まとめ
- 日本人における糖尿病ではない方への安全性は確認されていない
- ダイエットの基本は食事運動療法! (薬剤はあくまでもサポート!)
- 肥満に悩んでいる人は肥満症外来へ
最近SNSなどで「GLP-1 (ジー・エル・ピー・ワン) ダイエット」という広告が目立ちます。「ダイエット注射」といった売り文句で紹介されることも多く、簡単に痩せられそうだなという印象を持つ人も多いかと思います。
そもそもGLP-1とは何か?ダイエット薬として使っても安全なのか?
この記事ではそういった疑問を専門医と一緒に考えていきます!
この記事を書いた医師
大坂 貴史
Takafumi Osaka
医師 / 糖尿病専門医 / 医学博士
『糖尿病で不幸になる人を少しでも減らす』ために Twitter、YouTube で医学情報を発信しています。
趣味は料理とワイン。合氣道、居合道、弓道、有段者です。健康は筋肉!
GLP-1は体内でどんな働きをするの??
GLP-1 (ジー・エル・ピー・ワン) は、食事をとると小腸の細胞 の一つであるL細胞から分泌されるホルモンです (参考文献1) 。GLP-1は血糖値が高い時のみ膵臓のβ細胞を刺激して、インスリンを分泌させる作用があります (参考文献2) 。またその他にも、GLP-1には胃腸の動きを遅くする働きや、食後の満腹感に関与していることが知られています (参考文献1) 。このGLP-1ですが、体内ではDPP-4(ディー・ピー・ピー・フォー)という酵素によってすぐに分解されてしまいます (参考文献1) 。
糖尿病治療薬としてのGLP-1の応用
そんなGLP-1ですが、体の中のGLP-1と非常によく似た構造の薬、「GLP-1受容体作動薬」として糖尿病の治療分野に応用されています。この薬剤の主な作用は膵臓に働きかけ、血糖値が高いときだけインスリンを分泌させることです (参考文献2) 。また、薬剤としてのGLP-1受容体作動薬はDPP-4によって分解されにくいように開発されています (参考文献1) 。
GLP-1受容体作動薬は、糖尿病の薬物治療で注意しなければならない副作用の一つである「低血糖」のリスクが低いことが特徴です (参考文献1) 。
※低血糖になると手や指が震えたり、頭痛が起こったりします。程度が重い場合には昏睡状態に陥ることもあります。
その他にもGLP-1受容体作動薬には以下のような特徴があります。
・胃腸の運動を抑える⇒腹持ちがよくなる (参考文献1)
・脳へ作用して食欲を抑える (参考文献3)
実際、デンマークで行われた、GLP-1受容体作動薬の一つであるセマグルチドを肥満患者 30 人 (BMI 30.5 ~ 42.8 kg/m2) に12週間投与しその食変化を評価した研究において、食欲低下&満腹感アップ、さらに昼食/夕食/間食の摂取量が減少する傾向がありそうだと報告されています (参考文献4) 。
日本を含む10カ国の肥満患者さんを対象として2019年から行われた臨床試験でも、ダイエットの効果が期待できそうだという結果が報告されています (参考文献5) 。
そのため「GLP-1受容体作動薬には体重減少効果がある」と評価されており、一部のGLP-1受容体作動薬はアメリカ肥満ガイドラインで食事・運動・心理介入をサポートする目的で使用が推奨されています (参考文献6) 。
また、糖尿病患者を対象とした研究で心臓病や腎臓病のリスクを減らし(参考文献7)、脂肪肝を改善するなど(参考文献8) 全身に多彩な効果が期待されており、アメリカ糖尿病ガイドラインでもそのようなリスクがある方に積極的に使用するように記されています (参考文献9) 。
日本における「GLP-1受容体作動薬」処方の現状と問題
多彩な効果を持つGLP-1受容体作動薬は、海外では肥満症にも使われていますが、日本では糖尿病以外の方には保険診療では使えません。しかしながら最近では美容系クリニックを中心に、自由診療として「ダイエット注射」「簡単に痩せられる薬」といって使用されるケースが増えています。
その問題点について述べていきます。
