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xR向けのヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)は今年も、複数の新製品が登場する。その中でも、注目しておいてほしいのが「マイクロOLED」という技術だ。今回はマイクロOLEDがどのようにHMDを変えていくのか、概要を解説してみたいと思う。

半導体技術で作る小型ディスプレイ

そもそも「マイクロOLED」とはなにか? OLEDは「有機EL」のことなので、スマートフォンやテレビに使われている有機ELディスプレイの一種であることに違いはない。ただ、製造の方法や特質は大きく異なる。一般的なOLEDは「ディスプレイパネル」として製造される。ある程度の面積を持つディスプレイを作ることが目的だからだ。テレビにはテレビに向いたサイズ、スマホにはスマホに向いたサイズのディスプレイがあり、それぞれのサイズに合わせて作られる。

それに対してマイクロOLEDは、もともと「大きなサイズのものを作る」ことを前提としていない。マイクロOLEDは名前の通り「マイクロディスプレイ」と呼ばれるディスプレイの一種であり、レンズで拡大して見たり、プロジェクターに搭載して投射用に使ったりするのが主な目的だ。

マイクロディスプレイには複数の技術がある。例えばプロジェクターでは「LCOS(Liquid Crystal On Silicon)」と呼ばれるディスプレイが使われているが、これは、液晶技術による極小の反射ディスプレイであり、強い光源の光を反射させ、さらにレンズで拡大投影してプロジェクターとして使っている。

なぜLCOSを使うかといえば、解像度の高いディスプレイをコスト効率の良い「半導体製造プロセス」を使って作れるからである。マイクロOLEDもこの考え方に近い。小さな場所に組み込まざるを得ないが、解像度と発色の両方が必要とされる分野やデバイスのために開発されたものである。

これまでの中心的な用途は、ミラーレス一眼カメラのビューファインダーだった。今のビューファインダーはほとんどがマイクロOLEDを使っており、発色も映像の反応速度も申し分ない。昔は「プロは光学ファインダーしか使わない」と言われたが、昨今はまったくそんなことはなくなった。例えば、ソニーのフラッグシップカメラ「α1」のビューファインダーは、解像度が約944万ドット(QXGA)で、フレームレートは最大240Hzだ。

メリットはもちろん、小さく・軽く、解像感と画素密度が高いことだ。以下の図は、ソニーがマイクロOLEDの説明用に公開しているものだが、同じOLEDであっても製造方法が違うため、画素の間の隙間がほとんどない。


ソニーのマイクロOLEDに関する解説ページより引用。画素密度の違いがよくわかる)

逆に言えば、製法の違いから大きなサイズバリエーションのものは作れない。どちらが良い、という話ではなく、そもそも用途が違うのだ。

「MeganeX」も「Nreal Air」もマイクロOLED採用

マイクロOLEDが注目される理由はシンプルだ。新世代のHMDに使われる例が増えているためである。パナソニック子会社のShiftallが2022年1月に発表した「MeganeX」も、3月に発売されたスマートグラス「Nreal Air」も、マイクロOLEDを使っている。マイクロOLED採用デバイスの特徴は「軽くて」「解像度が高く」、同時に「画素密度も高い」こと。平たくいえば「装着感が良く、映像も自然」なのだ。


(Nreal Air。ディスプレイの解像度は片目あたり1920×1080。視野角は狭いがかなりの解像感と画素密度で、見やすい)

スマートグラスの「Nreal Air」は画素の間に隙間がなく、発色も解像感も高い。「MeganeX」も同様で、画素密度が高くて非常に自然な映像であるのが特徴だ。Metaの「Meta Quest 2」と比較すると、解像感と画素密度が高いことから、文字や細かいディテールもしっかり読める。


(Nreal Airで映像を見た際のスクリーンショット)


(MeganeX。マイクロOLED採用の高画質と軽くてつけやすいことが魅力)

もう1つ例を示そう。ソニーは昨年12月、開発中の技術を「チラ見せ」するイベント「Technology Day 2021」で、「HMD向けに開発中」というマイクロOLEDと、それを使ったHMDを公開している(なお、このHMDとデバイスは、ソニー・インタラクティブ・エンタテインメントが発売を予定している「PlayStation VR2」ではない)。


