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「原子力など感情的な批判でこじれた問題がある。あなたなら状況をどのように変えるか」。

ホリエモンこと実業家の堀江貴文氏に質問をしたことがある。原子力と同様に批判される遺伝子組み換え作物のシンポジウムでのことだ。堀江氏は次の趣旨の回答をした。

堀江貴文氏(撮影:2019年 写真:長田洋平/アフロ)

「全員の賛成を得るのはあきらめるべき。説得は無理だし時間の無駄。話が通じない人の相手をするより、どっちつかずの人を味方にすればよい」

「味方を増やすために、堂々とメリットを伝えよう。過去は変えられないが『かっこいい』『新しい』情報を上書きすることはできる。新技術などの人々を幸せにする具体的なモノや旗印を出し、ワクワクする未来を語れ」

考えさせられる答えだった。堀江氏はこのように自分のブランディングをしている。だから証券取引法違反で罪を問われた後で、社会的に復活をしたのだろう。原子力を活用する立場の人は、東京電力の福島第一原発事故の後で、問題から逃げて沈黙するか、反対派を説得しようと無駄なことを試みて失敗した。

原子力は最近風向きが変わった。気候変動への対応策として世界各国で原子力が再評価され、ウクライナ戦争によるエネルギー危機でその評価がさらに高まった。そして新型原子炉というかっこいい、新しい動きがある。堀江氏の提案通りのことができるかもしれない。原子力を支援する人は喜んでいるが、実際のところはどうか。

ゲイツ、バフェットが新型炉ビジネスに参入

テラパワー社の新型原子炉「ナトリウム」(同社広報資料から抜粋))

「新型原子炉『ナトリウム』はエネルギーのゲームチェンジャーになる」

世界トップクラスの富豪で慈善活動家のビル・ゲイツ氏は昨年6月、会長を務めるテラパワー社が開発した新型原子炉「ナトリウム」の建設をウェブ上で発表して期待を述べた。この原子炉では原子炉の冷却材に物質ナトリウムを使う。扱いの難しい物質だが、設計を簡素にして管理をしやすくし、原子炉の小型化、コストダウン、安全性を実現するという。それによりエネルギーを安く提供して貧困をなくし、気候変動問題の解決も目指す。2028年の完成を予定する。

カードゲームに興じるバフェット(左)とゲイツ(BorsheimsJewelry /flickr

ゲイツ氏と慈善活動を一緒に行う投資家ウォーレン・バフェット氏が、傘下企業を通じて開発を支援する。経済界の超大物2人の登場で、米欧のビジネスメディアの注目が新型炉に向いた。米政府もこれに応じた。32億ドル(約3600億円)の公的資金が用意された「革新炉実証プログラム」のうち、この開発に約2000億円分の支援がつくことになった。

他国も新型炉への支援に積極的だ。フランスは新型炉研究で21年10月に10億ユーロ(約1350億円、複数年)規模の予算を設定し、マクロン大統領は「2030年までに革新的小型原子炉を実用化する」と表明した。中国、ロシアの原子力産業も、既存の軽水炉を発展させたSMR(小型モジュール炉)と呼ばれる種類に加え、高速炉、高温ガス炉、進行波炉など、さまざまな炉型の開発を進めている。(以上、経産省資料)

失敗が続きで動けぬ日本の原子力産業

世界の動きを受け日本でも新型炉への関心が高まった。自民党で2021年に「最新型原子力リプレース推進議員連盟」が立ち上がるなど、新型炉による原子力復権を唱える人がいる。

しかし原子力の実務に関わる人は冷めている。ある経産省幹部が後ろ向きのことを言った。

「新型炉は量産まで20年かかる話で、足元の問題を解決することが先だ。原子力への応援はありがたいが、過剰な期待が『贔屓(ひいき)の引き倒し』にならないかと、懸念している」

日本の原子力関係者は東電の原子力事故の後で、夢を語らないようになってしまったのかもしれない。

日本は新型炉の研究で世界に先行していたが、今は追い抜かれつつある。1991年に国により高速増殖炉の研究炉もんじゅが完成。使用済み核燃料を再処理し、抽出したプルトニウム燃料を高速増殖炉で使い、日本のエネルギー自給を目指す1970年代に作られた核燃料サイクル構想に基づき、研究と技術開発が集中して行われていた。また1998年に高温ガス炉が完成。核融合発電でも世界に先行した。

