一番大きかったが、それを超える非常に大きな影響だ」と頭を抱えていた。
1兆4500億円のうち、半分が海外の事業体の影響で、残りが日本の事業体になるそうで、「仕入れ先と一体となってどう対応していくかを考えないといけない。使用量を少なくしたり、安価な材料に変えたりする取り組みを進める」と今副社長は話す。
また、山本正裕経理本部本部長は「収益体質を上げるために長期間やってきたことは続けていきたい。資材価格が上がった時にどういう資材を使ったらいいのか。新しい着眼点も出てくる。いろいろなところでチャンスが出てくると思う」と述べた。
2022年度の業績見通しは、売上高が33兆円と前年度に比べて5.2%増加するものの、営業利益は19.9%減の2兆4000億円、当期利益が20.7%減の2兆2600億円と増収減益となっている。生産台数については、新型コロナウイルスの影響や半導体の調達状況を織り込み、1月に示した1100万台から970万台に見直した。
「いつも以上に2022年度は難しい。グローバル全体でコロナ禍からの回復はプラス要因になるが、資材高を含めたインフレや、それが生活に及ぼす影響などのマイナス要因がある。ウクライナ問題もいろいろな不安がある。さらに半導体の供給制約もあって、プラスマイナスありながら2022年度が進行していく」と長田准チーフ・コミュニケーション・オフィサー(CCO)は述べ、日本はプラスマイナスの要因がイーブンだが、欧州では2021年度実績を下回ると予想した。
■海外ではすでに値上げも……日本市場も時間の問題か
いずれにしても先ゆきが不透明で、ウクライナ問題やサプライチェーンの混乱がさらに悪化して、予想以上に原材料価格が高騰する可能性もある。その負担を取り戻すために考えられる手段が車両価格の値上げだ。
すでに、海外では値上げに動いている。例えば、インドでは今春からSUVなどを4%ほど値上げしている。また、米国でも主力車種のカムリやSUVのRAV4のホームページ上の希望小売価格が1年前よりも3~4%上がっている。
ただ、日本市場での値上げについては成長が足踏みしている地域ということで慎重な姿勢だ。「日常の足として使っているお客もいる。資材が上がったということで価格を上げるのは難しい問題だと思っている。どこで値上げができるかよく見て決めていきたい」と長田COOは話す。しかし、クルマによっては値上げする可能性も示唆した。
■クルマ値上げの地盤固めはすでにできている?
おそらく価格の高いクルマや人気の高いSUVから値上げをしていき、徐々に価格の安いコンパクトカーへと値上げを浸透させていくことになるだろう。いつまでも部品会社にコストダウンを要求して、安いクルマを販売し続けるわけにはいかないだろう。
そうしていたことを続けてきたことが、日本経済がこの20年間ほとんど成長しなかった要因のひとつになっているのだ。例えば、日本のひとり当たりのGDP(国内総生産)は2000年の3万8534ドルから2020年の4万89ドルという具合にほとんど変わらない。3万6433ドルから6万3358ドルと大きく成長した米国とは大違いだ。日本のランキングも2位から24位へと大きく順位を下げている。
日本自動車工業会の会長でもある豊田章男社長は、先日の定例会見で、「自動車産業は岸田政権が掲げる『成長と分配』の原動力になれる」と語り、「この春の労使協議では、自工会各社が中心となり、賃上げの流れを生み出すことができたと思う。ただ、自動車産業のなかで交渉のテーブルにつける人は3割に過ぎない。組合組織がない7割の人たちにこの流れをつなげていくことが大切だ」と強調した。日本でナンバーワンの企業であるトヨタには、日本を再び成長軌道に乗せる役目があるのだ。
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