(ソニーが2021年末に公開した「HMD向けのマイクロOLED」と、それを使用した試作HMD。解像度は片目あたり約4K×4K)

このデバイスはおおよそ1インチ角(正式なサイズは非公表)に4K×4Kのドットが詰め込まれている。PPI(1インチあたりのピクセル数)でいえば「4000PPI」。スマートフォン向けのディスプレイが400〜500PPIと、その差は歴然。試作HMDも試したが、画質は素晴らしかった。発色と解像感が従来のHMDとは大きく異なり、「早くこのディスプレイデバイスを使ったHMDが欲しい」と思ったほどだ。

国内・国外問わず多数の企業が開発・製造を手がける

マイクロOLEDのメーカーとしては、ソニーのほか、エプソンやeMagin、Kopinなどがある。エプソンはHMD「MOVERIO」で自社製マイクロOLEDを使っているし、ソニーはビューファインダー用では大手。前出のHMD向け試作デバイスも含め、様々なバリエーションの開発を進めている。Kopinは数年前からパナソニックと組んでHMD用向けの開発を行っており、「MeganeX」ではその成果のひとつが使われている。


(eMagin社のマイクロOLED。同社が公表しているものの中で最も解像度が高いものは、1インチ角程度のサイズに2K×2Kが詰め込まれている)

また中国系メーカーも参入しており、BOEやSeeYA Technology、Lakeside Optoelectronic Technology、Yunnan OLiGHTEK Optoelectronic Technologyなど枚挙に暇がない。今後の生産量は一気に増えると予想されている。


中国・SeeYA Technologyのページ。マイクロOLEDのディスプレイがすでに多数ラインナップされ、これらを使った製品が出てくるであろうことが容易に予想できる)

マイクロOLED“以外”のマイクロディスプレイ採用機器も多い。マイクロソフトの初代「HoloLens」や「Magic Leap」(こちらは1、2両方)にはLCOSが使われているし、「HoloLens 2」ではレーザーを極小のミラーで反射する「MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)」が使われている。

ただ現状、輝度や発色などの要素を考えると、マイクロOLEDのほうが有利といえる。なお有機ELでなくLED(発光ダイオード)を使う「マイクロLED」もあるが、こちらは単色のものが中心。グリーンのものは「情報表示に特化したスマートグラス」でしばしば使われているが、フルカラーのHMD向けにはまだ技術開発が必要な状況だ。


(OPPOが昨年末に発表した「OPPO Air Glass」は、グリーンのマイクロ「LED」を使っている。こうしたデバイスでは、グリーン単色のマイクロLEDを使うものが多い)

HMDの構造を復習しておこう

では、それがHMDにどう影響してくるのか? それを理解するには、HMDの構造を知っておく必要もある。HMDは頭部につけるディスプレイであり、視界を広く覆うように映像を目に届けることを目的としている。現在主流のHMDは、2012年に発表された「Oculus Rift(DK1)」の影響下で設計されている。

ごく簡単に言えば、一定以上の解像度があるフラットディスプレイを目の近くに配置し、その映像をレンズで視野全体に拡大する構造だ。映像の周辺部は歪むので、それを踏まえて映像側の周辺部を加工して出力し、レンズを通すと歪みが少なくなるように見せている。


iFixitの「Meta Quest 2」分解に関するページより引用。このように、サイズの大きなディスプレイがヘッドセットの中に入っている)

ではAR向けはどうか。この場合には2つの構造が考えられる。

ひとつは、カメラを併用するもの。「ビデオシースルー」とも呼ばれる方式だが、こちらは映す映像が変わるだけで、VR用とHMDの構造は変わらない。

もう一つが、AR向けとしては主流の「シースルー」方式。なんらかの方法で映像を半透過にすることで、実景に映像が重なるように見せる方法だ。こちらの方が構造は簡単になるので、HMDをより軽く、小さくしやすいという特性がある。

半透過の映像を実現する方法にはいくつかあるが、最も一般的なのは、ハーフミラーにディスプレイからの映像を映し出すやり方だ。例えば「Nreal Air」は、グラスの上部に取り付けられたディスプレイをプリズム状のハーフミラーで90度曲げて目に届けることで、実景の中に映像が見える。


