旦過市場火災　変わり果てた姿に市民衝撃

市民の台所として親しまれ、100年以上の歴史がある北九州市小倉北区の旦過（たんが）市場の一角が19日未明、大規模な火災に見舞われた。防災と老朽化の対策で再整備事業を進めているさなかの災禍で衝撃は大きく、市場関係者や市民は日常に溶け込んでいた市場の変わり果てた姿を力なく見つめていた。

市場で料理店を営む女性（86）は19日午前3時ごろ、店舗奥で食事中に激しく戸をたたく音で表に出た。「火事よ！」。隣の店舗の知り合いが教えてくれた。市場の奥でボン、ボンと音を立てて炎と煙が上がっているのが見えた。「消防はまだ来ておらず、教えてもらわなければ逃げ遅れていた」と声を震わせた。

火災現場のラーメン店に勤める女性（64）は午前2時40分ごろ、焦げ臭いにおいに気付いた。店は営業中で、店内の客と「変なにおいがするね」と話していると、飛び込んできた人に「火事！早く逃げて」と促されて外に出た。119番しようとしたが携帯電話を持つ手が震えて操作できなかった。「爆発の可能性があるから離れて」。駆け付けた消防隊員に言われ、鍵と携帯電話だけを持って逃げるしかなかった。

特に激しく炎が上がったのは、市場通りから奥に入った「新旦過横丁」と呼ばれるエリアとみられ、焼き鳥や焼き肉の店、老舗のバーなどが軒を連ねている。

2003年に開店したバー「バラック」のオーナー、山内貴史さん（51）は「消防車のサイレンで火事に気づき、店に戻って現金とパソコンを持って急いで店を出た。飲食店2階の窓の中に火が見え、ドカーンと爆発音がして驚いた。町内会の人たちも仲が良く昔ながらの雰囲気が好きで店を開いたが、火事でなくなってしまった」と肩を落とした。バー「しろ」を営んで約60年というママの河野トシ子さん（85）は「19日は東京からのお客の予約も入っとったが、どうすることもできない。きれいに店をしとったからね。見たくないです」と力なく語った。

100年以上の歴史がある市場とその周辺は木造の建物がひしめき合い、市場関係者の不安が現実となった。市場で飲食店を営む60代の女性は「恐れていたことが起きた。建物が密集しているから一度火が出ると延焼してしまう」と語った。近くで暮らす70代女性は「火の粉が飛び散り、火の勢いもすごかった。何年か前も火災があった。風があったらもっと延焼していたかもしれない」と話した。

鮮魚店で働く50代の男性は「ブレーカーが落ちて冷蔵庫の電気が消えてしまったら困る。店を確認したいけど入れない。配達もあるし仕事に支障が出そうだ」と困惑していた。

市場近くにあり、今年創業83年を迎える老舗映画館「小倉昭和館」の館主、樋口智巳さんは午前6時ごろ現場に駆けつけ、消火作業を見守った。火の手は裏手の隣接する建物まで及んだが、窓ガラス数枚を破損しただけだった。

樋口さんは俳優の高倉健さんとかつて親交があり、この日は俳優の仲代達矢さんや光石研さんら、交流のある映画関係者らから被災を気遣う電話やメールが入った。道行く人からも次々と声をかけられ、ある被災者からは「小倉昭和館は私たちの希望。残ってよかった。再建へ頑張ります」と告げられたという。「ありがたいのだけど、多くのお店が焼けてしまったことを思うと」。樋口さんはそう言って涙ぐんだ。【成松秋穂、青木絵美、河慧琳、山田宏太郎、伊藤和人】

区画整理始まったばかり　対応協議
北九州市小倉北区の旦過市場は、老朽化対策や防災のために段階的に区画整理などを実施する再整備事業計画が、2021年度に始動したばかりだった。

計画は、市場北側に4階建ての複合商業施設（延べ床面積約8700平方メートル）を建設し、メインの市場通りは神嶽（かんたけ）川から離れた東側に移動させ、川面にせり出した店舗は施設内や新しい通り沿いに移ってもらうとしている。歴史や雰囲気を受け継ぎ、市民に愛され続ける市場がコンセプトだ。

複数階の施設を整備した区画整理は「立体換地」と呼ばれ、狭い市場の敷地内で換地を確保する手法として選択。各店が営業を続けながら再整備することも重視し、エリアを四つに分けて順次再整備する「ローリング方式」を採用した。

事業が複雑な背景には、船から荷揚げして商売が始まった100年を超える市場の長い歴史がある。店舗の多くは戦後の昭和30年代に建てられ、地主と建物主などの権利関係も多様なため、民間主導の再開発計画は何度も頓挫した。だが、09、10年の豪雨(以下略)

毎日新聞 2022/4/20 04:30（最終更新 4/20 11:33
https://mainichi.jp/articles/20220419/k00/00m/040/305000c