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 日本政府がこのほど、ロシアのウクライナ侵攻に伴う原油価格や物価の高騰に対応する緊急経済対策を発表した。国費で6兆2000億円を充て、政府が決定したガソリンや灯油などの価格を維持するためにこのなかから1兆5000億円を補助するというもの。

 具体的には、ガソリン価格を抑えるために石油元売り会社への補助金の上限を1リットル当たり最大25円から35円に増額し、期間を今年9月末まで延長したうえで価格の抑制目標は172円から168円に引き下げるとしている。実際にその効果はいかほどのものになるのだろうか?

文/福田俊之写真/ベストカー編集部、AdobeStock(トビラ写真:moonrise@AdobeStock)

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■上限を上回る補助金で現在の価格水準を何とか維持

今年5月16日時点でのレギュラーガソリン価格は170.4円。200円超も目前に迫っているのか?(umaruchan4678@AdobeStock)

 ガソリン価格がリッター200円超――これは将来の懸念ではなく、目の前にある現実だ。街のガソリンスタンドの電光板には160円、170円といった価格が表示されている。資源エネルギー庁によれば、5月16日時点でのレギュラーガソリンの全国平均価格は170.4円だった。

 実はその価格は本来のものではない。「激変緩和策」との名目で岸田政権が物価高騰に対する緊急経済対策として掲げた6兆2000億円のうち、2021年度補正予算分の893億円に続き、1兆5000億円を原油価格高騰対策として石油元売り各社に補填する補助金の効果が出ているからだ。そのため、実際の小売価格より安くなっているのだ。

「目が慣れる」とは恐ろしいものである。補助金の支給が始まった今年1月時点では世界的な原油価格の指標のひとつ、米国のWTI(西テキサス中質)原油は1バレル=80ドル前後、ガソリン1リットルあたりの補助金は5円だった。が、ウクライナ情勢が悪化するにつれて原油価格は急騰。一時は130ドル/バレルをつけ、現在も110ドル/バレル前後で推移している。

 当初、最大で1リットルあたり25円に設定していた補助金ではガソリン価格の上昇分を補填できなくなり、大型連休前に上限を35円まで引き上げた。現在はその「上限」を上回る補助金を出すことで、ようやく現状の価格水準に抑え込んでいるという状況である。

■トリガー条項発動の声も出ていたが……

2011年の東日本大震災後に出されたトリガー条項の発令を願うガソリンスタンドは少ないのが実情だが……(beeboys@AdobeStock)

 石油元売り各社に補助金を出すことについては当初、「補助金が具体的にどのように使われるかもわからない。石油元売りの利益に回り、価格引き下げ効果が出ないのではないか」という批判も噴出。

 ガソリン税を一時的に約25円引き下げる「トリガー条項」の発動を求める声も多く出ていたが、凍結解除による減収分を上回る財政支出でどうにか価格を維持している。

 販売価格の引き下げ額の透明性が高いという点では、トリガー条項は非常にわかりやすい方法で、東日本大震災以来凍結されていたこの制度を復活させてほしいという声は燃料を販売するガソリンスタンド側でも少ない。

 しかし、今のガソリン高はトリガー条項が制定された2010年時点の想定を完全に超えている。トリガー条項だと税額が比較的低かった軽油の価格引き下げ効果が充分でなく、物流コストは大幅に跳ね上がる可能性もあり、結果的には補助金方式はそれほど悪い策ではなかったとの見方もあるようだ。

■2008年にはレギュラー180円台半ばに

 それにしてもなぜガソリン価格は実質200円超まで上がってしまったのか。ウクライナ情勢の緊迫による原油価格の高騰は一大要因だが、過去にはもっと価格が高かったこともある。

 それが一時、147ドル/バレルという史上最高値を付けた2008年で、リーマンショック直前のことである。だが、その時でさえレギュラーガソリン1リットルあたりの平均価格は180円台半ばだった。

 200円/リットル超えのうち、一部は国民が危惧していたように不透明な補助金方式の弊害で石油元売り各社の利益確保に回ったという部分はあるが、原油価格高騰による販売減少の損失を石油元売り各社がモロ被りしなければならないというのも少々酷な話だ。

 実際、2008年のガソリン高騰の時には思い切った対応策が取られなかったこともあって、石油元売りや燃料販売業者は大きな損失を被った。

「原油高騰のコストを価格に適正に転嫁できていれば、リーマンショック前もガソリン価格はもっと高くなっていた」(石油元売り関係者)

■元凶はロシアのウクライナ侵攻後の急速な円安にある!?

