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今回は数年前にT医大で起こった不適切入試問題と、前の記事で触れた牛丼大手Y社がひきおこした「生娘をシャブ漬け発言」事件の類似性を見ることにします。

この事件、覚えてられるでしょうか……匿名にしといて「覚えてられるでしょうか」もないもんですが、私としては、直接糾弾したいもの(たいていは“朝日脳”系ですが)以外の旧悪を暴くときは、匿名にすることにしています。

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T医大問題、刑事事件の本質は?

ただ、T医大とよく似た名前の国立大学が別にあるので、ウッカリ匿名にすると、迷惑をかけかねないのも困ったもんです。この事件でも、誤報をしたメディアがあったようでした。そういえば私の父(医師)は、T医大をもうひとつの大学と区別するとき、「鎌倉大仏」と呼んでいました。「シカのいない方」だからです。

記事を書くにあたって、「見返りを受けて、特定の学生を不正に入学させた収賄が本筋で、女性差別云々では刑事捜査すら行われていないのに、メディアの扱いが雑で、こちらばかりが印象に残っている」という構図を想定していたのですが、実際はもっとずっと複雑なものでした。

まず、大学幹部が起訴されたのは収賄ではなく贈賄でした。なぜだかわかりますか。また、女性差別の問題にしても、未だに大きな謎が残っています。順に見ていきましょう。資料としては、争いのない明白な事項はウィキペディアを、いまだに事実関係のはっきりしない問題は、第三者委員会の調査報告書(第一次第三次=最終)など最も信頼できそうな資料を、その都度引用します。

ことの始まりは、一受験生の不用意なSNS発信でした。入試直前に海外旅行をしている話や、結果発表前なのに、「浪人してよかった」とか「たぶんT医科大(原文実名)行きます」などと合格宣言をしたりして、「何かある」と嫌疑をかけられて炎上。東京地検特捜部まで動き出し、父親である文部科学官僚と大学側の幹部2人が逮捕されました。

このあと「裏口的な合格者がこの年度だけで10人以上いる」とか、「とばっちりで不合格になった歴代の受験生は何千人単位でいる」とか、まあ出るわ出るわという状況の中で、「女子と浪人が不利になる点数操作をした」ことが発覚し、さらに少なからぬ他大医学部でも同様の問題が噴出。この論点に、メディアの記事や論考が集中したことで、この事件はすっかりジェンダー差別事件ということになってしまいました。

ではなぜ、大学幹部は贈賄(しつこいようですが収賄ではありません)で捕まったのか。その受験生の父親が「T医大が文部科学省の私立大学支援事業の対象校に選定されることの見返りに、自分の子を大学入試で合格させてもらった」のが、公務員による不正な職務の執行で賄賂事件になったからです(参照:朝日新聞)。刑事事件としての本質は、裏口入学ではなくその見返りに不適正な職務が行われたということです。そして、数ある不正な得点操作のひとつとして、浪人と女子の一律減点という手口が判明したわけです。

調査報告が世間の目を逸らしたこと

法的には、女子に不利な入試自体は大学の裁量の範囲内で、事前にそれが公表されていなかったことのみが問題だったわけで、まあ、東京女子医大の存在を考えても、ある意味では当然の話です。極論をすれば、入学者の選抜を抽選にしようが入札にしようが、公然とやっている限りはその大学の自由です。ただし、受験生や文科省(や厚労省や患者)が、そうした大学(とその付属病院)をどう評価するのかは、また別の問題です。

ですから、事件の調査報告書でもかなりの紙数をさいて、憲法や教育基本法(大学のことで出てくるのはまれ)からT医大の教育理念まで持ち出し「なぜジェンダーによる差別はいけなかったのか」を説明するのに四苦八苦しています。自明の事とするわけには行かなかったのでしょう。

そして、女性差別に話を集中することで、寄付金による裏口入学というより言い訳のしにくいことから、ちゃっかり世間の目をそらしてしまいました。「生娘をシャブ漬け発言」事件で、牛丼大手Y社がとった対応と同様のものを感じます。

けれども、医学部の場合、適正な受験生を不合格にするよりも、不適正な受験生を合格にするほうが、後々を考えたら、よほど実害が大きいように思うのですが。

今回は刑事事件にならなかったのみならず、民事でも消費者保護の発想で議論が進められました。つまり、差別があることを事前に告知しなかったのは、鶏肉をビーフと表示して売るのと同じだという議論です。鶏肉自体を問題にしているのではないのです(入試のカンニングは犯罪、裏口入学は合法扱い)。

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女子と浪人は“とばっちり”だった?

