世界の流れである“脱炭素の波”に乗り、EV戦略を確実に推し進めるBYDやファーウェイといった企業。NEV(新エネルギー車)を次世代産業の核として動く政府。……中国という国の“EVの実像”が掴めてきた短期集中連載の最終回。
現状、EVの開発力や規模で遅れをとっている日本にも“反攻に転じる動き”がある。突破口はどこにある?? そして果たして勝者はどちらだ!!?
※本稿は2022年10月のものです
文/近藤 大介、写真/ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2022年5月10日号
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■「EV2000万台時代」を見据え充電インフラの構築に乗り出し始める中国
今年1月10日、中国の10省庁(国家発展改革委員会、国家エネルギー局、工業情報化部、財政部、自然資源部、住宅都市建設部、交通運輸部、農業農村部、応急部、市場監督管理総局)が連名で、通称「53号通知」を発令。中国経済界で、ひとしきり話題を呼んだ。
この通知のタイトルは、「電動自動車の充電インフラサービス保障能力をさらに引き上げることについての実施意見」。
要は、中国政府が今年、急ピッチでEVの充電インフラを全国的に整備していくという宣言だ。
長文の「通知」には、次のような記述がある。
* * *
「国務院(中央官庁)弁公庁のNEV(新エネルギー車)産業発展計画(2021年-2035年)に関する通知」を全面的に貫徹実行するため、NEV産業の発展を支えていく。
充電インフラの突破口を築き、新型の電力システムを構築していく。2030年に二酸化炭素排出量のピークを迎え、2060年にカーボンニュートラルを実現するという目標実現の助力にしていく。
2025年末までに、我が国のEVの充電保障能力をさらに引き上げ、より快適で均衡が取れ、スマート機能が有効となる充電インフラシステムを作り上げていく。
それによって、2000万台のEVの充電の要求に、応えられるようにしていく。
* * *
このように、中国は早くも「EV2000万台時代」を見据えた充電インフラの構築に乗り出し始めた。
■今年1~2月、NEV(新エネルギー車)の販売台数は前年同期比154.7%増
それとともに、EV市場も急速に広がりを見せている。
中国自動車協会の発表によれば、今年1月と2月の合計のNEV販売台数は、76.5万台に達した。前年同期比154.7%増である。純粋なEVの乗用車を見ても、1月と2月の合計で58.1万台を販売しており、前年同期比138.0%の増となる。
中国は同時に、EVを製造するのに必要な約2万点の部品を、なるべく国産品にしていこうとしている。
このような動きはEVに限ったことではないが、「国産化運動」は、ポスト・コロナ時代の中国の趨勢である。
ただそれでも、この先の見通しは楽観視できないという。自動車業界を取材する北京の経済紙記者が語る。
「一部でオミクロン株による経済活動の減退はあったけれども、2月中旬までは北京オリンピック景気もあり、自動車業界は好況を保っていました。
しかし、2月下旬にウクライナ危機が勃発し、それに伴う石油価格の高騰などを受けて、景気の先行きが不透明になってきたのです。
そのため中国のEV市場も、今後は一時的に頭打ちになることが見込まれます」
■中国の1.8倍という世界最大の国土を持つロシアへの熱い視線
そんななか、中国の自動車メーカーが熱い視線を送っている海外市場があるという。中国の経済紙記者が続ける。
「それは、ロシア市場です。わが国の1.8倍という世界最大の国土を持つロシアは、完全な自動車社会で、昨年の自動車販売台数は、約167万台。イギリスやフランスの自動車市場を、ついに追い抜きました。
ロシア市場における中国車のシェアは、2011年は2.5万台前後にすぎませんでしたが、昨年は10万台近くに達しました。
今年1月のロシアの自動車市場で、奇瑞汽車(Chery)と長城汽車(GWM)のクルマが、中国勢として初めてベストテン入りを果たしました」
記者はさらに続ける。
「今回のウクライナ危機、そして戦争を受けて、周知のように米欧日が、ロシアに対して厳しい経済制裁を科しました。
それによって、ロシアの自動車市場を中国勢が席巻できるという期待感が、中国の自動車業界に生まれているのです。
もちろん、部品調達や輸送などで困難を伴うことが予測されますが、それにしても『空白の167万台市場』は、ビッグチャンスです。
将来的には、ロシア人は中国のEVを運転するようになる可能性が高いでしょう」
この話を聞いて思い出したことがある。それは第3回で述べたファーウェイ(華為技術)の幹部から聞いた、こんな話だ。
「元人民解放軍の技師だった、ファーウェイの創業者・任正非CEOは、1987年に深圳でファーウェイを興し、電話交換機を売り始めたけれども、古巣の人民解放軍をはじめ、中国国内でどこにも相手にしてもらえなかった。そんな時、1991年にソ連が崩壊して、国内がメチャクチャになった」
