ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説してくれると好評だ。
第五回目は、大きな話題となったホンダとソニーのEV提携、その背景とそれぞれの「狙い」を読み解きます。
※本稿は2022年3月のものです
文/中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)、写真・画像/HONDA、SONY ほか
初出:『ベストカー』2022年4月26日号
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■ソニーの狙いは米アップルの「蹉跌を踏まない」こと
ホンダとソニーのEV事業における新会社設立という電撃的ニュースに、多くのファンが興奮を隠しきれなかったことでしょう。その背景や狙いを解説します。
今年のCES(米国のテクノロジーショー)において、ソニーはモビリティとEV事業への新規参入意向を表明済みでした。
同社は伝統的な自動車メーカーと提携し、2024~2025年頃には市場参入の戦略をとる公算が高いとみられていました。それは宿敵の米アップル社の蹉跌を踏まないことが狙いです。
アップルのEV事業開発である「タイタン計画」は、2016年に鳴り物入りで始まったのですが、ソフトウェア/ハードウェア双方の自社開発にこだわった結果、参入は大幅に遅れています。
ソニーはこの隙にどうしても先手を打ちたかったと考えられます。そして、提携のラブコールを送ったホンダにその白羽の矢が立ったというわけです。
今年中に両社は合弁会社を設立し、2025年にこの合弁会社からホンダとソニーが共同開発した新型EVの発売が予定されています。
ブランド名、販売方法などの詳細は今後詰めていくことになりますが、ハードウェア開発、製造、メンテナンスはホンダ、センサー技術、マルチメディア開発、サービスプラットフォームはソニーが担当していくことになります。
■ではホンダにとってのメリットとは何か?
大きなポイントは「MaaS(モビリティサービス全般)向けプラットフォーム」はソニーが単独で開発し、新会社にサービスを提供するところです。
これこそが、ソニーが目指すモビリティ事業のハブとなります。モビリティ領域のデータを支配し、循環型の課金ビジネスを有するプラットフォーマーを目指していると言えます。
ではホンダのメリットとは何なのか?
「変革の波に乗り、モビリティの進化をリードしたい」と会見で三部社長は述べましたが、車両を受託製造してメンテナンスを提供するという伝統的な付加価値では、とても進化をリードするという形には程遠いのです。
合弁会社がチャレンジするサービス指向の次世代EVには、クルマのインカーと無限に広がるアウトカーとの間に、とても複雑で大規模なネットワークが形成されます。
これを単純化し、魅力的なサービス指向アーキテクチャ(サービスオリエンテッドアーキテクチャ:SOA)をすでに提供してきたのがテスラであり、急成長を遂げる中国の新興ブランドです。
トヨタ、GM、VWはSOAを提供できる自前のビークルOSを開発中で、2025年にも実装する計画です。
クルマはITのデバイスへと進化し、「つながる」という新しいビジネスとカスタマー体験ソフトウェアが勝負どころに変わっていくのです。
ホンダ固有での次世代車開発を考えた時に、ネットワーク、データ、人工知能といったソフトウェア領域でやや力不足の感が否めません。
ソニーはこの領域で優れたIT企業です。ホンダは不可避なリソーシスを補完することが可能となるでしょう。
■最重要なのは「ホンダからは生まれない世界」
最も大切なポイントは、ものづくり企業としてホンダ固有ではまず生まれない、斬新な発想とタブーへの挑戦にあると考えます。
ゲームやエンタメの思考で次世代車にチャレンジするのがソニーカーであり、新サービスを提供し課金するのが、ソニーが設立するMaaS向けプラットフォームです。
このなかで、斬新な発想、冒険心などソニーの車両企画には、安心・安全を根本思想とするホンダからは生まれない世界があるはずです。
自動車会社とIT企業が対立構図に立った時代は終焉していると考えます。現在はパーパス(究極目的)を共有し、互いの得意領域を融合させる時代。それがスマホとは違う、自動車産業のモビリティへのデジタル革命と言えます。
ホンダとソニーは同じ時期に創業され、本田宗一郎と井深大というカリスマ創業者が町工場を世界的企業へ飛躍させた歴史的な親和性、文化的なシンクロがあります。
国内産業では久々に明るく希望を感じる企業連合といえるでしょう。
●中西孝樹(なかにしたかき):オレゴン大学卒。1994年より自動車産業調査に従事し、国内外多数の経済誌で人気アナリスト1位を獲得。著書多数
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