ところが、もんじゅは、相次ぐ事故と規制対応の不備が問題視され、2016年12月に廃炉が決定。このタイプの開発の見通しが立たなくなった。核燃料の再処理工場(日本原燃)も、当初運用開始予定が2005年なのに、まだ政府の運転認可が得られず、本格操業ができない。そして2011年の東電の原子力事故が起きて、その処理に行政も電力会社もメーカーも追われ、新事業ができなくなった。

国の原子力研究を担う日本原子力研究開発機構(JAEA)は年約1800億円も予算があるが、同機構の管理したもんじゅ失敗の後遺症と廃炉研究にシフトしたため、新型炉研究に積極的に踏み出せない。過去の失敗が今を束縛し、関係者を萎縮させている。つまり新型炉をめぐって、日本の政府と原子力関連産業は難しい岐路に立っている。

困難でも「旗印」となる自主開発を目指せ

一つの方向は、関係の深い米国政府と同国企業に開発をやってもらい、米国の技術に乗った上で部分的に関わるというものだ。日本の企業と経産省は、米国企業に資本参加、技術提供するなど、リスクの小さいこの方向を進むことに傾いている。

もう一つは、日本が官民一体となって独自に新型原子炉を開発することだ。高速増殖炉、高温ガス炉、核燃料サイクルなどの過去の研究の集積があり、3大メーカーはSMRなどの研究をしている。過去の失敗を洗い出して修正し、これまでの技術の継続の上で、日本オリジナルの原子炉を作ることを目指す。

日立とGEが開発中のSMR「THE BWRX-300 SMALL MODULAR REACTOR」(公式サイトより)

私は大変であっても後者の道を進んでほしいと願う。1990年代まで日本企業は家電、ITなど多くの産業で、商品そのものを提供し、利益と注目を集めた。それが今、新興国の追い上げで商品のシェアが奪われ、部品供給にシフトしている。商品そのものを作らないと、目立てないし利益率も乏しいことは、今の日本の製造業の衰退を見ればわかる。

日本は1954年に米国から原子力発電を導入した後で、「原子力技術国産化」の道を選択した。西側では米国から技術を買い続けることを選んだ国もあった。この国産化は最初には苦しかったが、日本の原子力産業と学術の成長に貢献する大きな利益をもたらした。新型炉を今国産化することは、日本の原子力再生のきっかけになるかもしれない。

さらに心理上の問題がある。冒頭の堀江氏の発言に戻るが、新しい、ワクワクすることをしないと、ビジネスも社会活動も注目を集めない。その結果、多くのチャンスを失う。今の日本の原子力は後ろ向きの話ばかりで、関係者は揃って社会の批判を恐れて萎縮している。新型炉でも「日本ではできない」と、諦めムードがある。それを変えなければいけない。

「このままではいけない」と原子力の再生を目指す動きが日本国内で今、いくつか生まれている。新型炉はそうした動きをまとめる具体的な見えるモノ、旗印になることができる。日本製の原子力技術、新型炉が世界で使われ、世界と日本に大きな経済的な利益をもたらすことを、私は期待している。国内では古くなった原子炉の建て直しが問題になっている。リプレースに新型炉を使うことを最初の建設案件にできるはずだ。

「今こそ論じたい「自由を守るエネルギー政策」」という3回の連載で、東電の原子力事故以来、社会の議論からすっぽり抜け落ちたエネルギーをめぐるビジネス・産業振興と経済安全保障の論点を取り上げた。

SAKISIRUに集う読者の皆さまのような第一線に立つ人々が、日本のエネルギーをめぐりこの論点から現実的な議論を深めてほしい。それが広がれば、今の日本での政策の混乱、そしてエネルギー・原子力産業という「金の卵を産む鶏」を絞め殺すかのような愚行を止められる。日本の未来のために、今が変えられる最後のチャンスだ。(終わり)