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 北海道観光船の事故は痛ましい海難だ。報道ではいつもの悪い癖でいわゆる犯人捜しに振った取材合戦が目立つが、原因調査と再発防止策の勧告は運輸安全委員会が、海技従事者の懲戒処分(自動車でいう免停等の行政処分)は海難審判所がそれぞれ行い、刑事責任があると検察官が判断すれば刑事裁判で事実認定と刑事処罰がなされ、賠償等の責任は民事訴訟で審理されるので、それを待つべきだと考える。

 本稿ではそういった報道に接しネット界隈で意見や疑問が寄せられていたが、普段はバスについて書いているバスマガジンの記者が、たまたま受けた教育や受有免許により公益性があると判断したので解説する。

文/写真:古川智規(バスマガジン編集部)


免許制度がなっていない!という意見

 旅客を乗せるための運転免許に二種免許があるように、船舶にも二種免許を導入せよという意見があった。自動車の免許とは仕組みが異なるが、旅客船用の免許は存在する。

 自動車の場合は例えばタクシーなら普通二種免許、大型バスならば大型二種免許が必要で上位の免許を持っていれば下位の運転はできるものの、基本的に第一種免許と第二種免許は別建てになっている。

 大型二種免許を持っている記者の場合は旅客を乗せたバスも運転できるが、タクシーでの賃走できるという具合だ。ただしタクシーの場合は地域により「輸送の安全及び利用者の利便の確保に関する試験(地理試験)」には合格する必要がある。

記者の運転免許証

 船舶は大型船と小型船でまず免許が異なる。小型船舶とは総トン数20トン未満の日本の船舶のことで漁船は除き、基本的に船長一人で操縦できる船舶だ。小型船を操縦するには小型船舶操縦士の免許が必要。

 これ以外の大型船は航海や機関の職種ごとに海技士の免許が必要だ。本稿では小型船舶について述べるがどちらも海技従事者である。

 小型船舶操縦士の免許は一級と二級、そして特殊小型の3種に分類される。特殊小型はいわゆる水上オートバイのことで、そもそも旅客を乗せる仕様になっていないために本稿では言及しない。

 では一級と二級の違いはというと、航行できる区域の違いで二級は平水と海岸から5海里以内で一級には制限がない。ただし船舶自体の性能により航行できる海域は制限されるので、一級を持っているからといって基本的にモーターボートで太平洋に出ることはできない。

記者の小型船舶操縦免許証

 ちなみに大型船舶の海技士と小型船舶操縦士は上位下位の関係にはなっておらず、巨大クルーズ船の船長でも小型船舶を操縦する際には小型船舶操縦士の免許が必要だ。

 さて、免許の区分はこれだけ(年齢による限定免許等は除く)だが、旅客船や遊漁船の操縦をする場合は特定操縦免許という免許が別途必要だ。

 これは自動車の二種免許のように単独で取得して操縦をする免許ではなく、あくまでも一級と二級を受有する操縦士だけが取得済みの免許に付加できる資格になっている。

 試験はなく小型旅客安全講習を受講すれば取得できる。この講習はほぼ1日かかり、海難時の救命や本物の救命いかだを使用して内部の艤装品(備え付けの備品)を知り、その後の漂流にともなうサバイバル術を学ぶ。

 記者は一級と特定操縦免許を受有しているが、小型旅客安全講習では結構シビアな海難事例を学び、艤装品の「生存指導書」の内容を読んでぞっとした覚えがある。救命いかだについては後述する。

救命ボートはどうした?という意見

 一般に動力の付いた救命ボートが小型船舶に積まれていることはほとんどない。船に積まなければならない装備は法律で決まっていて、船舶の大きさや操縦免許とは関係なく当該船舶が航行しうる海域(船舶検査証・車でいう車検証に記載されている)により異なる。

 これは船主(船舶の所有者)がどこまで航海したいかにより海域を申請するが、近海より遠い海域を申請してしまうとそれに耐えられるだけの性能に向上させ装備品を積まなければならず、ヨットで単独太平洋横断でもするのでなければ現実的な海域を選択するのが普通だ。

クルーズ船には桟橋と救命ボート兼用の交通船であるテンダーボートが多数装備されている

 例として旅客定員12名以上で総トン数5トン以上の旅客船で航行区域が沿海の救命設備を見てみると、定員の100%の救命いかだ又は救命浮器、定員と同数の救命胴衣、救命浮輪2個、信号紅炎(自動車でいう発煙筒の水上版)等々だ。

 該船には救命いかだは装備されておらず、救命浮器が装備されていたようなので法律上の問題はない。しかし救命浮器は数人が漂流できる浮力がある「箱」なので体は水に浸かったままだ。

