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新経済連盟は1日、東京都内で10周年記念イベントを開催した。

三木谷浩史代表理事(楽天グループ会長兼社長)は、「ものづくりは大切だが、ものづくりだけで1億人を超える国民を支えていくのは難しい。ものづくりに加えてサービスやコンテンツ、エンターテイメントを充実していかなければならない」との持論を述べた上で、暗号資産やシェアリングエコノミーなどの事例を挙げながら「海外から来た日本の非常識を、コンテンツやサービスマインド、チームワークといった日本の良さをキープしながらグローバルスタンダードに合わせていきたい」との決意を示した。

新経連10周年イベントで笑顔を見せる三木谷氏(右)と藤田氏=編集部撮影

新経連、苦闘の10年

今でこそベンチャー界の顔として新経連のトップに君臨する三木谷氏だが、楽天は当初、経団連の一員だった。プロ野球界参入とほぼ同時期の2004年、当時の経団連会長、奥田碩トヨタ自動車会長の誘いもあり、経団連に入会。しかし、重厚長大産業が財界で圧倒的な存在感を示していた時代。思うように動けず、不満がある中で、2011年3月の原発事故後のエネルギー政策の方針をめぐり路線の違いが決定的に。ツイッターで「電力業界を保護しようとする態度がゆるせない」と投稿し、まもなく経団連を退会した。

ただ、その頃には次なる布石を打っていた。新経連は2012年6月1日の発足だが、前身はその2年前にネット系の企業を中心に結成した「eビジネス推進連合会」を発足。同組織は、藤田氏もこの日ハイライトの一つとして振り返ったように、医薬品のネット販売規制の打破をはじめとする規制緩和が初期のミッションだった。

2009年、当時の改正薬事法で禁止された第1類・第2類医薬品のネット販売は、後に楽天の子会社になった事業者が、行政訴訟を起こし、最高裁まで闘った末に国に勝訴。しかし、2014年施行の改正薬事法(現医薬品医療機器法)で、処方箋が不要な大衆薬の一部である「要指導医薬品」については、副作用リスクなどから薬剤師の対面販売が義務付けられた。これについての行政訴訟は最高裁で敗訴。

医薬品のネット販売規制をめぐっては、薬剤師連盟と政治側の親密な関係もクローズアップされたが、他にも新経連が提起してきたライドシェアリングはタクシー業界の猛烈な抵抗で実現の見通しが立たないなど、伝統的な業界団体との闘争では苦杯を舐めさせられた。政官財のメインストリームが、ガチガチの既得権だらけ。昭和の因習と仕組みを引きずり続ける日本社会で、新経連が提唱するデジタル化や規制改革が虚しく響くシーンも少なくなかった。

時代が追いついたが…

Olivier Le Moal /iStock

それでもコロナ禍を機に。給付金手続きのスタックが相次ぎ、行政現場のデジタル化の遅れが浮き彫りに。医療現場でも新型コロナの陽性者の報告もFAXで申請し、ワクチンの初動の遅れもあって日本全体のようやく危機感が拡大。菅政権時代にデジタル庁が創設され、官民問わず「DX(デジタルトランスフォーメーション)」がバズワードとなって喧しい。

藤田晋副代表理事(サイバーエージェント社長)がトークセッションで、岸田政権が前日に発表した「新しい資本主義」計画の中身を挙げ、「アントレーナーシップや、デジタル化とかイノベーションといった言葉が盛り込まれて、やるべきことをちゃんと正しくやってきたんだなと実感が10年経って得られた」と感慨深げに語っていたが、10年前に新経連が先駆けて提言していた方向性に、ようやく時代が追いついてきたのは間違いない。

しかし、社会全体、伝統的な企業がようやくDXなどの課題に真摯に向き合い始めたとなると、次の10年のビジョンをどう打ち出し、新経連としての立ち位置を作り上げていくのか、新しい課題が見え始めているようにも感じる。

