ウクライナ戦争が勃発してからというもの、さまざまな「輸入資源」の不足が危惧されてきた。特にEUとロシアとの経済制裁、貿易規制の攻防戦は激しさを増し、工業製品、エネルギーの他、自動車製造に欠かせない鉱物資源などにもその余波は及んでいる。
ウクライナを舞台とした情勢不安は、世界の自動車業界にはどのような影響を与えようとしているのか? 今回は、ロシアとウクライナの輸出資源を中心に、主に日本とドイツのクルマ業界に与える影響を検証してみたい。
文/鈴木喜生、写真/トヨタ、フォルクスワーゲン、写真AC
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「ロシア産資源」で自動車に必須なものは?
ウクライナ戦争が長期化するにつれ、世界中で「モノ不足」や「物価高」が危惧されるようになった。最も心配されるのは、紛争の当事国であるロシアとウクライナの生産品だが、特にロシアはエネルギーや鉱物などの資源を世界に大量輸出している。
まずはロシアのコモディティ(ここでは採掘資源の意)の中から、自動車製造に関わるものを見てみたい。以下は、ロシアが生産する鉱物資源において、クルマの製造に関わるものだ。
【自動車製造に関わるロシア産資源】
自動車排ガス触媒
●パラジウム
生産量/93トン/世界1位(2020年)
用途/排ガス触媒
●プラチナ(白金)
生産量/23トン/世界2位(2020年)
用途/排ガス触媒、パラジウムの代替品
構造部品
●アルミニウム
生産量/364万トン/世界2位(2020年)
用途/シリンダーヘッド、他構造部品
●マグネシウム
生産量/6万7000トン/世界2位(2019年)
用途/アルミ合金、マグネシウム合金、ホイール
●ニッケル
生産量/27万2000トン/世界3位(2018年)
用途/ステンレス鋼の添加元素
●鉄鉱石
生産量/6428万7000トン/世界5位(2019年)
用途/シャーシなど
●クロム鉱
生産量/50万トン/世界8位(2020年)
用途/ステンレス鋼の添加元素、構造部品
電気系統
●ニッケル
生産量/27万2000トン/世界3位(2018年)
用途/バッテリー
●アンチモン
生産量/3万トン/世界2位(2019年)
用途/エンジンブロック鋳造時の添加剤、
ブレーキの減摩材、配線コードなどの難燃助剤
工作機械
●工業用ダイヤモンド
生産量/1900万カラット(2018年)/世界1位(14カ国中)
用途/工作機械、切削工具、
●バナジウムの生産量
生産量/1万9533トン(2020年)/世界2位(5カ国中)
用途/工作機械、切削工具
ロシアの鉱物や金属資源の年間の輸出高は91億2900万ドル(2020年)で、214カ国中9位。自動車排ガス触媒に使用される「パラジウム」をはじめ、構造体に欠かせない「アルミニウム」「マグネシウム」の他、バッテリーやステンレス鋼の材料となる「ニッケル」、さらには工作機器に使用される「工業用ダイヤモンド」まで、その品種は多岐に渡る。
ロシアはまさに資源大国。では、これらのロシア産資源が供給されなくなった場合、日本の自動車産業に最も影響を与える資材は何か?
日本の自動車産業に必要な「ロシア産資源」は?
