2016年3月に施行された安全保障関連法を巡って、市民グループが集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法は憲法違反だとする訴えを起こした訴訟の判決が15日、福岡地裁であった。福岡地裁は原告の訴えを棄却した。
一審では“0勝23敗”
安保法制違憲訴訟は、全国各地で国を相手取って起こされた集団訴訟。2015年の集団的自衛権の行使を可能とする「安全保障法制」が成立したことを受けて全国各地で集団訴訟が、地元市民らによって起こされている。集団訴訟を主導するのは市民団体「安保法制違憲訴訟の会」。いずれも弁護士の伊藤真氏や内田雅敏氏、黒岩哲彦氏、角田由紀子氏らが共同代表を務めている。2018年7月にノーベル物理学賞受賞者の京都大学名誉教授の益川敏英氏が原告で参加した際には大きな話題となった。
集団訴訟を主導する市民団体「安保法制違憲訴訟の会」によると、今年3月時点で全国の原告総数は7699人に上り、22地域、25裁判で提訴が行われてきた。ここ1か月だけでも横浜、岡山、鹿児島それぞれ判決が下されたが、これまでのところ全て原告敗訴の敗訴。札幌と大阪両高裁、福岡高裁那覇支部判決では原告敗訴が確定している。この日の福岡地裁判決でも請求が退けられたことで、地裁レベルでは、原告側は“23連敗”を重ねている。
福岡地裁での訴訟は、福岡県などの住民が国に自衛隊出動の差し止めや1人10万円の損害賠償を求めて提起された。原告の訴えに対し、松葉佐隆之裁判長は「平和的生存権が具体的な権利として保障されるということはできない」と指摘し、請求を棄却した。
弁護団は判決を「不当な判決」と指弾したうえで、「判決は、原告らの平和的生存権、人格権、憲法改正・決定権について、いずれも侵害されていないと判示した。ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにして、何と空疎な判断であろうかとの思いを禁じ得ない」と批判した。
ここで興味深いのは「空疎」という言葉だ。この日も含めてここまでの判決では憲法判断に踏み込んでおらず、門前払いをされたという原告側の不満を表していると見ることもできる。3月の横浜地裁での敗訴直後に出した声明文では、「権利侵害が生じてからでなければ裁判所に訴えることも、法の違憲性を問うこともできない」と判決を批判している。
「ガラパゴス」的な考えとの批判も
他方、こうした安保法制反対派の主張について「ガラパゴス」との批判も多い。2017年に著書『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社)で読売・吉野作造賞を受賞するなど、論壇に新風を吹き込んだ国際政治学者の篠田英朗・東京外国語大学教授は、当時の読売新聞のインタビュー(2017年7月5日)に対し、
集団的自衛権が違憲だという議論は、ドイツ国法学の伝統が色濃い、憲法典を超越した国家の基本権の思想に依拠した特殊な風潮の中で作られた。そして冷戦構造と高度経済成長期の独特の歴史の雰囲気の中で作られた。確かに、日本では、憲法学界のみならず、官僚機構や法曹界も、この理論で染め上げられている。しかし結局は、東大法学部系の憲法学者の基本書に特有の「ガラパゴス」理論でしかない。
と述べるなど、日本の憲法学会の特異性や戦後日本に与えた影響の大きさを喝破してきた。
今回のウクライナ戦争に際しても、橋下徹氏が降伏を拒否したウクライナ政府の対応を批判し、国際政治学者らとも論争を繰り広げてきたが、その橋下氏とツイッターで直接対峙もした篠田氏は自らのブログで、弁護士でもある橋下氏が司法試験の勉強などを通じて憲法学の“通説”の影響を受けているとの見方を提示している。
なお、因縁があるというと大袈裟かもしれないが、橋下氏が司法試験対策で学んだという伊藤真氏は先述したように「安保法制違憲訴訟の会」を主導する1人だ。
同会は先月の横浜地裁判決後の声明文で「裁判所が安保法制は憲法違反であるとの理にかなった判決を示すまで、闘い続けることを表明します」と述べ、今後も全国での集団訴訟を継続していく方針を表明している。彼らの“果てしなき挑戦”は実る日が来るのだろうか。