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 鉄道は安全な乗り物であるが、人為的または自然要因などによって事故が少なからず発生している。国土交通省運輸安全委員会の統計によると、2021年の1年間で11件の事故が起きており、そのうちの6件は脱線事故なのである。今回起こってしまった南海電気鉄道での事故は、営業終了後の車庫内で発生したが、乗客がいなかったのは不幸中の幸いだったと言える。事故の状況やその後の対応などを解説する。

文・写真/有村拓真

【画像ギャラリー】南海電鉄の老舗特急『こうや』が車庫内にて脱線 その原因と影響(6枚)画像ギャラリー

車庫内での脱線事故原因は赤信号の見落としだった

 令和4年(2022年)5月27日0時21分頃、和歌山県橋本市にある南海電鉄小原田(おはらた)車庫内で特急『こうや』、『りんかん』に用いられる30000系の車両が脱線した。この30000系は、大阪のミナミエリアに存在する南海難波駅と和歌山県の世界遺産、高野山のふもとにある、極楽橋駅を結ぶ特急列車であり、日頃から高野山参詣者らを支える輸送力として活躍し続けている車両だ。

 列車が脱線した原因は、南海電鉄の報道発表資料によると、23時過ぎに営業運転を終えた『こうや』号が小原田車庫に到着後、運転士は車庫内の運転を専門に担当する構内運転士と交代。

 構内運転士は車両を留置線へ移動させるために発進させたが、停止信号表示(赤信号)を見落とし走行。開いていない切り替えポイントを進行してしまったため、転てつ器(線路の切り替えポイント)を損傷させてしまった(これを「割り出し事故」と呼ぶ)。さらにその転てつ器が損傷していることにも気付かず、進行できなくなったため元の位置へ戻そうと後退した際に車輪が転てつ器に乗り上げてしまい、脱線事故に至ったという。

  事故により車両の一部が大きく浮き上がり、窓ガラスも数枚割れるなどの被害であったが、幸いにもこの事故によるケガ人はいないということだ。

小原田車庫内で大きく脱線した30000系。車輪が砂利の部分に食い込んでいる。この3000系は4両編成が2編成しか存在しない

 この事故の影響で、転てつ器が損傷したことなどにより、他の車両も車庫から出すことができなくなってしまい、大幅な運休や車両の運行変更が生じた。

 筆者は偶然にも事故発生翌日に現場付近に居合わせたため、直接車庫の状況を確認することができたが、車庫内には4両編成である『こうや』の1、2両目が脱線した状態で留置されていた。一刻も早い復旧のためか、『こうや』を移動させるための150tクラスの大型クレーン車が2台、車庫の敷地内で待機しており、作業に向けた打ち合わせが行われていた。このような場所での作業は架線や車両、その他の建物などに被害を与えないように、極めて慎重な作業と他の作業員らとの連携が必須になるという。

脱線事故の影響で特急列車は運休。現在も一般車での代走運転を実施

 車庫内の脱線事故を受け、南海電鉄は『こうや』、『りんかん』の代替車両として南海2000系電車、通称ズームカーを特急列車として使用している。

 この2000系は1990年に登場した通勤型車両で、1997年までに64両が製造された。

特急こうやとして代役を務めている2000系ズームカー。本来は通勤型車両のため、特急料金不要の「自由席特急」として運転されている

 ズームカーという名前の由来は、難波から河内長野駅までの平坦区間から、橋本駅付近までの勾配区間(世代勾配33‰)。さらに極楽寺に至る50‰の急こう配山岳路線区間まで広範囲にわたる距離を通して運転できる、速度やけん引能力に優れた車両性能を、広角から望遠まで賄えるカメラのズームレンズになぞらえてつけられたといわれている。

 走行する場所によっては急な勾配や急カーブが続くため、このようなパワフルかつブレーキ性能に優れた車両が活躍しているのだ。2016年にはNHK大河ドラマ「真田丸」で真田幸村が蟄居した地、和歌山県九度山町も高野線の沿線ということで、記念塗装が実施され、ドラマを観たファンらの輸送に貢献した。

 今回の事故の対応で特急列車として運行されているが、乗車する際の特急券は必要なく、普通運賃のみで乗車できるため、「自由席特急として運行する」というワードが南海電鉄のお知らせなどに掲載されており、通勤列車が特急列車となる珍しい運用となっている。

 事故発生直後から5月31日までは代替車両による運行のみで行ってきたが、車庫内の脱線車両の移動が無事に完了したため、6月1日からは一部の『こうや』、『りんかん』が通常の30000系特急車両で運行されることになった。とはいっても車両が足りないので、引き続き一般通勤型車両の2000系も併用し、当面の間は「自由席特急」として運行するということだ。

わずか2編成のみの特急専用30000系車両とはどのような存在?

『こうや』で使用される30000系の列車は、1983年6月より運用開始された車両で、2023年には齢40年を迎えるご長寿車両である。配色はワインレッドとアイボリーホワイトの2色で構成され、その独特のフォルムから魅了され続けている鉄道ファンも多い。

 先代は1961年に運行を開始した20000系という列車だ。1980年代には、当時デビューから20年弱が経過していることと、1984年には弘法大師(空海)御入定1150年御遠忌大法会が高野山で開催されるにあたり、20000系の延命措置が検討されたが、大幅な参詣者の増加などを考慮し、輸送力増強のために30000系が新たに製造され、4両×2編成、全8両という数は多くないが希少な列車が誕生したのである。2015年から2016年には高野山開創1200周年を記念して、2編成にはそれぞれ赤色や紫色の記念塗装が施された。

すでに就役から40年以上が経過した30000系車両。今回の事故で2編成しか存在しない車両の1編成が損傷を受けてしまった

 齢40年という、先代の20000系を大幅に上回る長い年数を使用しているが、現在までのところ更新の予定もなく引き続き使用され続けている。しかし今回の事故で1編成が大きな損傷を受けてしまった。新造に踏み切るのか、修理をしてそのまま継続使用されるのか今後の動向に注目したい。

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