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日本では、長らくスタートアップへの投資に普通株が用いられてきましたが、前回の拙稿のとおり、近年、優先株の普及が進んでいます。しかし、シード期(起業前から起業直後)の投資において優先株を用いることは、経験の乏しい起業家には理解しづらい面があります。

また、優先株を発行すると開催が必要になる「種類株主総会」については、やはり起業家には理解しづらく、その開催が負担になる他、種類株主総会の開催を忘れた場合、後に上場審査においても問題となり、それが理由で上場できなかった会社もあります。

では、優先株式には具体的にどのような問題があり、その問題をクリアする手段としてどんなものがあるのでしょうか。

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シード投資での優先株の難しさ

シード期の次の、いわゆるシリーズA以降の投資において優先株の利用が広がってきたことは、シード投資のあり方にも影響を及ぼしています。

例えば、シリーズA以降の投資における優先株の普及により、普通株をバリュエーション(企業価値評価)なしで保有している起業家(経営者)と、優先株を保有する投資家が、M&Aでのイグジットで一定のリターンを得る一方、優先株より前に普通株で投資をしたシード投資家のみが損失を被るケースが発生する可能性が生じました。

とはいえ、シード投資において優先株を利用するのは、種類株主総会の負担と開催失念リスクを考えると、まだ難しいと考えている人が多いのが現状です。

そこで、シード投資において(単なる)普通株でもなく、優先株でもないさまざまな投資方法が検討されるようになりました。

また、シード投資家の側にもう1つ「普通株でも優先株でもない投資方法」を必要とする事情もあります。それは、シード段階でバリュエーションを固定したくない(できない)と考えるシード投資家の存在です。

バリュエーションを固定したくないニーズ

少なくとも現在の日本では、すべてのシード投資家がバリュエーションを固定することを望むわけではありません。主にシード段階でプログラム的に多数のスタートアップに(いわば機械的に)投資を行うシード・アクセラレータを中心に、バリュエーションを固定し(たく)ないという要望があります。

そして、スタートアップ投資先進国というべきアメリカでのシード投資に、「普通株でも優先株でもない投資方法」が利用されていることもあり、アメリカでの投資方法を、日本法の下で実現しようとするさまざまな試みがされるようになりました。

他方、スタートアップ側においても、シード段階で投資家に、安く多くの株を渡し過ぎるケースも少なくないという問題や、逆にバリュエーションを上げ過ぎて、その後の調達に苦労するケースもあります。その意味では、スタートアップ側にも早期にバリュエーションを固定しないことについて一定の需要があるともいえます。

ただ、特定の金額にバリュエーションを固定しない資金調達方法においても、多くのケースで、「バリュエーションキャップ(VCラウンドのバリュエーションが想定以上に高くなってしまう場合の防御策として、バリュエーションに一定の上限を設けること)」がつけられているため、事実上、バリュエーションを固定しているケースと大差ないのが実情です。また、バリュエーションキャップが低過ぎたり、「ディスカウント」が大き過ぎたりすると、起業家・スタートアップは結局「シード段階で安く多くの株を渡し過ぎる」ことになってしまうので注意する必要があります。

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普通株でも優先株でもない投資方法

普通株でも優先株でもない投資方法として、新株予約権を有償で発行してその対価でシード資金を調達する「日本版コンバーティブルエクイティ」と呼ばれる方法が採用されるケースが出てきました。その代表例が、アメリカ発祥VCの日本向けファンド「500 Startups Japan」が公表している「J-KISS(簡単に早くシンプルに資金調達するための投資契約書)」です。

J-KISSを活用することでスタートアップは、有償で発行される新株予約権の対価として資金調達ができます。一方、投資家は、次回の資金調達時に新株予約権を行使して株式(優先株を想定)に転換します。なお、新株予約権の行使価額は1円に設定されているため、新株予約権の行使時には資金調達の必要は事実上ない設計になっています。

この方法でスタートアップが最も注意すべきポイントは、バリュエーションキャップとディスカウントです。

◎バリュエーションキャップ

新株予約権でバリュエーションを固定せずに資金調達する場合、次回の資金調達のバリュエーションに合わせることになるのが基本です。しかし、次回の資金調達のバリュエーションが高くなり過ぎると、シード段階で大きなリスクを取って投資したにもかかわらず、シード投資家が得られる株数は少なくなり過ぎ、合理的(またはフェア)ではないケースが発生します。

そのため、次回の資金調達のバリュエーションが一定額を超える場合は、あらかじめ定めておく上限で株式に転換するのが「バリュエーションキャップ」です。これは新株予約権で固定されたバリュエーションと全く同じものでありませんが、スタートアップ目線では事実上大差ないのが実情で、このバリュエーションキャップの価格をいくらに設定するのかが最大の交渉ポイントになります。

◎ディスカウント

新株予約権でバリュエーションを固定せずに資金調達する場合、次回の資金調達のバリュエーションと全く同じにするのは、シード投資家がより早期の段階で大きなリスクを取って投資していることを考えると、合理的(またはフェア)とはいえません。

そこで、次回の資金調達のバリュエーションよりもある程度割り引いたバリュエーションで、新株予約権を株式に転換するためのものが「ディスカウント」です。通常、割引率は10%~20%に設定されていることが多くなっています。

私が以前取締役を務めたリアルワールドゲームス株式会社において、実際にコンバーティブルエクイティを実施してみて、次のようなメリットとデメリットを感じました。

まずメリットは、業務提携に伴うブリッジファイナンス(新しいファイナンスを行うまでの橋渡しとしての短期融資)がやりやすいこと。また、普通は業務提携契約のタイミングと資金調達タイミングが合うとは限りませんが、コンバーティブルエクイティであれば、ディスカウントを調整する程度で基本的には前回と同じ条件で締結できます。また、優先株や投資契約書がいろいろついた普通株と比較して弁護士費用が安い点もメリットに感じました。

一方、デメリットは、半数くらいの投資家(銀行系VC等)が対応していないことです。

起業家が不利な条件を飲まされないために

コンバーティブルエクイティは、特に起業家の方が、仕組みはもちろん、メリットデメリット含めその内容をしっかりと理解していれば、投資家起業家双方にとって有益な手法だと思います。

しかし実際は、起業家のファイナンスリテラシーが低く、資金調達実施に際して投資家と交渉できない方も多く、投資家から提示された条件をそのまま受け入れることで起業家に不利な条件を飲まされ、後悔先にたたずになってしまう事例が多々あります。

コンバーティブルエクイティを用いた資金調達実施に際しては、最低限、仕組みはもちろん、メリットデメリット含めその内容をしっかりと理解しましょう。特に前述のバリュエーションギャップとディスカウントについては最低限理解し、起業家にとって不利な条件を飲まされないように投資家と交渉することが重要です。