アルピーヌA110は、多くの資質を備えているにもかかわらず、残念ながら売り上げはあまり芳しくない。そのフランス車が、新たな志向を持ち、さらにパワーアップして後半生を迎える。
2021年の販売台数は74%増と、一見すると素晴らしい数字だ。しかし、実情は、アルピーヌは母体であるルノーが望む姿には程遠い状態だ。フランスのスポーティなフラッグシップは、2017年の新スタート以降、弱含みで推移している。
昨年、「A110」は、全世界で2,659台が販売された。これは、同年度のケイマン(およびボクスター)の販売台数が約20,500台であることと比較すれば、アルピーヌの販売状況がどのようなものかが明確になるだろう。約8分の一程度なのだから。残念ながら、フランス国外では、アルピーヌブランドは、期待された評価を得ていないためか、「A110」の60%が、フランス国内で購入されている。F1や耐久レースへの取り組みは実を結んでいるようだが、親会社の期待値はそれよりもはるかに高い。
伝説のアルピーヌ時代は、1960年代から1970年代にかけてだった。そのため、オリジナルモデルのファンや購入希望者は、すでに定年を迎えている。そして、ロータスのような、エキゾチックなステータスも、ポルシェのようなスポーツの神聖さもないアルピーヌに6万ユーロ(約810万円)以上を費やすことを、若者は当然のように躊躇するだろう。
そんな疑問を抱きながら、改良型アルピーヌに乗ってみた。ベーシックな「A110」バージョン、長距離走行に特化した「A110 GT」、そしてオプションのエアロパッケージと最高速度275km/hを備えた「A110 S」の三位一体で、彼らは宿敵ポルシェから数ポイントを奪おうと考えているのである。
A110 GT: 非常に直感的にアクセスできるドライビングキャラクター
まずはマルセイユ近郊のポールリカールサーキットの後背地、交通量の少ないコーナリングエルドラドで、300馬力の4気筒を、史上最大の赤いスタートボタンで目覚めさせた後、「GT」バージョンからテストをスタートした。
スムーズで正確なステアリング操作で、回転数の高いエンジンをフルに活用し、快感を得ながら走り抜ける。シャシーと重量配分(リア56%)だけで、このライトウェイトに個性的で直感的なドライビングキャラクターを与えているのだ。
批判されるポイントは、その限界ゾーンだ。狭い田舎道では、シフトダウン時の重い排気音(スポーツモード)が気になる。7速DKGでは、カーブのたびにかなりの回数、シフトダウンするからだ。
また、「A110 GT」の場合、無調整のスプリングとダンパーの組み合わせは、もう少し現代的なものであってもいいのではないかと感じる。しかし、印象的な手軽さと、常に目立つ低重量をすぐに心に刻み、また、「スポーツ」から「ノーマル」に切り替えると、仮想の丸い計器が反転するようなモニターのアニメーションも素敵だ。
「A110 S」を275km/hで走らせたい人は、5,360ユーロ(約72万円)の追加投資が必要となる。ポールリカールサーキットのピットで待つ、マイクロファイバーレザーの表面を持つ優れたサベルトレーシングシェル(720ユーロ=約10万円)とミシュランパイロットスポーツCup 2(730ユーロ=約10万円)を装備した最もスポーティな「A110」のエアロパッケージは、それくらい高価なものなのだ。
アルピーヌA110 Sの疲労感のないブレーキ
コースはところどころウェットな状態で、例えば高速コーナー「シニュ」の手前では、パイロンが方向性を示してくれていた。完璧なエルゴノミクスは、「A110 S」に標準装備された助手席用のアルミニウム製フットレストと同様に、細部へのこだわりの証だ。新しいインフォテインメントを呼び出して、舵角やラップタイムを表示するページを設定することができるようになっている。
しかし、「A110 S」では、運転そのものが充実しているため、追加情報をまったく取り入れたくない領域まですぐに到達してしまう。
レース場でも、すべてのドライビングインプレッションを支配するのは、もちろん重量だ。疲労のないブレーキから始まり、そのポテンシャルは、数周してブレーキポイントがどんどんエイペックス側に移動して初めてわかるものだ。
ドライな路面ではABSの出番はほとんど必要ない。総じて、「A110 S」は走行条件の変化に対して、その都度、安定した反応を示すのが嬉しい。フロントアクスルのフィーリングはドライバーとマシンを素早く結びつけ、リアは非常に安定しており、サイドへの傾きはほとんど感じられない。
サーキットモードでは、ESPはオーバーステアも許容するが、ここでは強調された遊び心で修正することができるが、もちろんスイッチを切ることも可能である。
数周した後、田舎道に戻ると、コースでの緊迫した集中力はすぐにある種の平穏さに変わり、ブレーキ、旋回、加速の相互作用はほとんど気づかないうちに、遊びの流れへと変わっていく。これだけ速く走れるスポーツカーは、ほんの数台しかない。アルピーヌが2度目の挑戦で、経済的に運営できるようになることを期待する。いや、アルピーヌが生き残れるよう、祈ってやまない。
技術データ・価格: アルピーヌA110 S
エンジン: R4ターボ、センターリア横置き
排気量: 1798cc
最高速度: 300PS@6300rpm.
最大トルク: 340Nm@2400~6000rpm
駆動方式: 後輪駆動、7速デュアルクラッチ
全長/全幅/全高: 4181/1798/1252mm
乾燥重量: 1119 kg
トランク容量: 190リットル
0-100 km/h加速: 4.2秒
最高速度: 260km/h
平均燃費: 14.7km/ℓ
CO₂排出量: 23g/km
価格: 70,850ユーロ(約956万円)より
結論:
フランス車の優れた軽快さを体験できるのはとても楽しい。それは素晴らしいのだが、それだけでは、アルピーヌの世界に入るにはお金がかかり過ぎる。そして、「GT」や「S」に投資しなくても、ベーシックモデルで充分に「A110」のキャラクターを楽しむことができるのだ。しかし、その一方で、軽量化+性能アップ=楽しさアップも間違いない。しかしこの車は、純粋に心からアルピーヌの好きな人の世界に限られるだろう。
【ABJのコメント】
「アルピーヌA110」が発表されたときは、確かに大きな盛り上がりを見せた。ポルシェから比べれば買いやすい価格や、軽さとほどほどのパワー(といっても十分にハイパワーエンジンなのだが)、そしてなによりこの形。これで人気が出ないはずはない、と多くのメディアが取り上げ、特集記事が組まれた。だが残念ながら、今現在、大ヒットに至ったということはなく、日本でも、町でたまに見かける程度の存在になってしまっている・・・。売り上げはポルシェケイマンの8分の1程度、こんなに運転して楽しいのになぜ?というのが今回の記事の趣旨なのだが、僕から言わせれば、この車の売り上げ台数はこんなものでいいのではないか、と感じてしまう。
自動車メーカーからすればもっと売れて利益を上げてくれなくてはいけない、という命題があるにせよ、この車の性格や成り立ち、そして今の世界の情勢を考えるならば、こんなところでいいのではないのかな、と思ってしまうのはいけないのだろうか。もちろん多くの人がこの車を好きになって選ぶことは大切である。でもこの数の少なさや、他の車とは違う特殊性が、かえってコアなファンを引き付けているということでもあるし、これで台数が増えて世の中に氾濫(することはないだろうけれど)してしまうよりは、趣味性をより高めつつ、そっとわかる人にだけ選んでほしい、そんな車であってもいいと思う。ルノーの経営陣には申し訳ないないが、純粋な魅力を持ったままいけるところまで行ってほしい。
Text: Ralf Kund
加筆: 大林晃平
Photo: Alpine