ファーウェイの幹部に関する話は、続く。
「当時のロシア人は、多少オンボロでもいいから、とにかく安い商品を求めていた。そこで無名だったファーウェイは、ロシア市場に打って出て、格安の電話交換機を売りまくった。これが、ファーウェイの海外進出の第一歩だった。まさに、他人のピンチは我がチャンスなりだ」
ウクライナ危機、戦争というピンチをチャンスに変えようとするところは、中国商人らしい発想だ。
■いっぽう昨年GMを抜いて全米販売台数1位のトヨタ。しかし…
翻って、中国ウォッチャーの私から見た日本の自動車業界の話を少ししたい。
今年1月5日の『日本経済新聞』夕刊の一面記事は、興味深かった。まず右肩の一面トップ記事の見出しは、こうだ。
〈トヨタ米販売 初の首位。昨年90年君臨のGM抜く〉
記事の内容は、トヨタの昨年のアメリカ市場での新車販売台数が、米ゼネラル・モーターズ(GM)を抜いて、海外の自動車メーカーとして、初めてトップに立ったというものだ。
トヨタは前年比10%増の233万2000台。対するGMは、221万8000台。GMは1931年にフォードを追い抜いてトップに立って以降、初めて首位の座を明け渡したのだという。
この記事を読むと、1960年代にアメリカ市場に参入したトヨタが、半世紀以上に及ぶ苦節を経て、ついに「自動車の本場」であるアメリカでトップに立った。トヨタは凄い、トヨタは偉いと思えてくる。
ところが、その左隣の2番手の記事の見出しには、こう書かれていた。
〈ソニー、EVで新会社 今春設立 事業化を本格検討〉
こちらは、ソニーがEV市場に参入するという第一報だ。米ラスベガスで開催中(※記事執筆当時)のテクノロジー見本市「CES」で、ソニーの吉田憲一郎社長が、EVを事業化する新会社「ソニーモビリティ」の設立をブチ上げたのだという。
同記事はこう記している。
〈従来、米テスラが先行し、既存の自動車大手やスタートアップ企業が追い上げる構図だった。ソニーグループなど、他の分野で実績を積んだ企業は「第三極」となる。
(中略)吉田社長は記者会見で「センサーやクラウド、5G、エンターテイメント技術、コンテンツを組み合わせる必要がある」と指摘した。
ソニーグループはこうした技術を一社で手がけており、「モビリティを再定義する好位置に付けている」と強調した〉
この発表を受けて、ソニーの株価が一日に5%も上昇したという内容で、記事を結んでいた。
■「未来のクルマ」を「ガソリン車の延長」と考えない国が勝者となる
このトヨタとソニーに関する記事は、いずれも「アメリカ発」のニュースであり、日本を代表する両社を肯定的に捉えた記事だった。
そこで私は、『日経新聞』を両手に持って、左右の記事を見比べながら思案したのだ。果たして「EV戦争」の勝者となるのは、トヨタだろうか、ソニーだろうか?
どちらかの株を買えと言われれば、私ならソニー株を選ぶ。
なにせ株式の時価総額で見た場合、いまやトヨタばかりか、日本車7社を合計しても、創業して20年未満でEVしか作っていないテスラの半額程度にすぎないのだ。
これは、市場がすでに既存の自動車メーカーを見限っていることを意味しないだろうか?
そんなことを思っていたら、3月4日に「続報」が飛び込んできた。
ホンダとソニーが今年中にEVの合弁会社を設立し、2025年にEVを発売するというのだ。
両社の創業者である本田宗一郎と井深大が生涯の友だったことを鑑みれば、両社の「邂逅」は肯ける。いや、もし本田&井深両氏が健在ならば、もっと早期にタッグを組んだことだろう。
EVをガソリン車の延長と考えるホンダと、エンターテイメント空間の延長と考えるソニーは、発想と立場が異なる。それでも、相乗効果を生むだろう。かつ、自動運転が普及するまではホンダが主導し、普及後はソニーが主導していく気がする。
いずれにしても、来たるEV時代、自動運転時代においては、「既存の自動車メーカーvsIT系企業」、「日本vs中国」という二重の戦いが、いっそう熾烈になっていくのは間違いない。
5~10年後に自動運転時代が本格化していけば、現時点で予想するかぎり、「IT系企業>既存の自動車メーカー」「中国>日本」となる可能性がある。つまり、「日本のガソリン車の王者」が敗者になるということだ。
なぜなら、中国やIT系企業は、未来のクルマを「ガソリン車の延長」ではなく「走るスマホ」「スマートシティの一部」と捉えているからだ。
スマホ製造で日本メーカーは敗北して久しいし、スマートシティで世界の最先端を走っているのは、中国のファーウェイだ。
日本の自動車メーカーには、この先も先頭を走り続けてほしい。そう強く思う。ホンダとソニーの合弁会社設立は、日本の自動車メーカーが生き残るためのひとつの「解」なのかもしれない。
●近藤大介…1965年生まれ。東京大学卒業、国際情報学修士。講談社『現代ビジネス』『週刊現代』特別編集委員、編集次長。主著に『ファクトで読む米中新冷戦とアフター・コロナ』(講談社現代新書)、『アジア燃ゆ』(MdN新書)ほか
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