牛丼チェーン「吉野家」を展開する吉野家ホールディングス(HD)は、このところ失態続きだ。常務取締役による「生娘シャブ漬け発言」の余韻も冷めやらぬ中、今度は、就職説明会に参加を希望した学生を外国籍の人と誤認し、就労ビザの見通しが立たないことを理由に参加を断ったことで物議を醸している。
2つの問題が起こった原因は、属人的なものなのか、あるいは担当者の単純ミスなのか、企業として原因を深く調査しておくべきだろう。
轍を踏む会社の問題とは
筆者は企業取材を30年近くやってきて、世間を騒がすような不祥事を起こす会社は同じような失敗を繰り返すことが多いと感じている。その原因は、長年培ってきた組織風土に問題があることが多いからだ。三菱自動車や神戸製鋼所は、90年代に総会屋事件を起こした後も、リコール隠しやデーター改ざん問題といった大きなトラブルを立て続けに起こし続けた。
不祥事を起こす会社は、コーポレートガバナンスが正常に機能していないことが多い。社長、会長経験者が退任後も居座って経営に影響を与え、指揮命令系統が複雑になっているケースなどはその典型で、粉飾決算を起こして会社存亡の危機に追い込まれた東芝は「相談役」連中が縄張り争いをしていた。
また、取締役会が「仲間内」で構成される場合、特に上場企業には一定数の社外役員の設置が義務付けられた現状下で、外部の視点で問題点などを厳しく指摘する社外役員が機能していないケースは、組織風土の劣化を加速させるケースが多い。
そこで、吉野家HDをコーポレートガバナンスの視点でチェックすると首をかしげたくなる点がいくつか浮かび上がってくる。
取締役でない会長が君臨
今の若い人たちの中には、吉野屋が1980年に一度倒産して堤清二氏率いるセゾングループの支援で再建してきた歴史があることを知らない人も多いだろう。再建後の1992年に当時42歳で社長に就いたのが高卒でアルバイト出身の安部修仁氏だった。以来、14年に吉野家HDの代表取締役を退任するまで20年以上も経営トップの座にあり、安部氏は「ミスター牛丼」と呼ばれる存在になった。
氏は14年に取締役を降りた後も吉野家HD「会長」の肩書のままだ。取締役でもない者が「会長」職として企業にとどまることは、現在のコーポレートガバナンスの「常識」では奇異に映る。吉野家HDにおける取締役でもない「会長」というポストが、どのような役割を担っているのかが不透明だからだ。
取締役ではないから経営責任を追及されるリスクはない反面、20年以上組織に君臨した実力者が取締役ではないにしても、会長として居座っていたら、事実上の経営トップになってしまうのが世の習いであり、部下たちは今の社長ではなく、会長の方を向いてしまうのが自然の流れと言えよう。
また、経済産業省が定めた「コーポレート・ガバナンスシステムに関する実務指針」などでは、相談役・顧問の処遇や業務内容を株主などに対外的に開示することが求められている。うがった見方をすれば、経営トップを降りて相談役になると、詳細を開示することになるので、肩書を「会長」にしているようにも見受けられる。
最近のコーポレートガバナンスの潮流を踏まえて、一般的にはこうした曖昧な肩書を与えることに関して社外役員が苦言を呈するものだが、吉野家HDの社外役員を見ると、「仲間内」と見られても仕方ない人物が選任されている。それは、社外監査役の増岡研介弁護士だ。
この研介氏の父、増岡章三氏は、吉野家が倒産した際に管財人を務め、安部氏は章三氏のことを、吉野家2代目社長の松田瑞穂氏と並んで「師匠」として仰いでいる、とされる。こうした関係者の子息が社外役員に入るのは単なる偶然ではあるまい。しかも研介氏は94年から28年もの間、吉野家の監査役の任にある。これも上場企業の監査役としては異例の長さと言えるだろう。
ゴーン事件と同じ長期政権弊害
さらに吉野屋HDの取締役会を見ていくと、安部氏の後継社長は、同じくアルバイト出身の河村泰貴氏だ。
筆者は20年ほど前、安部氏や河村氏に取材したことがある。河村氏は当時、吉野家HDの前身、吉野家ディー・アンド・シーの開発企画部に属していた。その頃の吉野家は主力商品の牛丼並盛を400円から280円に値下げする大プロジェクトを進めていた。そのプロジェクトを、安部氏からの指名で河村氏は任されていた。
小売価格を30%カットして利益を出すことは生易しいことではない。米や牛肉の調達手法を変えるなど仕事のやり方全体を変えるプロジェクトでもあり、取材をしていて、これまでの常識を健全に否定する企業努力が感じられ、好感をもった。
ただ、河村氏は安部氏の側近として台頭したわけであり、今でも安部氏の意向には逆らえず、忖度しなければいけない存在であることは想像するに難くない。
要は筆者が何を言いたいのかといえば、安部氏の経営者としての功績は認めるものの、いまだにしっかりした後継体制が整っておらず、その綻びが出始めたということである。そして、実力者である安部氏が中途半端に「会長」として残っていることも、完全に新体制に移行することを阻害しているように見える。
実力者が必要以上に「長期政権」を敷くと、組織は腐り、実力者が辞めた後に問題が噴出する企業は多い。最近ではその典型が日産自動車だ。「ゴーン事件」後に一時迷走し、業績を大きく落とした。
近所の店舗で最近感じたこと
また、筆者の家族が吉野家の牛丼が好きなので、時折、テイクアウトで買いに行くし、筆者自身も出張時など一人で外食をする際には吉野家を選ぶことがよくある。最近強く感じていたことは、店内が汚くなり、店員の裁きが悪くなった点だ。
吉野家では回転率を上げて1座席からの売り上げを多くしていくために、調理場で盛り付けられた牛丼は「フォロー」と呼ばれる店員を通してカウンター内に立つ「先端」と呼ばれる店員に運ばれて客に届く。先端は配膳だけではなく、片付けや会計もする。この「フォロー」と「先端」の連携で生産性を高めていくはずが、私が行く店では店員はいつものろのろしていて、注文受けミスも散見される。
外食産業でありながら、清潔感にかけ、店員の働きが悪く見えるのは、組織マネジメントに何らかの原因があるからではないかと考えていた矢先に、「生娘シャブ発言」や「外国籍お断り」の問題が発生したところだった。
組織風土の抜本改革を
吉野家HDは、今回の2つの問題が起こった本質的要因を追求すると同時に、コーポレートガバナンスを含めて抜本的な組織風土の改革をしない限り、また何か問題を起こすような気がしてならない。
他山の石とすべき先例もある。みずほフィナンシャルグループが同じようなシステムトラブルを何度も起こすのは、明らかに組織風土の問題があるからだ。同グループは日本興業銀行、富士銀行、第一勧業銀行が経営統合して発足したメガバンクだが、3行の縄張り争いのようなものが今でも続いている、とされる。
牛丼はカレーライスやラーメンと並んで国民食の一つと言っても過言ではない。そうした日本人のソウルフードを扱う会社が無様なトラブルを起こす姿はもう見たくないというのが筆者の本音だ。