ロシアによるウクライナ侵攻は終わりがまだまだ見えてこないが……それよりももうひとつの元凶である円安も問題だ(burnstuff@AdobeStock)

 1バレル=110ドルでリッター200円超えを招いた元凶は、実はウクライナ危機を引き金に起こったもうひとつのクライシス、急速な円安である。リーマンショック直前の為替レートは1ドル=100円台。それに対して現在は1ドル=130円前後。

 ドルベース価格でみれば原油価格は史上最高値よりは安いが、円ベースでウクライナ侵攻以降の3ヵ月平均をみれば、原油価格はまぎれもなく史上最高値なのである。

 補助金政策で全国平均170円程度に抑え込まれているガソリン価格。この水準ならまだ自動車ユーザーは何とか出費に耐えられるが、政府としても1ヵ月あたり数千億円もの支出になる補助金をいつまでも出し続けるわけにはいかない。

 支持率は安定している岸田内閣だが、その政権運営をみると基本的に「場当たり」、「選挙対策」の色彩が濃い。補助金を出すのは夏の参院選後の9月頃がリミットになるという見方が業界でも有力だ。

■まずは地方のユーザーが打撃を受けるのは必定か

 その時までに世界情勢が好転し、為替レートや原油価格が落ち着きを取り戻せていればガソリン価格は安定し、クルマのユーザーは大きな痛みを覚えずに今回のクライシスを乗り越えられるだろうが、そうなるかどうかはまさに神のみぞ知る。

 ロシアのウクライナ侵攻が突然終わるなど、日本の努力とは関係ない何らかの「神風」でも吹かないかぎり、秋には地獄の燃料高が日本を覆う。そうなった時、日本はいったいどうなるのだろうか。

 まず、大打撃を受けるのは地方のクルマユーザーだ。総務省の家計調査によれば、都市部と地方部ではユーザーが年間に支払うガソリン代はイメージ以上に大差がある。

 東京23区では年間2万円弱であるのに対し、例えば山口市では年間9万1000円といった具合だ。これはあくまでガソリン価格が穏やかだった時代の話で、リッター200円時代が到来した時の地方経済の打撃は測り知れない。

 このことはクルマの販売に大きな影を落とすことになるだろう。生活必需品としてクルマを使用しているユーザーは、できるだけ倹約して乗り続けるしかないが、クルマをレジャー目的で「走る歓び」として乗り回すこと自体を楽しむユーザーにとっては、その行為を断念せざるを得ないという選択肢が発生しかねない。

■このままでは日本の自動車市場が崩壊する危機に!?

 日本では歴史的に「遊び」を「悪」ととらえる風潮があり、「遊びに補助金などもってのほか」という意見も少なからずあるが、消費を伸ばし、経済を回す一番の原動力は「遊び」であり、クルマの消費もしかりだ。ちょっといいクルマに乗りたい、クルマでドライブ旅行をしたいなどのニーズが燃料高騰で消滅したらどうなるのか。

 生活必需品とはいえ、ガソリン高をきっかけに移動手段として本当に必要かどうかをユーザーが本気で考え始めたらクルマの販売は間違いなく激減する。バブル時代の1990年には年間777万台以上も売れたなどと過去の栄光を懐かしむのもいいが、これからは400万台どころか、300万台以下に減少しても不思議ではない。そうなればいよいよ日本の自動車市場は崩壊することにもなるだろう。

 しかも、販売台数が減るだけではない。販売の質も変化していくことが予想される。具体的には背に腹は代えられなくなり、電気自動車(EV)のほか、ハイブリッド車や軽自動車など燃料消費量の少ないクルマに販売が偏るようになり、それ以外のクルマは売れなくなる。

 EVでもHVでも乗って楽しいクルマであればいいという意見もあるが、事はそう単純ではない。高価なバッテリーを搭載するEVはともかく、HVでも電動システムが高コストなため、クルマの値段が高くなりがち。ガソリン車と同じ価格帯の場合、性能や質感、アミューズメントの部分にかけられる金額はHVのほうが数十万円分少ない。

 輸入車にとってもご難の時代だ。日本は欧米とレギュラーガソリンの規格が異なるため、ほとんどの輸入車は小型車クラスでもプレミアムガソリンを要求する。ガソリン高の時代にさらに高いガソリンを入れなければならないというのはユーザーにとっては痛い。

■多様性を失う日本の新車販売と物流コスト上昇による値上げが待ち受ける

EVのスバルソルテラ。価格は594万~682万円

 さらに輸入車は円安の影響もより大きく受けるため、大幅値上げは不可避で、輸入車ブランドのなかにはグローバルでみればごく小さな販売台数でしかない日本市場を今後見かぎる動きが出てくる可能性もある。ガソリン高時代のモータリゼーションは多様性を失い、燃費一辺倒のエコカーと軽自動車、そしてこれまた価格重視の小型EVだらけという無味乾燥なものになるだろう。

 マイカーの問題も深刻だが、巨額の燃料費がかかるトラック運輸も甚大な影響を被るのは確実。今年に入って巷では値上げラッシュだが、値上げ額のうちかなりの割合を物流コストの上昇が占めている。補助金が終了して燃料代が跳ね上がれば運賃が上がり、さらなる物価高が起こることは避けられない。

 経済のために物価高を容認すべきという論調がはびこっているが、例えば1000円のものが1100円に値上がりするという消費者が感じる痛みは、消費税が10%から一気に20%になるのと同じであり、その痛みに国民がいつまで耐えられるかは未知数だ。

 そうは言っても、この資源高は世界的なもので、今の円安は国力の衰退と絡んでいる。結局日本を再び豊かにするための成長戦略が描けなければ、資源高と円安のダブルパンチに永久に耐え続けるしかない。

 ガソリン高騰は単に自動車ユーザーだけの問題ではなく、日本が今置かれている世界的ポジションの低下の象徴のようなもの。結局、日本が再び強い国になるしか根本的対策はないのだが、一時しのぎの政策でお茶を濁すような今の政治の指導力では過度に期待するのは難しいだろう。

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