 一方、救命いかだはガス膨張式で子供用のゴムプールのバケモノみたいなものに円錐形のテントが付いていて密閉でき、風雨や低温から遭難者を守る機能がある。

船尾には救命浮輪が側面には円筒形コンテナに入った救命いかだが装備されている

 大型船には少数の動力のあるいわゆる救命ボートと、多数の救命いかだが積まれており、もちろん旅客定員以上ある。動力がある救命ボートは自力で逃げるためのものではない。

 周囲に漂流している動力のない救命いかだを捜索し、ロープで結束して単独漂流にならずに固まって発見してもらいやすいようにするためにある。

 そもそも太平洋の真ん中で小型の救命ボートにエンジンが付いていて多少の燃料があっても何の役にも立たず結局は漂流することになるので、そもそもエンジンが付いている目的が異なるのである。

通信が携帯電話だけとは何事だ! という意見

 陸上を走るバスでも最近は携帯電話の他に自社の無線を積んでいるケースが多い。さて船舶では通信手段はさらに重要だ。バスが故障したり事故にあったりしても住所や道路上のキロポストさえ分かればバスは動かかないので、確実にパトカーや救急車が現場まで来てくれる。

 ところが海上に住所はなく、あるのは座標(例えば緯度・経度)でしかない。その座標でさえ通信を行った時点での位置であり、船舶は潮に流されて動くので救助が来た時には、投錨でもしていない限りはそこにはいないというのが当たり前のように起こる。

 そこで逐次座標を通報しなければならないのだが、もちろん無線電話または無線電信を1個備えなければならない決まりになっている。ところが限定沿海区域の船舶だと、主要航路上が通信可能であれば申請により携帯電話でもよいことになっている。

 もちろん船舶用の衛星電話システムであるインマルサットでも構わない。それでも沈没等で通報のいとまがない場合に備えて自動的に人工衛星に自位置と遭難信号を発信するEPIRB等の装置もあるが限定沿海の船舶に設置義務はない。

記者の無線従事者免許証

 記者は第四級海上無線通信士の免許を持っているが、実際には携帯用の国際VHF(世界共通の短距離用海上無線システム)や双方向無線機を除いて無線機が使えるのは遭難初期で、浸水し電源を喪失してしまえば電子海図も無線機もレーダーも使えないので、携帯電話でも構わないのだが、いかに早く第一報を発するかにかかっている。

もしあなたが遭難した?

 理想的には救命いかだが装備されており乗り込みさえすれば、サバイバル術を駆使してで助かる可能性は高い。現実には船長が退船を決断し退船信号(船室に必ず掲示されている汽笛を用いた旅客に向けた合図)を発すれば乗組員が上部の避難場所に指定された甲板から誘導してくれるのでそれに従って退船すればよい。

 救命いかだには救急医療具の他、さまざまな信号装備が積まれている。重要なのは前述の通り自位置を知らせることなので、信号紅炎や落下傘付信号(照明弾のようなもの)は最低限装備されている。本船の航行区域によってはレーダー反射器、水密電気灯、原始的だが使える日光信号鏡が積まれている場合もある。

 漂流に備えて救難食糧や飲料水が積まれている区域もある。そして最も頼りになるのは生存指導書だ。日本船舶の場合は日本語と英語で書かれた200ページ程度の冊子で水濡れでも平気な紙に鉛筆とメモスペースがあり、赤またはオレンジの表紙で実用的なサバイバル術が書かれている。

陸上の海岸に救命浮輪が設置されている場所もある

 しかし、ページをめくった最初はおどろくことに精神論の羅列だ。これは遭難して動揺するとすぐに命を落とすことになるので、まずは救助が必ず来て助かることを前提に意思をしっかりと持つために精神論が並べられているという。陸上の安全な机上でこれを見た時にはぞっとしたのは言うまでもない。

 最後に生存指導書の最初に書かれていることを抜粋しておくので海上での遭難に限らずサバイバル精神の基本と考えてお読みいただきたい。なお生存指導書は単品でも艤装品として手に入るので興味のある方は持っておいて損はない。

生存指導書

 「生き抜くために、望みを捨てるな。救助は必ずやってくる。遭難、漂流と人生最悪の極限ではあるが、強い精神力で3日は生き延びよう。後は10日も生きられる。海は不毛の砂漠ではない。食料の魚、プランクトンもある。

 また、魚肉の50~80%は真水である。船が沈んでも世界はある。何も恐れることは無い。過去の遭難の犠牲者は海の為に死んだのではない。恐怖のために死んだのである。飢えや渇きによって死ぬには長時間かかる。最後の1秒まで生き延びる努力をしよう。死を急ぐ理由は何にも無い。家族が待っている。」

 なお本当に漂流した際には絶対に海水を飲んではならず、尿の飲用も現在では推奨されていないことを付け加えておく。バスとは直接の関係はないが、たまたま関係免許を持ち合わせ一定の教育を受けた経験から解説したので参考にしていただきたい。

投稿 船舶に二種免許はないのか? いまザワついている船の疑問にバスマガ記者が解説!自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。