ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説してくれると好評だ。
第六回目となる今回は、未だ先の見えないロシアのウクライナ侵攻。国内はもちろん、世界の自動車メーカーに及ぼす影響を読み解きます。
※本稿は2022年4月のものです
文/中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)、写真・画像/NISSAN、AdobeStock ほか(トップ画像=barks@AdobeStock)
初出:『ベストカー』2022年5月26日号
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■ロシアの侵攻が国内メーカーに及ぼす直接的影響は意外なほど軽微
ロシアがウクライナへの侵攻を開始して2カ月(執筆当時)が経ちました。
これまで「脱炭素」という多大な課題に直面してきた世界の自動車産業は新たな「脱ロシア」という二律背反でもある課題に直面することになったのです。
本稿は脱ロシアが生じさせる2つの重要な影響を論考します。
まず、意外なほどロシア・ウクライナ戦争が国内自動車産業に及ぼす直接的な影響は軽微です。
サンクトペテルブルクに日産とトヨタの工場がありますが、小規模な工場です。
再稼働の目途は立っていませんが、経営に与える影響は軽微です。
ロシア・ウクライナから調達する部品や材料が滞ることで広がるサプライチェーンの影響に関してもリスクは意外と低そうです。
ただし、ロシアとの経済活動が密接な欧州メーカーへの影響は多大です。
原油やLNGなどのエネルギー、パラジウムなどの貴金属、電池に欠かせないニッケルなどの価格高騰が世界的なコストインフレを巻き起こすことは確実です。
これらの影響は日本の自動車産業を直撃する公算です。
■ルノーと日産が離れる?
「脱ロシア」で巨大な影響を受けるのが日産自動車のパートナーである仏ルノーです。
ルノー日産グループはロシアの新車市場のシェア35%を握る主力グループで、ルノーは同国最大の民族メーカーのアフトバズ社を子会社として支配しています。
しかし、人権などへの「社会的責任」を検討した結果、ルノーはロシア市場からの撤退を検討中です。ロシア関連資産22億ユーロ(約3000億円)を償却する方針が表明されています。
日産と同じく、ルノーはゴーンの拡大経営の傷跡から再建の最中です。
VWグループからルカ・デメオCEOを迎え入れ、ロシアを中核とする新興国市場と自国の欧州市場へ集中する、昨年からの経営戦略が完全に裏目に出ました。
ルノーはこの苦境の打開策として、会社分割の議論が始まっているようです。
デメオCEOは現地アナリストらとのラウンドテーブルにおいて、電気自動車とカーシェア事業を含むモビリティ会社と、従来事業を引き継ぐ会社に分割する可能性に言及しています。
モビリティ会社は2023年に新規株式上場を目指し、従来事業を引き継ぐ会社は新パートナーとの事業統合を含めて検討を進めるという驚きの内容であったのです。
ルノーの事業大再編に対し、アライアンスパートナーの日産がいかに関わっていくのか目が離せない状況になっているといえるでしょう。
5月にはデメオCEOが来日し、日産との関わりについて対面会談への準備が進められているようです。
場合によってはルノー支配を脱却し、日産は新しいアライアンスを模索する新ステージを迎える可能性もあるでしょう。
■新車価格の値上げは必至/トヨタ・スズキの影響大!?
もうひとつの重大な影響は、脱ロシアを進める結果のエネルギー高騰が引き起こすコストインフレと新車販売価格のアンバランスの増大です。
コストインフレは業界収益を大きく圧迫する公算が高まっており、国内販売比率の差異で明暗が分かれそうです。
筆者の試算では、原材料価格の上昇影響は2021年度推定の1兆3223億円から、2022年度は1兆6319億円に拡大する公算大です。
昨年度は、原材料影響を新車価格値上げとインセンティブ(販売奨励金)の減少でカバーし、お釣りまで出たのです。それが生産減のなかで利益増のパラドックスを生みました。
今年度は大幅に値上げしても原材料高騰の影響を吸収できないと思われます。
特に国内市場はコスト上昇を臨機に小売価格に反映する商慣習が根付いていません。コストインフレと新車価格のアンバランスが大きい国内販売の依存度が高いのはトヨタとスズキの2社です。
両社の業績は圧迫される懸念が高く、今後の業績開示に注目しています。
脱ロシアインフレは間違いなく長期的な問題となるでしょう。
脱炭素を目指した炭素コストが上乗せされます。生産費用の変動と連動する新車価格メカニズムを、国内消費者も受け入れていかなければならない時代が迫っていると考えます。
クルマそのものの買い方も変化していかざるを得ません。脱ロシア、脱炭素を実現することは国内新車ユーザーに多大な影響が生まれてくることに繋がるのです。
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