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中国EVの全世界を見据えた大攻勢がはじまった トヨタ ホンダ 日産… 国内メーカーはどう受けて立つ??【第1回/全4回】

「現在の世界経済の主役」、それが中国という国だ。世界の誰もが認めるその事実はコロナ禍で揺らいだが、現在は回復を遂げつつある。その一端を担うものに「EV戦略」もある。

 中国のクルマ=EVというイメージはあるが、核心部分とは何か? 2030年に向けようやく動き出した日本のEV戦略は、中国の「本気」に対応できるのか。

 中国のEV戦略について、全4回でお届けする『ベストカー』本誌による短期集中連載、その第1回。

※本稿は2022年2月のものです
文/近藤 大介、写真/Adobe Stock、ベストカー編集部 ほか、撮影/三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY ほか
初出:『ベストカー』2022年3月26日号

【画像ギャラリー】時に2003年。「EVで勝負する」と賭けにでた中国・BYD。その背景をギャラリーでチェック!(5枚)画像ギャラリー


■「野球部員たちにサッカーの練習をさせて、優勝を目指す」

 まだ2月に閉幕した北京オリンピックの興奮冷めやらぬ方も多いだろう。

 2022年の中国は、オリンピックイヤー、共産党大会イヤー、そしてEV大国イヤーである。そこで今号から4回にわたって、知られざる中国の「EV戦略」についてお伝えしたい。

 初回は、「土俵を変える」という中国人の発想について、中国2位のEVメーカー「BYD」(比亜迪)を例に取って述べる。

 まずはクイズをひとつ。

 あなたが、C町のB高校の野球部監督だったとする。隣のJ町のT高校は超強豪校で、いつも楽々とB高校を破って甲子園に進む。そんな時、T高校に勝つため、あなたならどうするか?

 必死に練習する。そのとおりだ。だがT高校も必死に練習するので、いつまで経ってもその差は縮まらない。

 J町からコーチを招く。やってみたが、一流コーチはJ町から出ない。T高校の有力選手を引き抜く。それもやったが、野球はひとりが強くても勝てない。

 B高校監督はC町と相談し、最後の手段に出た。野球部員たちに、サッカーの練習をさせたのだ。そしてT高校野球部と、サッカーの試合をさせて、優勝を目指すことにした─。

 そんなバカな? しかし現在、日中間の自動車業界で起こっているのは、そういうことだ。C町=中国、B高校=BYD、J町=日本、T高校=トヨタ、野球=ガソリン車、サッカー=EVと置き替えられる。これが中国お得意の「土俵を変える」戦術だ。

 中国はほかにも、多分野でこの戦術を使っている。

 いつまで経ってもカメラ技術で日本に勝てないので、カメラ製造を断念してスマホを作り始めた。人民元が米ドルの牙城を崩せないので、デジタル人民元を開発中だ。

ガソリン車では勝てないからEVへ──。しかし、だからといって中国が最初からEVが得意だったわけではない。現在に至るまでにどのような道筋を辿ったのか──?(Kenny WANG@Adobe Stock ※画像はイメージです)

■昨年12月から中国製電気バス4台が京都市内を走る

 こうした「チャイナ・マジック」が可能なのは、14億1300万人(昨年末時点)の巨大市場があるからにほかならない。

 中国の昨年の新車販売台数は2627万5000台で、日本は444万8340台。中国市場は日本の5.9倍で、しかも中国が前年比3.8%増であるのに対し、日本は3.3%減。つまり差は開く一方なのだ。

「全世界の自動車市場をEVに変えて、世界に攻勢をかける」──これが中国の狙いだ。

 昨年末の12月22日、京都市内を走る京阪バスが、BYDの電気バス「J6」4台の運行を始めた。

 複数台で運行する一路線の全車両を電動化するのは、日本で初めてだ。しかもそれが中国車だったため、江戸時代末期の米ペリー提督の「黒船襲来」になぞらえて、「紅船襲来」と、マスコミは書き立てた。

 その時、京阪バスの鈴木一也社長は、こうコメントした。

「価格を考えると、選択肢はBYDしかなかった」

 日本の国産メーカーの電気バスは約7000万円。それに対し、BYDの「J6」は約1950万円。まるで7割引きで買うような感覚だ。しかも自動車業界関係者の話によると、すでに質的にも、国産品を超えているという。

BYDのJ6。サイズや定員はポンチョZEVとまったく同じだが顔つきが無機質。日本でも販売中だ(出典:本ウェブ記事「BYD製「ポンチョ」登場!? LGにファーウェイもEV参入!? クルマの近未来情報3選」より)

 BYDは今後10年以内に、4000台の電気バスを日本で販売する計画だ。

■携帯電話の大量普及を先読みした、BYD・王伝福CEOの千里眼

「いまのBYDは、1965年のトヨタだ」──この言葉が私の脳裏を離れない。2018年1月、中国広東省深圳(しんせん)市にあるBYD本社で聞いたものだ。

 BYDは、漢字で書くと「比亜迪」。「ビーヤーディ」と発音する。「アジアの他社よりも道を開く」という意味に取れ、アジアでナンバー1の自動車メーカーを目指すとの気概を感じる社名だ。

