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 札幌市で28年前の事件を理由に免職された元教師・鈴木浩氏(仮名)への札幌市教委の対応に関する検証報告書が、3月末に発表された。これまで明らかにされていなかった免職に至る経緯が明らかにされたことで、市教委の行った処分が「現代の魔女裁判」とでも呼ぶべきものであったという事実が浮かび上がっている。

■検証事項は3点

札幌市教委が入るSTV2条ビル(提供写真)

 検証報告書は正式名が「平成28年当時の札幌市教育委員会における対応についての検証報告書」(以下、本件報告書)で、作成者は弁護士の高野俊太郎氏と野谷聡子氏(ともに札幌弁護士会)、宛先は札幌市教育委員会の檜田英樹教育長。表紙を含めA4で14枚に簡潔にまとめられている。

 3月末にメディアに対して公表されたものの、市教委のHPには掲載されていない。一般の人が見るためには、札幌市の情報公開制度(公文書公開制度)を利用して取り寄せるしかない。メディアには文書を手渡しながら、一般の人々には見せない理由は明らかではないが、市教委にとっては自らの杜撰さが示されている文書を世間に遍く知らしめることに抵抗があったのかもしれない。

 検証事項は3点。

(1)本件非違行為(筆者註・免職の理由とされたわいせつな行為、鈴木氏は全面的に否認)について、当時の教育委員会が結論に至るまでの証拠資料の収集・評価、対象者への事情聴取方法・内容、申出人(筆者註・石田氏)への対応状況等は、必要かつ十分であったのか。

(2)上記(1)に関して、当時の関係者はどのように考えた(感じた)のか、また、そのように考えた(感じた)理由は何か。

(3)今後の調査方法等について、どのような取り組みを行うべきか。

※本件報告書 p1 11行~15行

 鈴木氏が全面的に否認する行為があったことを前提とし、2021年に免職したのに、なぜ、石田氏が平成28年(2016年)に市教委に申し出た時点で処分できなかったのか。その理由を明らかにするために2016年当時の市教委の対応が適切であったかを検証するものと考えていい。

 鈴木氏サイドから見れば、誤った前提で行われる調査に応じるメリットはなく、逆に自らの証言を免職処分について争っている自身に不利に働く可能性があるために調査への協力を拒否した(連載(33)札幌市教委の思惑)。

■事実認定の3つの問題点

 本件報告書については「市教委の体制不備や性被害への意識不足を指摘。早期に専門家へ相談する必要があったとした。」(朝日新聞デジタル・約30年前の教諭わいせつ、札幌市教委の意識不足指摘 第三者報告書)などと、市教委の対応が適切ではなかったことが報じられている。

 実際、本件報告書には市教委の事実認定の問題点につき、以下のように書かれている。

① 市教委の担当職員は、過去に懲戒処分に関する手続きを担う職務に就いたことがなく、事実認定の理論や手法を学ぶ機会もなかった。処分対象者が否認した場合の事実認定の手法も学べず、参考となる前例も極めて乏しかった。

② 石田氏の供述に虚偽が含まれること等を想定しておらず、その供述の信用性を検討する意識自体が希薄であった。

③ 鈴木氏の弁解を聞きながら、その裏付け証拠の提出を求めた形跡がない。鈴木氏が石田氏に出したとされる手紙の筆跡を調べるための対照資料を集めながら、筆跡鑑定を行わなかった。

※本件報告書 p8 10行~p9 33行 抜粋

 このように市教委の対応が不十分であったため2016年の時点では免職にできなかったというものであり、もっと早い時点、例えば石田氏が申出を行った2016年の時点で専門家に相談すべきであった、としている。 

本件報告書の位置付け

 ここで本件報告書の性格・位置付けを図(本件報告書の位置付け)にまとめたのでご覧になっていただきたい。上半部の赤い部分が石田氏の立場で、下半部の水色の部分が鈴木氏の立場である。そして、本件報告書は本件非違行為があった、即ち、鈴木氏はわいせつな行為を行ったという前提に立っており、それは石田氏の主張の前提に立つものと言える。

 指摘された市教委の事実認定の問題点は上記①~③に示した通りで、これらの点は事実の摘示である。そうであれば、両氏の立場に関わらず客観的に存在した共通の事象。最終的に「早期に専門家に相談すべきだった」という結論が導かれているが、これを本件報告書及び石田氏主張の前提(赤の部分)で評価すれば「もっと早く処分できたはず」(結論A)ということになる。

 問題は出された「早期に専門家に相談すべきだった」という結論を鈴木氏の立場で評価するとどうなったかという点。もし、市教委が2016年の時点で専門家(具体的には弁護士であろう)に相談していたら、上記の①~③は以下のようになる。

