最近の価格高騰は鉄道業界にも影響を及ぼしている。物価上昇と燃料や電力価格の上昇により鉄道会社を中心に値上げを表明するケースが多い。平成元年からきっぷの料金は値上がりをしたが、これまでの値上がりでは、鉄道会社の取り分はさほど増えていない。値上がりした料金分はどこに消えたのか? 値上がりした正体に迫る。
文/写真:古川智規(バスマガジン編集部)
運賃と料金は似て非なるもの?
制度的な話になるが、日本の鉄道では運賃と料金は別建てだ。運賃は人を運送するための値段だ。料金はそれ以外の例えば急行料金や特急料金、グリーン料金や寝台料金のことで運賃と合算してきっぷの発売額が決まる。
この制度の利点は目的地までの運賃は通しで計算されるので長距離逓減で安くなることである。
私鉄でも特急料金は不要だが座席指定料金が存在する例や、ライナー券のように座席定員制の列車で発売する乗車整理券扱いの例もあり、これらはすべて「料金」である。本稿ではこの料金のうちグリーン料金とA寝台料金に課税されていた通行税の話である。
海外では特急運賃、急行運賃のように列車別かつ区間別の発売が多い。わかりやすいのが利点だが、乗り換えると運賃計算が打ち切られ高くなることがデメリットだ。
このような鉄道には独特の運賃・料金制度があり、例えばバスの運賃は路線であろうが高速であろうが、グリーン料金に相当するものは当時はなく、よってバス運賃に通行税が課税された例はない。
もっとも近年では2-3クラス制の夜行高速バスが存在するが、現在では一律で消費税のみが課税されるためクラス別運賃があっても特に問題はない。
ぜいたくは敵だ! から始まった税金
通行税は物品税とともに平成元年に導入された消費税導入にともない廃止され、現在は存在しない税金だ。もともとは戦前に戦費調達のためにいわゆる「ぜいたく品」に税金を掛ける暫定的なものだったものが、いつの間にか財源不足を理由に恒久化された。
物品税は例えば舶来(輸入品のことを昔は舶来品といった)の洋酒等に掛けられていて、ウイスキーやブランデーは高かった。日本人の渡航が自由化されると物品税が免税になる免税店でお酒は飛ぶように売れ、海外旅行の定番になった。
通行税はさまざまな変遷を経て、最終的にはぜい沢なグリーン車・A寝台車や1等・グリーン船室、航空券に1割の税率で課税されていた。よって前述した「通行税1割共」という表記のきっぷはグリーン券に限っての話だ。
通行税の廃止でグリーン料金は安くなった
通行税が存在した時期においては運賃には課税されていなかったが、消費税の導入で一律3%の税金がかかるようになり、同時に通行税は物品税やトランプ類税とともに廃止された。
これにより運賃・料金設定によりきっちりではないにしろ、乗車券や急行券・特急券は3%の値上げになる一方で、通行税が課税されなくなったグリーン券は消費税との差し引きでおおむね7%の値下げになった。
時はおりしも一億総中流時代だったので、物品税が高かった3ナンバーの普通乗用車(5/7ナンバーの区分は小型乗用車)が飛ぶように売れ、旅行の際にグリーン車や航空機を普通に利用する人が増え、前後して全車グリーン車のお座敷列車や欧風客車等のいわゆるジョイフルトレインが多数登場し、旅行ブームに拍車をかけた。
あれあれ?何かおかしいぞ?
ここまでは良かったが、日本は長引くデフレ不況に陥り回復できないまま、規制緩和が無秩序に行われた結果、運輸業は競争力を失い運賃の値上げができなくなり、よって従業員の待遇も上がらず、安い運賃のまま運ばざるを得なくなった。
国民は値上げされない運賃に文句こそ言わないが、気が付けば何十年も所得が上がらない状態になっていた。
ところが消費税の税率が5%、8%と上がり続け、とうとう10%になってしまった。消費税率の是非については趣旨から外れるために言及しないが、よく考えると昔の「通行税1割共」と同じになってしまっていた。
全体では税金で値上げ
通行税1割はグリーン車が対象だったものが、消費税10%は運賃にも料金にも課税されるので、特にきっぷに表示はないものの運賃・特急料金・寝台料金・グリーン料金すべてに10%の税金がかかっていることになる。
平成元年の消費税導入時と比較してトータルで値上げになっていることに気が付けるのは、通行税を知っている主に昭和生まれの人だけだ。
鉄道会社の取り分としての運賃・料金は実はさほど変わっていない。しかし発売額としては税金分が上乗せされて何度か値上げされている。税制というものは一度決められてしまうと、よほどのことがない限りはなくなることはない。
それどころか時限税制であっても忘れたころには期間が延々と更新され続け、または恒久税になっているケースも多い。
納税は国民の義務
納税は国民の義務であり、国民が行政サービスを受けるために税金は必要なものなので、それ自体に文句がある国民はいないはずだ。しかし何十年もかけて結果論だとしても税金のためだけに値上げされたのではたまったものではないというのもまた正直な感情だろう。
将来、消費税が10%を越えた時に通行税を廃止してもトータルで考えれば「取れる」と踏んだのかどうかは今となっては分からないが、当時の報道は「グリーン車が安くなる」の一辺倒だったことを考えるとまんまとやられたなという感じはする。
これが鉄道会社の収入になる値上げなのであれば、何十年も変わっていない運賃なので仕方がない面はある。しかし税金転嫁だけで値上げしても鉄道会社は何の得もない。
できる企業努力は経費削減だけなので減便や減車はすでにやり始めている。他にもみどりの窓口を削減したり駅の時計を撤去したりと、そこまでしなければならないほどの事態なのかと思ってしまう。
今回は通行税と消費税にスポットをあてたが、このような例はいくらでもある。実質的に税制の原案を決める官僚については国民が選ぶことはできないので、結局は政治家を選ぶことがいかに大切な国民の権利であるのかが分かる一例なのだろう。
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