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 2020年に渋谷区の路上で女性のホームレスが頭を殴られて死亡した事件の吉田和人被告(48)が4月8日に死亡した。自殺と見られる。男は傷害致死の罪で起訴され、保釈中だった。罪を犯し、刑罰を受けることなく被告が死亡するという形で事件は幕引きされることになった。果たして保釈が正しかったのか、やりきれない思いが残る。

■「彼女が邪魔だった」で襲撃

死亡した吉田被告(ANN news CH画面から)

 吉田被告は8日朝、渋谷区の自宅近くの路上で死亡しているのが発見された。警視庁では近くの建物から飛び降りて自殺を図ったとみて調べている(読売新聞オンライン・バス停で路上生活の女性殴り死なせた被告、保釈中に死亡)。

 吉田被告が起訴された事件は2020年11月16日深夜に発生した。渋谷区幡ヶ谷の「幡ヶ谷原町バス停」で座っていた住所不定の大林三佐子さん(当時64)の後頭部を石を詰めたペットボトルで殴り死亡させたというもの(参照・美しきホームレスの死に感じる世の不条理)。

 吉田被告は犯行の動機を「自分はボランティアでゴミ拾いをしていて、彼女が邪魔だった。(犯行)前日の散歩の途中、『お金を渡すからバス停から移動してほしい』と話をしたが、聞き入れてもらえなかった」と語った(文春オンライン・〈被告死亡 自殺か〉渋谷バス停・64歳女性ホームレス殺人 “46歳ひきこもり犯人”は「窓から見える景色が僕の全世界なんです」)。

 何とも身勝手な言い分で、こんなことでこの世を去らなければならなかった大林さんの無念を思うと、胸が締め付けられる思いである。

 大林さんはかつてアナウンサーを志望し、劇団にも所属した、明るく活発な女性だった。様々な職を経験した後、スーパーの試食販売の仕事を始めたが家賃を滞納して住所不定となり、新型コロナウイルスの感染拡大で仕事が減ったせいか、最後は京王線笹塚駅近くのバス停で夜を過ごすようになり、凶行の被害者となってしまった。

 試食販売の際には、何度も試食する男の子にも笑顔で手を振っていたという心優しき女性であったという。死亡当時の所持金は8円だった(NHK事件記者取材note・ひとり、都会のバス停で~彼女の死が問いかけるもの)。

■保釈認めた判断の妥当性

24歳の頃の大林三佐子さん(NHK事件記者取材noteから)

 事件当時、当サイトがこの件は報じたのは、同じ時代を生きてきた者として、とても他人事とは思えなかったから。アナウンサーを目指し、劇団にも所属と前向きに生きてきた女性が64歳でホームレスとなり、理由にもならない理由で命を奪われる、このような不条理があっていいのかという思いがした。

 吉田被告は傷害致死で起訴されたが、傷害致死で起訴されたということは、殺人の故意は認められなかったということであり、傷害致死の法定刑は3年以上の懲役である(刑法205条)。

 60歳を越えた女性の後頭部を石を詰めたペットボトルで殴打すれば死に至ることは予想できたのではないか。少なくとも「死んでも構わない」「死ぬかもしれない」という未必の故意は認められたのではないかと思うが、そのあたりの検察官の判断は分からない。

 傷害致死でも殺人でも、被告人が死亡した場合は、決定で公訴を棄却しなければならず(刑事訴訟法339条1項4号前段)、吉田被告は刑事責任を科せられないまま、裁判は終結することになる。その点に釈然としない思いは残る。

 吉田被告の場合、傷害致死で短期3年以上の懲役のため、必要的保釈(同89条)の対象とはならず、裁量保釈(同90条)により保釈されたことになる。

写真はイメージ

 どちらにせよ、保釈という制度は「人身を直接に拘束することは避けつつ、逃亡や罪証隠滅など保釈の取消事由が発生した場合には、保釈金を没収するとの精神的・経済的負担を与えて、被告人の公判廷への出頭を確保する」(新・コンメンタール刑事訴訟法 第2版 後藤昭・白取祐司 日本評論社p195)ものである。

 保釈の結果、被告人の公判廷への出頭を確保できなくなったのであるから、保釈を認めた判断はどうだったのかということになる。

 「無罪推定原則の適用を受けている有罪確定前の被告人が、可能な限り通常人と同様の生活状態におけるようにして、人身の自由に対する制約をできるだけ小さくして社会生活上の負担を緩和することが期待できる。」(同)という制度趣旨は理解できるが、こうした事態に至ると、加害者の人権には敏感で、被害者とその遺族への思いが軽んじられているという思いを拭い去ることはできない。

 吉田被告の死が事故なのか自殺なのかは分からない。もし、自殺だとしたら、大林さんを死に至らしめ、その刑事責任を果たすことなく自らの命を絶つ行為には怒りを覚える。罪に向き合って死者の冥福を祈り反省の日々を過ごすことが、凶行に及んだ者の最低限すべきことと思う。

■ゴーン被告保釈という大ミス

都会の中で消された命(写真はイメージ)

 保釈制度で言えば、日産自動車の最高経営責任者だったカルロス・ゴーン被告が、保釈中に国外逃亡し、事実上、刑事責任を問えなくなったという不祥事があったばかり(参照・ゴーン被告が出国 毎日新聞「これ以上、勾留の必要ない」報道の責任は?)。

 この時も検察官は逃亡の恐れがあるため、保釈には強く反対していたのを押し切り、東京地裁は保釈を決定した。

 今回の件は逃亡ではないが、公判廷への出頭を確保できなくなったという点では変わりはない。

 2016年(平成28)に刑事訴訟法が改正され、裁量保釈における考慮事情が明文化されている。

【刑事訴訟法90条】

 裁判所は、保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。

 それまでは「適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる」とあったものが、考慮事情が明文化された。これは厚生労働省の村木厚子さんの冤罪事件がきっかけになっていると言われている。被告人の身体の拘束を解いた結果、自ら死を選択したのであれば、その可能性は保釈の考慮事情の中で考慮されてもよかったように思う。

 もし、吉田被告が自殺であれば、遺族にとっては、やるせない思いが残ると思う。いい加減、加害者の人権ばかり優先するような風潮は改めてほしい。

 あらためて大林三佐子さんのご冥福をお祈りします。

合掌