早いものでゴールデンウィークも最終日。名残惜しい頃ですが、先日の子供の日にちなみ母乳・人工乳育児について関心を持っていただけると幸いです。育児中の男性の方も奥様の置かれた状況を理解する意味で、あるいは今は子育てされていない方々にも、医療政策を論じる参考にぜひお読みいただければと思います。
母乳育児 “間違い”だらけの情報
核家族化が進んだ現代、出産直後の母親たちが母乳育児に関するノウハウを自然に習得する機会は失われつつあります。そこで妊婦のうちに本やインターネットを通じて様々な情報を集めますが、その中には医学的に不正確なものも多く含まれます。
例えば母乳マッサージなどと呼ばれる日本独特の方法が有効だとするエビデンスはありません。赤ちゃんに吸わせる乳房を5分ごとに変更する必要もありません。おしゃぶりや人工乳首は使用しないほうが、口腔機能は正しく発達します。フォローアップミルクも原則不要です。
日本において出産前の母親の9割は母乳育児を希望しており、ことさら母乳育児の利点を母親に説明する必要はありません。今不足しているのは特に出産直後からの医療の専門家たちによる科学に基づく母乳育児支援の拡大普及です。
安易に母乳育児を進められないワケ
もちろん人工乳育児でも子供はしっかり育ちます。母乳育児にこだわるあまり育児ノイローゼになってしまっては本末転倒ですし、医学的に必要な場合人工乳による補足は行うべきです。
またWHOがアメリカや後進国で問題視するような母乳育児が軽視されるような事態は国内では起こっておらず、むしろ日本の母親たちは十分に母乳育児の利点を理解し努力をしています。
予めお断りしておくと、これら日本独自の背景を踏まえると例え親族であっても専門家ではない一般の方々が安易に母親に母乳育児を進めるのは本人の努力と苦悩を軽視していると捉えられなかねないので慎むべきです。
出産から1か月後に母乳のみで育児している割合は下図で示す通り全国平均とWHO・ユニセフ認定の母乳育児支援施設で開きがあり、不足しているのは医療提供側の体制であることがわかります。
参照データ:日本母乳の会「2019年「赤ちゃんにやさしい病院・BFH」分娩・母乳育児全データ」
“人工乳を足して終わり”の無意味
母乳は自然と十分な量が分泌されるのではありません。初回の授乳をトリガーとして、赤ちゃんの求めに応じて分泌量を次第に増やしていきます。これは母乳が血液を作り変えて生産されているためで、母体のためにも余分に作ることはありません。
そのため出産直後から漫然と人工乳を与えると、母親の体は赤ちゃんのお乳は足りていると判断しそれ以上母乳量は増えなくなります。生後2週間まで赤ちゃんの胃袋は急速に大きくなるので、母乳が足りなくなるのは当然です。この時期に母乳の分泌量を増やす授乳のしかたについて専門家の実地支援と精神的な支えが必要です。
科学に基づく母乳育児はWHOとユニセフ共同の「母乳育児を成功させるための十か条」で概要が示されており、下図の3項目はその一部となります。
日本小児科学会雑誌では「“体重が少ないから人工乳を足してください”で終わるのでは小児科医が健診を行う意味がない」とまで踏み込んでいます。
もちろんこれらは医学的に懸念がない場合の推奨事項ですので、実際には状態を最も把握している主治医の指示に従いましょう。
小児科医と母乳育児推進 ― 日本小児科学会雑誌 第115巻 第8号 P.1376
(図)母乳育児に関する出産施設での支援状況
科学的な母親支援を
これらの母乳育児支援が十分に普及しない背景を、国際認定ラクテーション・コンサルタントで小児科専門医の江田明日香氏は以下のように話します。
「母乳の増やし方や粉ミルクの足し方などの栄養支援には医学的な知識や支援スキルが必要になりますが、医学教育の中で学ぶ時間には限りがあり学び直しが必要。昨今、母乳育児推奨に批判的な意見もあるようですが、それは母親を責めるような一部の行き過ぎた支援が原因では。足りないのは母親の母乳ではなく、母親への適切な支援です」
また「母親の話に耳を傾け直接授乳を観察して細やかな支援をするには時間と費用がかかるが、忙しい医療現場でうまく運用するのが難しい場合も多い。母乳育児が科学であることを知らずに、先輩からの指導や自分の経験に基づく昔ながらの支援が続いている」と指摘。特に産科病院は“無事に生まれる”ことに関心が寄っており、母乳育児支援を手厚くするにはリソースが不足しているという実情も見えてきます。
歯科医師の山田翔氏はむし歯予防や口腔機能発達の観点から母乳育児支援をしたいと考え、同認定資格を持つ助産師と共に今年から歯科ではめずらしい母乳外来を設置しました。
「条件が揃えば保険診療も可能なため、とても好評です。産前にも母乳教室で知識提供をしていますが、“初めて聞くことばかりだった”という感想が多く、産後の支援はもちろん産前の知識提供も不足している現状を改めて痛感しています」(山田氏)
母乳育児率向上は衛生的な調乳が困難になる災害対策や、免疫力強化による医療費抑制としての効果も。将来的に母乳育児支援の認知が広まり医療系多職種が連携する中で、産科病院での出産直後の対応の変化につながっていくことを期待します。