(Nreal Airを下から見た写真。目の上にマイクロOLEDが入っていて、それを90度曲げて目まで届けているのがわかる)

ハーフミラーまでどう映像を届けるのか、という手法にもバリエーションがあるのだが、とりあえずここでは「そういうもの」とだけ理解していただければ十分だ。

「視野角」の欠点をどう克服するかが重要

とはいうものの、HMDにマイクロOLEDを使う、という発想は決して新しいものではない。「Oculus Rift」が出る前、2011年にソニーが発売したHMD「HMZ-T1」は、1280×720ドット・0.7インチのマイクロOLEDを使っていた。


(ソニーが2011年11月に発売した「HMZ-T1」。11年前でHD解像度というのは凄いことなのだが、映像視聴に特化しており視野角は狭かった)

だがこうしたアプローチは一旦後退し、液晶やOLEDなどのフラットディスプレイを使う方法が先に普及している。なぜだろうか?

理由は、視野全体を覆うための光学設計の難しさにある。視界をなにかで覆うには、面積の大きなものを使う方が簡単だ。それをさらに視野いっぱいに拡大しつつ、ピントがあってみやすい状況にする場合にも、レンズの設計はそこまで難しくない。シンプルに、ディスプレイと目の間にレンズを入れる設計で十分だ。

だが、小さい画面を大きく拡大する場合だと話は変わってくる。ディスプレイと目の間にレンズを入れ、その光を直接目に届ける「直視光学系」だと、ディスプレイが小さい分レンズが大きくなり、目までの距離も長くなりやすい。そこで出てくるのが、特別なレンズを使う方法だ。特殊なレンズを使ってでも「解像感・画素密度・発色」を両立したい、というニーズが増えている、という言い方もできる。

「MeganeX」で採用されたのが、Kopinとパナソニックが共同開発した光学系を使う方法である。Kopinの開発した「Pancake」レンズを使うことで、目からの距離を縮め、レンズの重量を抑えつつ、映像の歪みや色ずれの起きにくいHMDを作っている。「MeganeX」は約250gと軽量だが、理由はバッテリーを搭載しないことに加え、レンズやディスプレイの重量が軽くできることにもある。なお「Pancake」の名称はKopinが商標登録しているが、技術的に同様のアプローチは以前から存在する。他社も似た光学系で、マイクロOLEDを使ったHMDを開発しているものと推察できる。


Kopinが2021年に公開したニュースリリースより抜粋。特殊なレンズを使い、マイクロOLEDを使った小型・軽量HMDを実現している)

欠点は、「それでも視野角が大きくしにくい」ことだろう。「MeganeX」の視野角は未公表だが、100度を切っているとみられる。VR用HMDとしては少々狭めだ。

なお、シースルー型ARについては、前述のように目を覆うわけにはいかないので、さらに特別な光学系を使う必要がある。また、軽さ重視で設計されることも多いため、制約も増える。VRに比べ視野角の狭い製品が多いのは、トレードオフの結果だ。

解像度の技術進化を考えるとフラットパネルよりマイクロOLEDが有利か

これらのことを総合的に見ると、やはりマイクロOLEDの進化がHMDにとって重要であるのは間違いない。もちろん、特にVR向けでは、いままで通りフラットパネルを使うものも残るだろうが、片目あたりの解像度として2.5K以上が求められるようになってくると、マイクロOLEDが有利になってくる。

一般的なディスプレイパネルは、これ以上解像度を必要としないレベルまできた。だが、VR/ARではまだまだ解像度が欲しい。かといって、VR/ARのためだけに、巨大な投資をして高解像度のディスプレイパネルを作っていくのか……という判断は出てくるだろう。そうなると、マイクロOLEDのように進化途上で、さらに解像度も上がっていくデバイスに期待が集まるのも無理はない。

また、視界を覆わないシースルー型HMDについては、小型のディススプレイデバイスを使う必然性があり、結果として、ここでもマイクロOLEDが注目される理由が出てくる。2022年から2023年にかけて出てくる「新世代HMD」がどのデバイスを使っているか、ちょっと注目しておいて欲しい。

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