一方、この事件、T医大が意図的に女子受験生を差別していたと言うよりは、裏口入学者に枠を空けるために、女子と浪人にとばっちりが行ったと言うべきだと思います。根拠を示しましょう。

まず、こういう入試差別をすることでT医大にどんなメリットがあるのかが、はっきりしません。

よく言われるように出産・育児でキャリアに空白ができがちな女医は、ある種の外科など手技で勝負するような専門医にはなりにくいのかも知れませんが、逆に産婦人科・小児科などは女医にアドバンテージがあるのも事実です。

女医には難しいとされる専門科は一部だけなのですから、「操作をやらないと、合格者のほとんどが女子になる」という状況でも無い限り、得点調整をする意味は少ないでしょう。実際には約40%いた女子受験生を30%以下の合格に絞るという細かい話ですから、「おかげで脳外科医のなり手が確保できるようになった」ということでもなさそうです。

また、地方の「ぽつんと一軒家型医大」と違い、T医大のような都心の大学の卒業者は、初期研修・後期研修・就職の各段階で全国の病院に散って行きます。デキのよい学生は「奈良大仏」の医局を目指したりもします。そのため、少しばかり入学者に男子が増えたとしても、彼らが6年後にT医大に残るかどうかはわかりません。

けれども、T医大だけでなく日本の医療を考えると、また別の構図が見えてきます。

本質は、国民に迫る究極の選択

今回の事件にからんで、T医大のみならず少なからぬ大学の医学部が女子と浪人を冷遇していた事実が発覚したわけです。普通に考えたら何らかの申し合わせがあったのではないかと思えるのですがどうでしょう。まさか、厚労省の暗黙の指示による「官製談合」ではないでしょうが、外科系の学界など何らかの大学横断的な組織の意図が働いた可能性を考えてみるべきだったように思います。

おそらく彼らは、こうした不公正な得点調整は、特定分野の医療スタッフの確保のための必要悪と思ってやっているわけでしょうから、こそこそやらずに、堂々と表に出て「もっと男子医学生が必要」とはっきり言うべきです。

あるいは、問題の背景には明らかに専門医の不足と過重労働があるのですから、外科の診療報酬を大幅に引き上げるなどコストをかけて人を集めるのが本筋です。今後、高齢化で医師不足が進行するのですから、女医に務まらないような職場には男性医師もいずれは来なくなるはずです。

この見立てが正しいのなら結局は、国民が「医療費負担の増額」か「必要悪としての女性差別」かの、どちらを選ぶかという話になりそうです。メディアの論調では、何となく医師は高給取りのように思われていますが、激務と重要性を考えれば少なくとも新聞記者よりは薄給なのではないでしょうか。

さて一方では、T医大(特に2018年入試)は「必要悪(という考え方がある)としての女子冷遇」を大幅に超えたレベルの女性差別が行われていたように思います。次回は入試の経緯を見ながら、本当に事件の最大の本質は差別なのかを見ていきたい思います。

いずれにせよ、この手の差別問題がおこったとき、なぜそれがおこったのかと、差別以より重要な問題(例えば今回なら「裏口組はその後どんな医者になったか」)を見落としていないかというような分析的な視点を持つようにしたいものです。

「ジェンダー差別けしからんぞ、まだまだ日本は後れている」などとワーワー騒ぐことが社会的に意味のあった時代はもうかなり前に終わっています。ただし、そうした冷静さを、“朝日脳”搭載の既存メディアに求めるのは無意味でしょう。騒いだ方が売れるから。