前回予告しました、 (私の知る限り)報道されなかったT医大での女子学生差別について報告します。この大学の入試では、さまざまな手口で女子受験生が不利になるような点数工作がおこなわれてきたことを見てきましたが、それを乗り越えて合格した女子学生にとっては関係ない話かと言えば、そうではありません。特待生(入学者120名中30数名)の選抜が、入試の点数によって行われていたからです。
入学後も続く女子医大生差別
実際、枠が少ないため合否以上に接戦になりやすい特待生選抜で、何十点もハンデをつけられてはたまったものではりません。事件の調査報告書にも奨学生の男女比率は記載されていませんでしたが、この2018年は極端な差別採点のせいで女子合格率は20%弱しかないのですから、女子特待生など皆無なのではないでしょうか。人生を左右する合否と比べれば些細な問題と思われるかも知れませんが、約500万円にもなる初年度納付金が免除されるかどうかという話ですから、無視できるものではありません。
女子の合格率がさほど低くなかった他の年度でも、得点調整はしっかり行われていたのですから、特待生になりそこねた女子学生はかなりの数になるはずで、訴訟沙汰にならないのが不思議な話です。
この問題、合否の差別よりもむしろ悪質だと思います。「女医が増えすぎると医療界にとって良くない」という議論はともかく、「入学は許すが奨学生にはしない」というのはどういう意図があるのでしょうか。同様の傾向は他の私立の医大でもあるのですが、なぜここまで女子医学生は嫌われるのか、背景を考えてみましょう。
「土日も満足に休めないような診療科で、若手に産休育休で抜けられてはかなわない」という声がよくあります。ですから、多くの識者(例えば)が言うように、「女医が働けるように定員を増やすなど待遇改善しろ」と、外科医たちが声を上げれば世論は味方になるでしょう。けれども、それだけでは済まない事を彼らの多くは知っているから黙っているのではないでしょうか。
世界一の医療を支えるウラ構造
日本の医療は総合的には間違いなく世界一です。「世界一水準」などとケチな言い方はしません。本当の世界一です。平均寿命・乳幼児死亡率の低さは常にランキングのトップを争っています。コロナにも重労働と猛勉強(最新の治療法がすぐ日本中に広まる)で対応し、五輪も無難に切り抜けました。
そして何よりコスパの良さ。国民皆保険が十分に機能しているばかりか、その多くが無保険と思われるホームレスの方が倒れても救急車はやってきます。通常の病気の治療費で破産する世帯は皆無。盲腸で入院したアメリカ人が、保険外請求の2万という数字を見て、「日本の病院も結構高いな」と言いながら、そのまま2万ドルを払いそうになったことさえあります。
こういう世界最高の状況を支えているのは、間違いなく涙ぐましい医師たちの頑張りです。まともに問診をしたら保険点数は時給換算で1000円以下。毎日3件以上の手術をこなす外科医はザラですが、別に高額のボーナスが出もらえるわけではありません。担当患者が急変したら、日曜でも飛んでいくのが主治医の常識です。
子供のころ、麻酔科医だった父は平日はほとんどいつも深夜の帰宅でしたし(仕事ばかりでもなかったのでしょうが)、日曜日も論文を読むか書くかしていました。だから、「大人というものは、休日には寝床で原稿用紙に文字を書くものだ」と思っていました。
夜中に電話で叩き起こされ病院に向かったこともしょっちゅうでした。晩酌中、緊急手術で出動して、帰宅途中に飲酒運転で捕まったこともありました。麻酔器の飲酒運転は合法だったのでしょうか。そもそも素面の麻酔医は一人もいなかったのでしょうか。
さすがに、それを機会に父は運転をやめる代わりにタクシーチケットをせしめたようですが、それ以来、「自分が酔わずに、患者を酔わせられるか」などと典型的なヨッパライの屁理屈を口にしながら病院に向かう回数が増えたように思います(病院もチケット代のもとをとるつもりだったのでしょう)。半世紀以上前の古き良き(かなぁ)時代のお話です。
飲酒云々はともかく、外科系を中心とした勤務医のブラックさは改善されるどころか、患者の権利やらコンプライアンスやらがクソうるさく……じゃなかった、十分に尊重されるようになった分、さらにひどくなっています。「夜中の緊急手術で麻酔科医の最大の仕事は、患者を眠らせて外科医を眠らせないこと」などと言うほどです。
やりがい搾取、ブラック労働の世界ですが「患者さんの命がかかっている」というマジックワードのせいで、状況は一向に改善されません。それでも、文句を言いながらも結構楽しそうなのですから、日本の多くの勤務医は、かなり重症のワークホリック(仕事中毒)と言えるでしょう。そんな世界に高校の理数系優等生たちが好んで飛び込んでいくのですから、日本全体がよくできた医師洗脳システムになっていると言えそうです。
ポリコレでは“治療”できない医療現場
さて、そんな典型的な外科現場に新人女医が迷い込んできたとします。「メスと針と糸と麻酔薬は準備してるから、自分で卵管を2本とも今日中に縛っといてね」などと言うわけにも行きません。10年以内に(専門医はどんなに若くても29歳)には、かなりの確率でめでたく産休入りです。その時の上司が奇跡的に女性のライフステージに理解がある人だったら、「今の優しい医長さんのうちに生んでおけ」とばかり、同じ専門科の女性医療者が次々と後に続くことがよくあります。
そうなると、「産休がいいなら育休もいいでしょ」とか「妻の出産に立ち会って来ます」とか、さらに「介護休暇(忌引き予約券付き)とります」とか「一生一度の新婚旅行ですから、ハワイに行ってきます」などと当然の事を言い出す医療者が出て来て、受け入れられる患者数が激減しかねません。そこまでは行かないにしても、同僚の産休のたびに医局の空気が変わっていくことは確かです。
ブラック労働を支えてる「患者さんの命」という呪文を、「命なら私のおなかの中にもある」などと相対化する「普通の人」が入ってくると、タダでさえ限界が来ている洗脳システムが崩壊してしまいかねません。言い換えれば、「王様は裸だ」と叫ぶ新人が引き金となって「馬車がカボチャに戻って」はマズいのです。だから、善意で頑張っている診療科ほど若い女医は敬遠したいわけです。
この問題を医療スタッフの定員増という政治的に正しい方法で解決しようとすると、他の先進国なみに医療費が激増してしまい国民皆保険は機能しなくなるでしょう。コロナなどの緊急自体への対応力も弱体化します。
ところで、この「中毒している男性と冷静な女性」という状況は何かに似ていませんか。私は、牛丼大手Y社の「キムしゃぶ(生娘シャブ漬け)事件」を思い出します。どちらも、成功している中毒ビジネスと、それに近づいてくる女性の増加が背景にあり、システムに女性をも巻き込んでしまおうとしたのがY社、そして女性を排除してシステムを守ろうとしたのがT医大という構図なのではないでしょうか。
いずれにせよ「安い、早い、うまい」には、ブラックな裏があることを、われわれ国民は自覚しておくべきです。次回は、このブラックシステムと医療教育の話をしましょう