 BYDは、1995年に王伝福(おう・でんふく)CEOが、深圳で創業した。

 現在55歳の王伝福CEOは、昨年のフォーブス世界長者番付で118位、163億ドル(約1兆8780億円)という途方もない資産を誇る立志伝中の人物だ。

 王CEOは1966年、安徽省の貧農家庭に生まれ、湖南省長沙の中南大学冶金学部を卒業。北京有色金属研究所で修士号を取得し、同研究所で金属を分析する研究者だった。

 この頃、中国で一世を風靡していたのが、米モトローラの携帯電話だった。今後、中国で携帯電話が大量に普及していくと見込んだ当時29歳の王氏は、携帯電話のバッテリー電池を作る会社を創業した。

 これがBYDである。

■このまま自動車開発を続けても日米欧のメーカーに勝てない

 4年前に私が本社を訪れると、王CEOと、その側近でエンジニア出身の丁海苗(てい・かいびょう)副社長が迎えてくれた。彼らは、今から約20年前の日本にまつわる興味深いエピソードを、話してくれた。

「当時、バッテリー電池を作っていた私たちは、自動車産業への進出を夢見ていました。その際、行ったのが、ダイハツのシャーリーを解体して、自動車の構造を徹底的に研究することでした。

日本車は、深く内部構造を理解すればするほど、その精巧さに感銘を受けたものです。

2003年、我々は重要な決断をしました。それは、このまま自動車の開発を続けていても、永遠に日米欧の自動車メーカーにはかなわない。

それよりも、我が社の得意分野は電池なので、電池を動力にして走るEVを開発することにしたのです。

これは大きな賭けでした。もしも将来にわたって、ガソリン車の時代が継続していくなら、私たちは敗北者です。

しかし、EVが主流となる時代が到来した暁には、BYDは世界の先駆者になれる。その時は、もしかしたらトヨタのほうが、コダックになるかもしれない」

 コダックは、世界最大のカメラフィルムの会社だったが、今世紀に入りデジタルカメラの時代が到来し、淘汰されてしまった。そのデジタルカメラでさえ、いまやスマートフォンによって淘汰されつつある。

■アメリカで通用するか、という不安を抱えた1965年のトヨタと同じ

 この時のBYD最高幹部へのインタビューで、「トヨタ」という名前は、もう一回出てきた。

「EVを世界に問うていく我々の心境は、1965年のトヨタと同じです。当時のトヨタは、自分たちは果たしてアメリカ市場で通用するのかという不安を抱えたまま、乗り込んでいったわけです。

実際、アメリカ人は当初、日本の自動車メーカーに疑心暗鬼でしたが、やがて受け入れた。同様に、我が社のEVも、やがて日本を含めた世界が受け入れてくれると信じているのです」

 結論を言えば、BYDは「賭け」に勝った。

 周知のように、世界の自動車産業は、脱炭素の波を受けて、いまや一斉にEVに向かいつつある。

 トヨタも昨年12月14日、豊田章男社長が、今後4兆円規模の投資を行い、2030年に30車種、計350万台のEVを世界で販売すると発表した。

 これまでの目標は200万台だったので、EVシフトを鮮明にした格好だ。

 だが、EVに関してはBYDに一日の長がある。BYDの昨年のEV販売台数は、32万810台。これに対しトヨタは、BEV(バッテリー電気自動車)が1万4407台、FCEV(燃料電池車)が5918台で、合わせて2万325台と、BYDの1割にも満たない。

2030年までにEV30車種を投入すると発表したトヨタのモデルたち。多種多様だが、間に合うのか?

 特にBYDが有利な点は、もともと電池の会社なので、「EVの心臓部」と言える電池を自社でまかなえることだ。この点は、トヨタが電池メーカーと提携しないとEVが作れないことを考えれば、大きな経費とリスクの回避になる。

 実際、BYDは、昨年10月31日から11月13日までイギリスのグラスゴーで開かれたCOP26(国連気候変動枠組条約締約国会議)の公用車に採用されるなど、飛躍的に知名度を上げている。

 その意味では、「満を持して」日本市場に乗り込んで来たのである。

■「BYDはトヨタの何を欲しがっているのか」

 2020年4月、上海モーターショーで、トヨタとBYDは、「『BYDトヨタ電気自動車科学技術株式会社』を3月に設立した」と発表した。日中の両雄による初の合弁会社だ。

 このニュースは、日本でよりもむしろ、中国で話題になった。それは、「ついに世界のトヨタがBYDに合弁会社設立を求めてきた」という文脈だった。

「BYDはトヨタの何を欲しているのか?」という中国紙記者の質問に、匿名の中国の自動車業界関係者は、こう答えていた。

「電気自動車というのは、いわば『走る電気製品』であり、BYDがトヨタから学びたいことは、それほど多くない。

それでもトヨタと合弁したのは、何より『世界のトヨタ』の看板が欲しかったからだ。この看板があれば、世界市場にどこでも入っていける」

 1月末、香港に上場しているBYDの株価の時価総額は、トヨタの3割を超えた。さらに近日中に、子会社のBYD半導体を、中国初の車体専用半導体会社として、深圳創業板市場に上場する予定で、1月27日に取引所の審査を終えた。

 昨年、中国の自動車輸出は201万5000台と、初めて200万台を超えた。まさに「かつての日本」の姿を見せつつある。

 次回は、中国国内で起こっている「EV革命」についてお届けする。(全4回の第1回。第2回は11日(水)20時公開)

●近藤大介…1965年生まれ。東京大学卒業、国際情報学修士。講談社『現代ビジネス』『週刊現代』特別編集委員、編集次長。主著に『ファクトで読む米中新冷戦とアフター・コロナ』(講談社現代新書)、『アジア燃ゆ』(MdN新書)ほか

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