❶ 弁護士の指導で事実認定の理論や手法に沿った判断がされたはず。

❷ 石田氏の供述の信用性を検討する意識をもち、供述に虚偽が含まれること等を想定したはず。

❸ 鈴木氏の弁解の裏付け証拠の提出を求め、筆跡鑑定を行ったはず。

 このような結果「石田氏の虚偽の事実が明らかになり、処分が行われなかったことになる」という結論Bが導き出されたことになる。これを具体的事実に当てはめてみると、本件報告書の持つ意味がより明らかになる。

■為されなかった反対尋問

東京地裁、同高裁(撮影・松田隆)

 石田氏の供述について「教育委員会がその信用性を正面から吟味した形跡はなく、そもそも直接証拠と認識していなかったように見受けられる。…また、教育委員会は、基本的に、被害者供述に虚偽が含まれること等を想定しておらず、したがって、被害者供述の信用性を検討するという意識自体が希薄であった。」(本件報告書p9 3行~9行抜粋)とされている。

 被害者の供述が直接証拠として機能するのは、反対尋問が行われるからである。刑事裁判で被害者とされる者が虚偽の被害を申し出た場合、反対尋問でその矛盾点などを指摘する機会がなければ、被告人が冤罪被害を受けることになりかねない。

 「現行法の当事者主義のものとでは、当事者による十分な主張・立証(攻撃)、反論・反証(防御)の機会が与えられるべきであり、証人に対する当事者による反対尋問を通して供述の信用性を吟味することが重要と考えられる。ことに、被告人の自己に不利益な証人に対する反対尋問権は憲法上保障された権利である(憲法37条2項前段)。」(刑事訴訟法講義第3版 安冨潔 慶應義塾大学出版会 p334)

 市教委が行った処分は刑事裁判ではないが、疑いをかけられた人間に対して免職という非常に厳しい処分を科したにもかかわらず、反対尋問権を保障しないばかりか自らが尋問する権利も放棄し、真実追求を怠っていることが本件報告書で明らかにされたことになる。

 もちろん、市教委は2016年の時点では本件非違行為を認めていない。「本件非違行為を事実として認定できないということは、申出人の供述の信用性を十分検討の上、その信用性がない(あるいは、乏しい)ことを意味することになる」(本件報告書p9 9行~11行)のは当然であるが、実際には「本件において、担当職員が、申出人の供述の信用性を評価するための要素を個別に検討した形跡はなく…」(本件報告書p9 11行~12行)とされている。

 2020年12月15日に東京高裁の判決が出され、2021年1月28日の免職処分に至るまでの間も、石田氏の供述の信用性が検討された形跡はない。こうなると現代の魔女裁判である。その事実が本来の市教委が検証の目的とは別に、告発者の証言の信憑性の検討がないまま処分が行われたという処分の重大な欠陥が明らかにされたことは見逃せない。

■免職との因果関係

石田氏が市教委に提出したと思われる写真(上)と、その3Dイラスト

 もし、2016年の段階で市教委が弁護士に相談していれば、どうなったか。当サイトがこれまで指摘したように、オコタンペ湖で撮影したとされる写真は合成されたフェイク写真であること(連載(19)影なき闇の不在証明)、石田氏が主張する交際時期は虚偽であること(連載(12)CAN YOU CELEBRATE?)、塩谷丸山の山頂付近でフェラチオを強要されたなどの数々の供述も虚偽、そこに至らないまでも立証は極めて困難であること(連載(4)疑わしい元教え子の主張、連載(5)まるでAV元教え子の証言)なども明らかになったはず。

 当然、2016年に鈴木氏が処分がされることはなく、その後の石田氏が鈴木氏と札幌市を相手に提起した損害賠償請求訴訟においても、東京高裁が本件非違行為を事実認定することはなかったと思われる。それ以前に、石田氏の訴訟を担当しようなどという弁護士は出なかったであろう。

 結局、市教委は2016年の対応が不適切で、石田氏の主張を虚偽であるから認めないとすべきところを怠ったために、鈴木氏とともに石田氏の損害賠償請求訴訟の被告とされ、勝訴したにもかかわらず、東京高裁の認定により、一転して鈴木氏を免職せざるを得なくなったのである。本件報告書からは、市教委のミスのために、本来、何の処分も受けるべきではなかった鈴木氏を免職したという因果関係が読み取れる。

 こうしてみると、市教委が本件報告書をHPに掲載しない理由も自ずと想像がつく。

(第35回に続く)

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