4月20日の東京外為市場で米ドルが一時129円台に突入した。これは2002年5月17日以来、約20年ぶりのドル高・円安水準。
ここまで円安が進むと、自動車業界に与える影響はどうなるのか? 過去の円安の時を振り返りながら、元外資系証券マンであるモータージャーナリストの柳川洋氏が解説していく。
文/柳川洋
写真/ベストカーweb編集部、Adobe Stock(トップ画像=moonrise@Adobe Stock)
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■日米金利差拡大・地政学リスクの上昇で20年ぶりのドル高・円安が進行
為替市場では2002年以来約20年ぶりの円安が進んでおり、4月20日には一時1ドル=129円台をつけた。
この記事を執筆している時点では1ドル=128円台で取引されている。ドルやユーロなどの外貨の価値が上昇して、円の価値が下がるのが円安。今年の初めには、ドルと円を交換する時、1ドルと115円の交換だったのが今は128円払わないと1ドルもらえない。
ドルやユーロなどの外貨の価値が上昇して、円の価値が下がるのが円安。今年の初めには、ドルと円を交換する時、1ドルと115円の交換だったのが今は128円払わないと1ドルもらえない。
この円安の理由にはさまざまあるが、大きく言うと2つの点の影響が大きい。
1点目は日米の金利差の拡大。日本はコロナの影響が比較的小さかったにもかかわらず、コロナ前のGDP水準にまだ回復していないが、アメリカは1年前にすでにコロナ前に回復。
またコロナの混乱もあり自動車も含めモノの供給が一部まだ滞っていることから、世界的にモノの値段が上昇しており、アメリカの中央銀行であるFRBが、物価上昇を抑えるために政策金利を引き上げ、世の中に出回っているおカネの量を減らす方向へ政策転換。
にもかかわらず、日本銀行は、国内景気の先行きを懸念して低金利と量的緩和を続ける方向を示し、おカネに対する需給を表す金利がアメリカでは大きく上昇し、ドル資産を持つ魅力が高まった。
2点目は地政学リスクの高まり。小麦の輸出量では世界1位と5位のロシアとウクライナ。またロシアは世界2位の原油輸出国だ。
両国からの資源の輸出が制裁や戦争のために滞っており、人が生きていくのに欠かせない食糧とエネルギーを自給できない日本やその他の国は、ドル建てで取引される原油や穀物などの商品を確保するために、自国通貨を売ってドルを買う必要があるためドルの需要が高まっている。
これまでは円安になれば、インバウンド需要により外貨を売って円を買うフローが起きたため、一定程度のスピード調整があったものの、コロナ後は海外観光客の受け入れも実質的に止まっていることなども、一方的な円安が止まらない理由の一つになっている。
■円安という現象そのものは自動車業界にとってはプラス
基本的には円安は、日本の自動車業界にとってプラスだ。対ドルで1円円安が進むと、トヨタで400億円、ホンダで120億円、日産で130億円ほど、本業のもうけである営業利益が増加する要因になる。
自動車メーカー各社の2022年度の想定為替レートは1ドル=110〜112円程度なので、仮に今期の平均為替レートが想定レートより15円円安の1ドル=125〜127円程度で推移すると、ざっくりトヨタで6000億円、ホンダで1800億円、日産で1950億円もうけが増える。ものすごい額だ。
その仕組みはこうだ。たとえばトヨタは、昨年1年で日本から海外へおよそ176万台を輸出。昨年の世界生産量は約858万台、うち日本での生産は約288万台なので、輸出の占める割合は大きい。
アメリカ向けに原価250万円のクルマを日本で作った場合、為替が115円だった今年の初めには約21700ドル相当だったのが、今128円だと約19500ドル相当となる。
つまり円安によりドルで見た原価がおよそ1割下がるため、アメリカでの利益も増え、現地メーカーと比べて価格競争力が高まるせいで販売台数も増えることになる。
また仮に海外子会社のもうけが変わらなかったとしても、円安が進めば円に換算した利益は増えることになり、これもプラス材料になる。
■円安は手放しで喜べるわけではない
ただし円安はメリットばかりではない。クルマの原材料や部品の一部は海外から輸入されるため、円安になると原価の上昇要因となり、円安メリットを一部帳消しにする。
またやや例外的だが、かつて円高で苦しんだマツダは、メキシコなどでの海外生産の規模を大きく広げたため、円安の恩恵は受けられず、むしろ営業利益が減ってしまう要因となる。
またクルマのような高額商品の値段が急に高くなったり安くなったりすると、駆け込み需要や買い控えが起き、計画的・安定的に生産ができなくなる。そのため、為替相場が大きく変動しても、機動的に製品価格を上げたり下げたりすることは簡単ではない。
よく「急激な相場の変動は望ましくない」と政府高官や財界人が発言するのはそういう意味がある。乱高下を伴った円安は、恩恵ばかりとは言えない。
加えて、円安の原因を考えれば、手放しで喜んでいいわけではないことがわかる。コロナ後の経済の回復が日本だけ遅いということは、日本人の給料が上がりにくいことを意味する。
そのなかでガソリンや食料品など海外から輸入されるものの値段が上がるということは、実質的に賃金が下がっていることになる。そうすれば日本国内でクルマを買う人も少なくなる。
またアメリカでの金利の上昇は、ローンを組んでクルマを買う大部分の消費者にとっては頭痛の種でしかなく、今あるクルマを長く乗ろう、という動きが出て新車販売に影響する。
地政学リスクの高まりは、グローバル産業である自動車メーカーにとって長期的視点でデメリットも大きい。ガソリン価格上昇によるクルマの乗り控えも起きる。今年の冬にはロシアへのエネルギー依存の高いヨーロッパでは石油不足や電力不足が起きる可能性が高い。
石炭火力発電の再開など、これまでの急進的なカーボンニュートラル化に逆行する動きが出て、EVの電池生産に不可欠なレアメタルなどの原材料価格の上昇や電力価格の上昇も加わり、EVへの需要が急激に落ち込むことも十分考えられる。
急激にEV化へ舵を切った自動車メーカーにとっては少なからぬ打撃となるだろう。
円相場が1ドル=70円台という超円高だった2011年は、「自動車メーカーにとって企業努力の限界を超える危機的な状況で、日本国内では雇用維持もままならず、海外へ生産拠点を移さざるを得ず、国内産業が空洞化する」という悲痛な訴えが当時の自工会会長からもあった。
それに比べれば今回の円安方向への推移は、自動車業界にとっては当然に恩恵の方が多い。だがやはり誰にとっても一番望ましいのは、偉いおじさんたちが口を揃えて言うように、急激な相場の変動がない、安定した平和な世の中が続くことだ。
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