経団連も変わり始めている

かつて三木谷氏が思うようにいかずに飛び出した経団連が、少なくともイメージレベルでは変化しつつある。その象徴が昨年就任した南場智子副会長(DeNA会長)の存在だ。生え抜きサラリーマンのオジサン経営者サロンと化していた経団連にあって、異例とも言える女性創業経営者。渋谷のマンションの一室から創業した小さなオークションサイトのスタートアップを、20年ほどでプロ野球チームを傘下に置くまでに急成長させた。

財界活動とは縁のないように思われたが、DeNAは昨年3月に経団連に入会。まもなく副会長に就任した。といっても19人いる副会長の新人とはいえ女性初とあって注目度は抜群。創業経営者らしく、スタートアップ躍進の政策提言を主導し、名実ともに備えた存在感を見せつけている。

南場智子氏(写真:ロイター/アフロ)

奇遇にもプロ野球でDeNAはセ・リーグに加盟し、巨人をはじめとする歴史のある球団とうまく歩調を合わせてきた一方で、楽天はパ・リーグで経営改革を推し進め、巨人戦に依拠しない独自の経済圏を築いてきた。そんな好対照の歩みを彷彿させるものがある。

経団連との差異化をどうする?

日頃、経団連の提言を真面目に見る人は少ないと思うが、南場氏の台頭を機に改めて近年の提言を見てみると、政府の政策方向性に合わせているとはいえ、「DX」や「Society5.0」といった往時の新経連のようなトピックスが並ぶ。「グリーントランスフォーメーション」に至っては、菅政権時代からの脱炭素の潮流に合わせたものとはいえ、少なくとも三木谷氏が飛び出した時の原発重視といった趣きは消えている。

経団連が明らかに(外側だけでも)変わり始めたのは、2018年5月から死去直前までの3年間、会長を務めた中西宏明氏(日立製作所会長)の存在だった。経団連入りに「気乗りがしなかった」という南場氏を引き込んだのも中西氏だった(参照:日経ビジネス)。中西体制では、物議を醸したものの日本型雇用システムの限界を打ち出し、デジタル敗戦からの巻き返しに向けた組織内の構造転換を進めようとしていた。筆者も以前引用した、後のデジタル庁につながるデジタル省構想をコロナ前の18年に打ち出したのも中西氏の就任直後だ。

アメリカ、中国に置いていかれるばかりのデジタル敗戦。原発を動かせる状況にないまま脱炭素の潮流に呑まれ、EVシフトがトヨタをはじめとする日本の自動車産業を脅かす。そしてコロナ禍がとどめをさすように日本の経済・社会を直撃したとあっては、重厚長大産業主体で、サラリーマンオヤジ経営者サロンもさすがに「昭和のまま」ではいられない。

しかし、そうなると今度は、新経連が経団連との差異化をどう維持し、独自の政策提言をしていくのか。経団連が近い将来、重工、製鉄、自動車、電機出身のトップが就任する慣例を破り、南場氏を初の女性会長に据えたら世間の印象はまた様変わりする。そうなれば、新経連も次なる挑戦のフェーズに差し掛かろう。

「第2セ・リーグ」は要らない

なんとなく経団連との差異化を意識したのかはわからないが、この日のイベントでは、女性起業家をどう増やすのかといった議論や、学生起業家と三木谷氏らとの対話企画も盛り込まれた。

三木谷氏ら主要メンバーと学生起業家らとの対談=編集部撮影

そして女性起業家のセッションで印象的なシーンがあった。登壇者の秋山咲恵サキコーポレーション社長が客席を見回し、「ダークスーツを着た男性の方がやっぱり多い」と指摘。ダイバーシティに向けて「異質なものを受け入れるアンカンファタブル(不快)ゾーンに踏み出して抱きたい」と建言すれば、元経産省のベンチャーキャピタリスト、陶山祐司氏も「第2の経団連を作ってほしくない」と求めた。そう「第2セ・リーグ」は求められていないのだ。

「いつまでもデジタルが新しい経済と言っていいのか」--。この言葉は新経連の内外で近年異口同音に言われる言葉だ。今年正月、新経連の末席中の末席に加えてもらった弱小スタートアップ経営者が、身の程を弁えずにつらつらと書いてきたが、既成概念に囚われない大胆さを体現し続けられるかが、次の10年の試金石になるのではないだろうか。