基本的に為替というのは緩やかな変化が望ましく、急激に変化すると産業構造が追従できずに国内経済にダメージを負うと言われている。しかし、ロシアのウクライナ侵攻のあおりで、日本円が急激に安くなり続けている状況だ。
この急激な円安が自動車産業にどのような影響を与えているか。状況を考察してみた。
文/福田俊之
写真/ベストカー編集部、Adobestock(トビラ写真/Deemerwha studio@Adobe Stock)
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■20年ぶりの1ドル=129円の円安水準に!
「悪い円安」なのかどうかという議論は別にして、円安ドル高の進行が止まらない。ウクライナ危機が一向に収まる気配を見せないなか、4月20日の東京外国為替市場で、円相場が約20年ぶりに1ドル=129円を突破。
黒田東彦・日本銀行総裁が「急激な円安は日本にとってマイナス」と発言したものの、日本経済をなんとか持ちこたえさせている金融緩和を見直すことはできないと世界から見透かされており、日本円の下落が続くとの見方が優勢だ。
この円安の直撃を受けているのは庶民の家計部門。その代表格は石油、ガス、電力などエネルギー価格の上昇だ。レギュラーガソリンの全国平均価格は今年1月下旬以降、1リットル=170円台で推移し続けている。
この高騰は原油が1バレル=100ドル超の高値を付けたためだが、今回は円安も無視できない。2012年~13年頃に1バレル=100ドル超の原油高になった時は為替レートが1ドル=90円~100円という水準だった。つまり、現在の為替レートで1バレル=100ドル超というのは当時の1バレル=130ドル超に相当する。
しかも、レギュラーガソリンが170円台/リットルという価格も岸田政権の石油業界に対する補助金あってのことで、国の支援がなければ180円を超えて、かぎりなく200円に迫る最悪の状況だ。
ガソリン高は世界的な物価上昇の流れのなか、デフレが続く日本の円が安くなることが国民の生活にどれほど甚大な影響を及ぼすかを端的に示す事例でもあり、同じような現象はあらゆる局面でみられるようになるだろう。
■沈む日本市場の立ち位置
ところが、物事には裏と表があるもので、損をする人がいる一方、トクをする人もいる。円安の恩恵を受けるのは海外にモノを売る輸出セクター。同じ3万ドルのクルマを売ったとして、円安になれば入ってくる日本円の額が増える。
日本円で固定されている国内の人件費はドル換算すれば安くなり、世界市場での競争力は自動的に強くなる。業界トップのトヨタの場合、想定レートよりわずか1円の円安でも約400億円の増益要因になるという。
ならば万事丸く収まってめでたしめでたしなのだが、現実はそう甘くもない。円安でホクホクなはずの日本の自動車メーカーにとって頭の痛い問題が浮上する。ホームグラウンドである日本市場をどうするか、である。
■クルマの値上げ待ったなし!?
円安は自動車メーカーにとっては追い風だが、マイナス面がないわけではない。それは半導体不足に加えて、輸入に頼る原材料や輸入部品の価格が上がってしまうことだ。日本で生産したクルマをグローバル市場に輸出する場合、原材料や輸入部品の価格上昇分をカバーしてあまりあるくらい円換算での販売価格が上がるので問題はないが、日本ではそうはいかない。値上げをしなければコストアップ分を自動車メーカーがすべてかぶることになってしまう。
ほかの業界では食品、化学、エネルギーなど多くの分野ですでにコストアップ分を商品の価格に転嫁する、いわゆる「値上げラッシュ」の花盛り。日本はデフレに悩まされ続けてきたこともあり、価格の引き上げには正義があるという意見が多数派を占めている。
クルマもほかの製品と同じで、本来なら日本での販売価格を引き上げるべきだろう。実際、輸入車は円安・ドル高、円安・ユーロ高と原材料高騰のダブルパンチで車両価格の値上げが相次いでいる。
極端な例としては、世界一の資産家で、米SNS大手のツイッター買収に乗り出したことでも話題を集めているイーロン・マスク氏がCEOを務めるテスラでは、1年前に比べてグレードによっては実に100万円以上に及ぶ大幅値上げを実施している。