まず金銭的な面についてです。自由診療では、そのクリニックなどが自由に診察料や薬の料金を設定することができます。そのため、毎月 5 ~ 10 万円程度の非常に高額な料金が請求されたり、「まとめて買えば割引」など通常の医薬品では考えられないような販売方法で薬を売られたりするケースがあります。
その他にも身体への影響の観点からも問題はたくさんあります。
痩せすぎてしまうリスク
アメリカで肥満症の治療として減量目的にGLP-1受容体作動薬を使用する場合は「BMIが 30 kg/m2 以上」または「BMIが 27 kg/m2 以上で、肥満関連の合併症がある」という条件が必要です (参考文献6) 。もともと肥満でない人が使った場合、低体重 (痩せすぎ) になるおそれがあります。
低体重は特に女性において、高血糖 (参考文献10) 、骨粗鬆症 (参考文献11) 、月経異常 (参考文献12) 、不妊 (参考文献13) などとの関連があると言われています。
また低体重の妊婦さんの場合では、早産と低出生体重児のリスクが上がる可能性があります (参考文献14) 。
さらに韓国の4,164,364人を対象とした研究では、低体重の程度がひどいほど、脳卒中、心筋梗塞、すべての死亡のリスクが高いと報告されています (参考文献15) 。
「GLP-1受容体作動薬」単独で肥満治療をするリスク
肥満の方に食事運動療法なしに、GLP-1受容体作動薬のみを使用した場合、食事摂取量が少なくなることで体重は減少する可能性はあります。
しかし、GLP-1受容体作動薬のみに頼って減量しようとして運動療法を取り入れなかった場合、運動による骨密度 (参考文献16) や筋量 (参考文献17) の低下抑制効果が期待できないため、骨密度や筋量が低下する恐れがあります。
またGLP-1受容体作動薬にはいくつか種類があり、その薬剤間で体重減少効果に差があるようです(参考文献18) 。体重減少効果の低い薬剤を選択した場合、体重減少の効果を期待してGLP-1受容体作動薬を使ったにもかかわらず、その効果が得られにくい可能性もあります。
オンラインで処方するリスク
オンラインでGLP-1受容体作動薬を処方するクリニックも増えてきました。GLP-1受容体作動薬は副作用の少ない薬ではありますが、それでも腸閉塞などの重篤な副作用の可能性 (参考文献19) は報告されています。十分な説明がなされない場合などは副作用の発見が遅くなる可能性があり、国民生活センターにおいて注意喚起がされています (参考文献20) 。この注意喚起を受け、日本美容外科学会・日本抗加齢医学会・日本美容医療協会は不適切なオンライン診療を行うクリニックに対して警鐘を鳴らしています (参考文献21) 。
日本では2020年7月時点で、一部の GLP-1 受容体作動薬について健康障害リスクの高い肥満症患者に対する臨床試験を実施しました。しかしその結果はまだ出ておらず、現在肥満症に対して安全で効果があると日本で承認されたGLP₋1受容体作動薬は存在しません (参考文献22) 。
以上のことから日本糖尿病学会では、GLP-1受容体作動薬の美容・痩身・ダイエット目的としての使用は、2 型糖尿病でない日本人における安全性と有効性は確認されていないとして、「GLP-1だけで安全にダイエット!」などと宣伝するような不適切な広告に対して警告をしています (参考文献22) 。
おわりに
これは私大坂の私見ですが、GLP-1受容体作動薬は今後は日本でも、食事運動療法によるダイエットをサポートする薬としての使用が検討されるかもしれません。
ただし、減量の基本は食事運動療法であり、肥満治療薬はあくまでのそのサポートです。また、低体重は様々な健康リスクがあり、肥満でない方の減量目的によるGLP-1受容体作動薬の使用は決して勧められません。適切な食事と運動で適切な体重を維持できるようにしましょう。
肥満で本当に悩んでいる人は肥満症診療に詳しい病院へ受診しましょう。
参考文献
COI
本記事について、開示すべきCOIはありません。
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