いじめ防止対策推進法(以下、「いじめ防止法」)には、いじめの定義が広すぎ、学校現場でかえって混乱が生じてしまっているという問題が指摘されていることを前編で紹介した。それでは今後の運用をどう改善していくべきか。
引き続き、同法の問題点に詳しい村山裕弁護士(東京弁護士会)に話を聞く。村山氏は、日弁連子どもの権利委員会で、いじめ問題対策のPT座長を務めている。
改善案の一つ「要対処事態」とは
村山弁護士は、改善すべき点として、尊厳を傷つける深刻ないじめと、成長過程で起こりうる心身の苦痛とを分けることだと主張する。
4条の禁止条項を維持するならば、人間の尊厳を侵害するものを「いじめ」と定義し、そうでない比較的軽微だけれども傷ついたというものは「要対処事態」として区別する必要があるでしょう。
心身の苦痛を感じていた場合、たとえそれが周囲から見て「正常な成長過程で生じる範囲内」のことであったとしても、だからと言って教師がその児童を放置して良いことにはならないという。
「要対処事態」では、苦痛を訴えている児童の思いを尊重し寄り添い、子ども同士が話し合って相互理解できるよう促すなど、学校側は何らかの対処をする必要がある。これは深刻な「いじめ」とは分けて対処を考えるべき。たとえば、掃除をサボった子への注意の仕方が尊厳を踏みにじるほどのものであれば、「いじめ」として考えるべき場合もあり得る。
スクールロイヤーとして各地の学校に法的な助言をしている別の弁護士も、現行法ではいじめ問題の対処が難しくなっている面があると打ち明ける。
「いじめがある」ということと「いじめを放置した」ということを区別をせずに、「いじめ」という単語だけで,「いじめを放置した学校の責任追及を要する」ととらえる人が多い現状にあります。
日弁連「いじめの定義」見直し訴え
いじめ防止法は制定から3年後に見直すことで決まっている。しかし法改正は国会議員の超党派による勉強会が2018〜19年に16回ほど勉強会を重ねてきたが、今のところ法改正に至っていない。
教育関係者や専門家からもそれぞれの観点で見直しに向けた意見が出ているが、日本弁護士連合会は2018年1月、「いじめ防止対策推進法『3年後見直し』に関する意見書」を作成し、文部科学大臣に提出した。意見書には、現行法の問題点が次のように指摘されている。
いじめの定義があまりに広く相当でないとして別途解釈基準を立てて狭める例などが散見される
一定の人的関係のある子ども間において心理的又は物理的に何らかの影響を与える行為が客観的に存在し、そのうち一人の子どもが「心身の苦痛を感じている」と主張すれば、子どもの行為のありとあらゆるものが、法の定義するいじめに該当し得ることとなる。
一つの法律として整合性を欠き、この法律を読む関係者(教員,保護者,法律家等)をして、正しい理解を困難にさせ、さらには、その立場に応じた都合のよい解釈を許してしまう結果を招来しているのではないか
こうした問題を改善するためには法改正によっていくつかの条文を修正する必要がある指摘している。特に重要なのは、「いじめの定義」を次のように改正するのが妥当だという。
(現行法)
第2条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。
(改正案)
第2条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して,当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心身の苦痛を与え、又は与えると認められる行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為を行った状況において、当該行為を行った児童等が当該行為の対象となった児童等に対して心理的又は物理的に優位であるとともに,、当該行為の性質及び態様等に照らし、当該行為の対象となった児童等の尊厳を侵害すると認められるものをいう。
見直しへ待ったなし
改正後も行為を行った児童が優位であるか否か、尊厳を侵害していると言えるかどうかなど、議論の余地は残りそうではある。そもそも学校のトラブルは事実認定が実社会の刑事事件とは違う意味で事実認定が容易でない側面もある。
前出のスクールロイヤーの弁護士は「学校の先生は捜査員でも裁判官でもない」とその難しさを指摘する。実際、東京・町田の小学校6年生の女児が自殺した問題では、町田市が2度も第三者委員会の調査を行う異例の展開になるなど慎重を期している。日弁連の提言がベストではないかもしれないが、現行法の広範囲な定義よりは、現場の混乱は少なくなるのかもしれない。
また、一般的に議員立法は、昔から「政府立法に比べて十分な検討と審議がなされていると言えない」(1998年大阪弁護士会意見書)、「専門的知識の調達と議論の透明性確保が求められる」(曽我部真裕 京都大学教授、2018年日本経済新聞)といった課題が指摘され続けてきた。特定の課題への思いが、行政府が作る閣法より強い分、エラーが起きた時に直ちにアップデートする姿勢は必要だろう。
いじめ防止法も見直すとされた時期から6年が経過している。今年度の臨時国会や来年の通常国会でそろそろ具体的な成果へ動き出すタイミングだ。(おわり)