■値上げすると他社に客足を奪われるかも
では、日本車メーカーはどうか。実はフルモデルチェンジや新機種の導入を機に、安全や環境、コネクトサービスなどの新機能の追加やクルマ本体の車格アップなどに伴い、価格の引き上げを試みてきた。
だが、大手自動車メーカーの営業担当によれば「一部の輸入車のような強固なブランド力があり、少ない台数を売るのであればいいが、大量販売が前提の日本車はそう簡単に値段を上げられない」という。
しかも相変わらず「値引き商法」が定着している日本市場では「先陣を切って値上げすれば、ライバルに顧客を奪われてしまう恐れもあり、現時点では世界情勢が安定して原材料価格が落ち着いてくれるのを期待して耐えるしかない」のが本音のようだ。
■今は日本国内の日本車が安いという事実
ただ、クルマの値段が高くなったと言われているが、国産車の国内価格は海外価格に比べて著しく安い。例えば、トヨタのカローラスポーツハイブリッド、17インチホイール仕様の国内価格は284万円(税込み)だが、インフレが加速する欧州市場で同等仕様のものを買おうとすると消費税率を日本に合わせて計算しても400万円近くにも跳ね上がる。
カローラと同じコンパクトクラスはVWゴルフだが、プジョー308にしても、その価格でも特別高い車種ではなく、むしろ価格競争力があるグレードに属する。
欧州向けカローラは欧州で現地生産しているので為替変動の直接的な影響は小さいが、問題は日本でクルマを生産するケース。円安下では日本で安い値段で販売するより海外に輸出したほうが円換算の海外売上高が増えて利益を押し上げる。
多くのメーカーが半導体不足などで生産台数を落としており、クルマの納期が1年以上に及ぶケースも珍しくないが、各メーカーの生産実績をみると輸出台数は日本での生産台数に比べて落ち幅が小さい。国内の顧客を待たせてでも輸出に回したいというメーカーの賢い戦略もわからなくもない。
■円安で自動車輸出に恩恵。ただし為替依存は危険
それで自動車メーカーが儲かるなら、日本経済にはプラスということで、円安の痛みに対するささやかな慰めになるというものだが、実はその点についても問題がある。日本車メーカーのなかで、商品そのもので利益を出せているのはトヨタとスズキの2社くらいで、その他は売上高に対する営業利益があまりにも少なすぎる。
それでもわずか1カ月の間に、10円以上も円安に振れるという為替レートはトヨタにとっては利益のさらなる拡大に、苦しい他社にとっても干天の慈雨になるだろうが、円安効果の好業績を喜んでいる場合ではない。
思えば、2008年のリーマンショック直後、輸出比率の高いマツダが「1ドル=70円台でも輸出で利益が出るように」と当時の山内孝社長が悲壮な決意を語ったように、すべてのメーカーが超円高でも耐えられるような経営体質の構築を表明していた。
ところが、それから十数年が経過した今、1ドル=110円でも苦しいというメーカーのオンパレードだ。超円高が緩んだことで経営改革のスピードが鈍った格好だが、今のままだと円安なくしては業績が成り立たない「円安ジャンキー」の業界になってしまいそうである。
■このままだと日本は「マイカーは高嶺の花」時代に後退する
この円安が定着、あるいはさらに進行するような事態になれば、儲けの少ない日本市場ではサービス価格でクルマを売り続けるという動機も失われ、食パンや小麦粉のように日本メーカーはこぞって国内販売価格を大幅に上げてくることになるだろう。
すでにクルマの販売現場においてはフルローンに比べて月々の支払額を低く抑えられる残価設定ローンが一般的になっているが、クルマの価格が一層上がればそれだけではすまず、リースやサブスクリプションでしかクルマに乗れない人の割合が増える公算が大だ。
この先果たして国産車メーカーが奮起してコスト低減を成し遂げるのか、あるいは手っ取り早く輸出で儲ければ、国内価格は「円安還元セール」で維持したままでいいと考えるのか。日本の自動車ユーザーの命運は急激な為替変動にも左右するだけに、止まる気配がない円安基調がいつまで続くのか、マイカー族にとってもガソリン価格の高止まりとともに目を離すことができない。
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