先述したロシア産資源のなかから、日本の輸入額の高いものをピックアップすると、主に以下の3品目に絞られる。
【日本の輸入比率が高いロシア産資源】
自動車排ガス触媒
●パラジウム(加工してないもの及び、粉状のもの)
日本の輸入割合/南アフリカ42.6%、ロシア29.6%
(総額403億円、2022年2月)
●プラチナ白金(加工してないもの)
日本の輸入割合/南アフリカ67.8%、ロシア12.3%
(総額1兆2463億円、2021年)
構造部品
●アルミニウムの塊(くず)
日本の輸入割合/ロシア19.9%、豪州16.4%
(総額6837億円、2021年)
排ガス触媒に使用される「パラジウム」は、日本は現状、約30%(2月単月)をロシア産に依存している。また、アルミニウムの「塊(くず)」の輸入量も多く、日本に入ってくる約20%(2020年)がロシア産だ。しかし、パラジウムは輸入相手国の1位は南アフリカであり、アルミニウムにはさまざまなカタチの資源・製品があるため、他国からの輸入にシフトできれば不足を回避できる可能性はある。ただし、2月以降、一時的には相場は劇的に上がり、特にパラジウムはその後も相場が安定していない。
また、日本におけるロシアからの直接輸入量は少ないものの、自動車の構造部品の素材であるニッケル、クロム、マグネシウム、鉄鉱石などは、世界的な供給不足に見舞われると予想され、一部はすでに価格が高騰している。ニッケルやクロムは、ステンレス鋼を製造する際の添加剤としても使用される鉱物だ。
現在はまだ日本国内にこれら資源の備蓄がある。しかし、ウクライナ情勢が硬直化し、日本からロシアへの経済制裁やロシアによる輸出停止が長期化すれば、その備蓄も底をつく。そうなった時、資源の相場価格がさらに高騰した結果、モデルチェンジとは関係なく、国産車の価格が上昇する日が来るだろう。
EU自動車業界が直面する危機
ウクライナ戦争が勃発したことで、日本以上に深刻なダメージを受けているのがEU諸国の自動車業界だ。
欧州自動車部品工業会(CLEPA)によると、EUはウクライナから、鉄鋼(29%)、半導体生産に必要なネオンなどの貴ガス(Noble Gas)を輸入し、ロシアからは日本と同様、パラジウム(42%)、プラチナ(12%)、ロジウム(9%)、ニッケル(11%)の他、一次アルミニウム(9%)や鋼材半成品(42%)を購入してきた。
しかし、ロシアがウクライナに侵攻する前後から、それら原材料のロシアからの供給の大部分が停止された。その結果、すでに2月末から納品ができなくなった企業もある。
また、ウクライナ西部には自動車関連産業が集積している。そこで生産される配線やケーブル類は欧州の自動車メーカーに供給されていたが、そのラインが停滞したことにより、フォルクスワーゲンなどの生産に影響が出ているという。
一方、ロシア国内には、ルノーなど大手自動車メーカーの生産工場が34カ所あり、そこへEUの自動車部品メーカーは大量のパーツを供給してきた。つまり、EUにとってロシアは重要な自動車関連部品の輸出国だった。しかし、今は欧州とロシアの激しい貿易規制合戦が繰り広げられているため、その輸出入が停滞、または停止している状態だ。
ウクライナとロシアに関わる欧州の自動車・パーツメーカーでは、素材調達、部品供給、生産ライン、対外貿易と、あらゆる局面で支障が出ている。そこに追い打ちをかけるのがロシア産エネルギー資源を巡る問題だ。
EU全土に及ぶエネルギー問題
ロシアは4月27日、ポーランドとブルガリアへの天然ガスの供給停止を発表した。これに対して5月8日には、G7(主要7カ国)の首脳陣は、ロシア産原油の輸入を禁止する方針を表明。すると同12日にロシアは、ドイツに天然ガスを供給するための「ヤマル欧州パイプライン」の閉鎖を発表した。このパイプラインはベラルーシ、ポーランドを経てドイツに通じている。
ドイツのロシア産エネルギーへの依存率は、ロシアがウクライナに侵攻する以前は原油35%、天然ガスは55%、石炭50%と、非常に高いレベルにあった。それを約1カ月間で、原油25%、天然ガスは40%、石炭25%へ大幅に引き下げている。
原油を他の国からの輸入にシフトするにはコストがかかる。G7の方針によって、それを0%にする必要も出てきた。天然ガスは夏までには24%まで下げる予定だったが、それを待たずして今回、主要なパイプラインが突如閉鎖された。今、ドイツはコストが大幅に上昇する以上のエネルギー不足に陥る状況にある。
こうした状況下で生産されるドイツ車は、今後のさらなるコストアップが不可避。当然ながら日本に輸出される車両価格にもそれは反映される。こうした状況下において、ドイツは自動車製造業だけでなく、経済全体に大きなダメージを受ける可能性さえある。
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